ふえた | ナノ

<8>
 未来の姿を見る事が出来る機会なんてそうそうない。ふたりのじぶんの姿をみておれはなんとなく納得してしまった。そうか、こんなふうになるのか。これだけ背が高いならもうきっとクソジジイにチビナスなんて呼ばれなくなっているはず。それに何よりきっと、あの言葉が現実になったんだと思えた。友達だろうか?わからないけれど、理解してくれる、かつてレイジュが言っていた「優しいひとたち」に出会えたんだろうなと思う。その人たちがどんな人かはわからないけど、こんなにかわいい女の人が恋人になってくれるくらいの環境で、きっといい出会いがあったんだろうな、ということはなんとなくわかる。

「8歳くんはいまどこでなにをしてるの?」
「おれはいま海上レストランのバラティエって店でコックやってんだ!」
「まだまだ見習のクセにな」
「確かこのころって野菜の皮むき程度しかやらせてもらえなかったろ」
「剥きすぎてじゃがいも消えてたよなァ」
「うるせェ!!ってなんで知って……!」

 左右から同じ声が降ってくる。そうか、おれにとってはいまでもこの二人からしたら思い出なんだ。く、くやしい。「うるせーおれたち!あんまそういう事いうな!」そう反論するとまるで双子みたいに笑って見せた。双子というか、同じ人間がふたりなんだけどな。……こんなきょうだいだったなら、どれだけよかっただろう。「ナマエちゃんに、ききたいことがあって」「うん、なに?」「……ナマエちゃんの家族は、どんな人?」ぴたり、と、おおきなおれたちがしゃべるのを止めた。おれを膝のうえに乗せたナマエちゃんがおれの髪を撫でながら「そうだなあ」と話し始めた。おおきいおれたちは揃いも揃って俯いている。「私のお父さんはね、冒険家だったの。だけど流行病でまだ私が2歳とか、そのくらいに死んじゃったんだ。お母さんももともと身体が弱くて、お父さんのあとを追うように死んじゃった。あとはお兄ちゃんが一人いるよ。少し雑なところもあるけど、いいお兄ちゃんだよ。両親の事は正直あんまり覚えてないし、顔も写真でしか見たことないけど、私は家族の事が大好き。……ええと、ごめんね、何かまずいこと言っちゃった?」

 よその家族というものを始めて知った。そうか。両親と兄弟は、本来やさしいものなのか。羨ましいなあ。素直にそうおもった。それと同時に、だからこの人はこんなにやさしい、お母さんみたいな人なのかなあと思った。今も申し訳なさそうに眉を下げている。「あの、8さいのサンジくん、ごめんね。私何か……」「ううん、大丈夫だよナマエちゃん。きにしないで」「あの、…………嫌なら答えなくていいんだけどさ」おれの髪の毛を撫でながら少し言いづらそうにナマエちゃんはいう。頭を撫でられたのは、きっとお母さんが生きていたころぶりだ。

「サンジくん、たちのご家族ってどんな人たちなのかなあ」
「血の繋がりはないっていうのは聞いたの。【赫足のゼフ】さんさ、私は直接会った事はなくて、写真しか見たことがないんだけど、きっととってもいい人なんだろうね」
「ふん、料理の腕「だけ」は確かなジジイさ。今におれが追い越すけどな!たまにおれがひげを三つ編みにしてやるんだ」
「え!あれサンジくんがやってあげてたんだ!器用だね」

