ふえた | ナノ

<21>
 彼女と一緒にいる時の自分はこんな顔をするのか。客観的に見たのは当然ながらこれが初めてで。もし「穏やかで幸せそうな表情」ってどんな顔なのかと聞かれたらこれをサンプルとして見せれば納得されそうな、(きっとマリモに言わせればしまりのないだらしねェ顔)そんな表情でナマエちゃんを抱きしめていた19歳のおれが、ふう、と細く息を吐いて何か言いたそうな何とも言い難い表情でおれと場所を変わる。
煙草、吸いてえなァ。一応子供がいるんだから少し我慢してみない?とナマエちゃんに提案されてしまったため大人しく我慢しているけれど、確かもう少ししたら煙草に手を出していた気がするんだよなァ…あまり明確には覚えてないけど。それでも労わろうとする気持ちが嬉しいから大人しく我慢する事にした。それに口が寂しくなったら慰めてもらえばいいだけのことだ。場所を交代してナマエちゃんの隣に座るとびくりと肩を震わせた。びびっているのか緊張しているのか、そわそわと視線を彷徨わせている。

「ナマエちゃん?」
「うあ、はい」
「緊張しなくていいのに」
「よく知ってるけど知らない人って感じがして、なんだか違和感がすごいんだよね」
「そんな寂しいこと言わねェで。おれはきみのサンジくんだぜ?おれは可愛いナマエちゃんにまたあえてうれしいけどなぁ」
「あ、会えたのは!うれしいけど…ううんと、………から、緊張するんだよ」
「うん?ごめん、聞き取れなかった。もう一度いいかい」
「…………かっこいいから緊張するんだってば!私で遊ぶのやめてよ…」

両手で顔を覆って俯いてしまった彼女と固まるおれ。顔がじわじわと熱い。なんだ、この破壊力は。この姿のナマエちゃんとはまさしく2年ぶりだからだろうか。顔を覆う彼女の手首を掴んで、「……なあ、おれいま煙草我慢してるんだ」「え、」「口が寂しい、ナマエちゃんをくれ」返事を待たずにぐっと距離を詰めて性急に唇を重ねた。さっきの19のおれがやったように何度か軽くふれて、舌先でくすぐるとおずおずと小さく招き入れてくれるのは2年経っても変わらなかった。これがすきできみとのキスをやめられないのに、本人はそんなの知った事じゃないのだから恐ろしいことだと思った。触れた手首を辿って指を絡めとるときゅ、と軽く力を籠め返してきて、声も表情も仕草も、「まだ」キスなのに情事のときの彼女を彷彿とさせる。細い腰にまわした腕で体を支えながらゆっくりと体重をかけると素直に押し倒されてくれるものだから、8歳のおれの目をふさいでいた19歳のおれが「おい!!」と声を荒げた。「大丈夫、おれはおまえだ」「大丈夫じゃねえ!」とろとろに溶けた瞳でおれを見上げていたナマエちゃんははっとした表情で「え、え!?……するの!?ここで!?」と混乱しているようだった。

「さっきも言ったけどおれもサンジくんだよ、ナマエちゃんのことが好きでたまらないただの男だ。……なあ、だめか?」
「だめ、だめだけど…」

 耳元で囁くとぴくりと体を震わせる。この頃から今でも耳が弱くてかわいい。おれの声をすきだと言ってくれたのはいつだったっけ。もう一押しでいけそうだ。19歳のおれの考えはわかる。ここでおれが誘えば少しは抵抗するけど最終的には折れたようにみせかけて乗るだろう。内心興奮しているのはわかる。自分のことだから。

「何か不安があるかい?」
「……‥‥そっちの私が焼きもち焼くから、だめ」

 繋いだままの指先が柔く爪を立てる。くすぐったい感覚すらも誘惑に思えて仕方がないというのに、目の前の可愛い御馳走はこの期に及んでまだそんなことをいう。「あと、19歳くんも絶対いじけるもん」19のおれを見てそういってのける。……3人でという発想はないらしい。慌てて19歳のおれが「そうだぞ、それに8歳のガキだっているんだからな。分かったらとっとと離れろ」なんてもっともらしいことを言っているが、残念に思っている事だけはひしひしと伝わってきた。ああ、ほんとうに、おれって恋の前ではバカなんだなぁ、と実感した。

「……………………わかったよ、戻ったらおれのナマエちゃんを抱く。多分朝までな」
「は、はっきり言わなくていいから!」

 最早林檎のように真っ赤な顔で繋いでいないほうの手を使っておれの顔をぐいぐいと押した。「……サンジくんて2年でこんなに意地悪になっちゃうの?」「そうか?そんなつもりはないんだけどな」そうだろ?と同意を求めるつもりで19歳のおれを見ると同じく不思議そうに首をかしげていた。「おれも言わないだけで似たようなこと考えてるしな……」「今なんて?」「!なんでもない」おい19歳のおれ、ナマエちゃんの目を見て言ってみろ。じとりと見つめるとばつが悪そうに19歳のおれは目を逸らした。そしておれは煙草を取ろうとして、ああ、いま咥えてないんだったと思い出した。未だおれの下にいるナマエちゃんの唇にちゅ、と音を立ててキスをしてから顔を首元に埋めて、何度か舐めて、吸って、噛んで、しばらく残るように強めに痕を残す。顔を離して見てもそれなりにはっきりと主張していて、見ているだけで気分が高揚する。満足してナマエちゃんの背と床のあいだに手のひらを差し込んで身体を起こすとおれの胸に飛び込んできた。ぎゅっと背中に手をまわして、鎖骨のあたりに擦り寄ってくると指で顎髭を触って遊んでいる。くすぐったくて少し顔を逸らすと19歳のおれが指で顎をなぞっているのが見えた。なんとまぁ、単純なことで。

「ナマエちゃん、くすぐってェよ」
「ひげ、濃いね。そっちの私もよく触るでしょ」
「よくわかったなァ」
「なんかついね、見ちゃうの」

 たかが2年、されど2年。本質はかわらないナマエちゃんが可愛くて仕方がない。懐かしくて新鮮なナマエちゃんがかわいい。かわいいけれどおれはいま、もう少し身長や髪形の変