 えらいね〜とあからさまな子供扱いをされるけれど、そこまで嫌な気はしない。ぎこちなくナマエちゃんの服を掴むとやさしく抱きしめてくれた。「お母さんもきっと、優しくて素敵なひとなんだろうね。このおおきい二人しか私は知らないけどさ、子供のころのきみも、こんなにいい子なんだもん。優しいのは昔からなんだね」急に胸がくるしくなった。多分、いま顔を上げたら泣いてしまう。ナマエちゃんにかっこわるいところを見せたくないなと思う。じわじわ熱くなる目の前に、なんて言おうか考えているとナマエちゃんごと少し揺れる。ちらりと視線だけで見ると、両肩にそれぞれふたりのおれが頭を乗せていた。ナマエちゃん、重たくないかな、と思うけれど、どっちのおれも泣いているのが見なくてもわかった。だって「サンジ」にとって、お母さんは大事なひとだから。それは大きくなっても変わらない。手の甲で目元をぬぐった19さいのおれは、へたくそな笑顔でナマエちゃんに言う。「ああ、母はとても優しいひとだよ」反対側にいる21さいのおれも、強くこすりすぎて赤くなった目を隠せないまま、震える声で言う。「やさしくてきれいな、ナマエちゃんみたいな人だよ。いつか、会って欲しいくらいだ」おれの、おれたちの事情を知らないから「そうなんだ、そのお母さんに感謝しないとね。サンジくんを産んでくれてありがとうって」と優しく微笑んでくれる。そうだよ。お母さんはやさしいんだ。でも病気で、ずっと離れにいるんだ。お父さんはおれを失敗作だっていう。きょうだいはおれを殴ったり蹴ったりする。でもナマエちゃんの家族はそうじゃないんだって。だからこそナマエちゃんは、こんなふうに優しく育って、おれのことをすきになってくれたんだって。

「ナマエちゃん」
「うん?」
「今肩に乗っかってる頭ふたつとも、本当に恋人?」
「喧嘩うってんのかテメェ」
「言っとくがこの頭はお前のものでもあるんだからな」
「まあまあ……うん。そうだよ、大事な人だ」
「ナマエちゃんは優しいから、うそ、つかなくていいんだ。おれが恋人でよかったって、本当におもってる?」

 おおきいおれたちがぎゅっと唇を噛んでナマエちゃんの返事を待っている。「ええ?そんなに身構えないでよ」と苦笑いをしてぎゅっとおれの手を握った。女の人でも、おれよりずっと大人だと、おれの両手をまとめて握れてしまうんだ。悔しいなあ。
「むしろ私の方がそれを思ってるよ。綺麗な女の人とくれば見境なくすぐにふらふら浮気するしそれが原因で何度も痛い目見てるけど…でも優しくて、世界一美味しい料理を作れて、強くて、みんなのことを大事に思ってくれて、私のことを好きって言ってくれる、とっても優しくてかっこよくてかわいい、最高の男だもん。私はだいすきよ」

 おおきいおれたちはそろって俯いている。嬉しいんだ。それに照れているのがわかる。きっと好きだ〜って気持ちを噛み締めているんだ。うーん、これがかっこいいのかな??男なのにかわいいって、かっこいいってことじゃあないんじゃないか?顔に出ていたのか、そんなおれを見て「いずれ分かるよ」と、にっこり笑ったナマエちゃんはおでこにキスしてくれた。

「!そ、そういうのは、すきなひとに……!」
「うん、だから好きな人にするんでしょ?」
「!!」

 きっといま、俺も顔が真っ赤だとおもう。はずかしい!未来の恋人にこんなとこみられたくねェのに!!楽しそうに笑っているナマエちゃんはかわいいけど、恥ずかしいからやめてほしい。そう思っていると左右から腕が伸びてきて、ナマエちゃんの両頬にふたりのおれがキスしていた。耳元でぼそぼそ何かを言っているけれど、聞かなくてもわかる。真っ赤になったおねえさんが「……ハモらないで…」と俯いた。あ、チャンスだ。ぐっと距離が近くなったから、おれも少し身体を乗り出してナマエちゃんのおでこにキスをした。「やっぱり私今日が命日かもしれない」とゆでタコみたいになっていて面白くてかわいかった。
 いったい何があって、どんなふうにこのひとに出会うんだろう。どんなひとたちと出会えて、レストランはどうなっていて、オールブルーはどうなったんだろう。知りたい事が山ほどあるけど、ここで教えてもらうのは「やぼ」ってやつだし、きっとおれたちもおしえてくれないだろうな。

「おれ、頑張るよ。なんでも頑張る。そんで絶対このふたりよりいい男になるよ!」

 ぐっと両手を握って気合いを示すとふたりのおれが手を伸ばしてきて「できるもんならな」と笑って髪をぐしゃぐしゃにした。ナマエちゃんは「将来が楽しみだね」と笑っていた。まだ会って少しの時間しか経っていないのに、ナマエちゃんが笑うと胸のあたりがぽかぽかして、なんだか心地よかった。

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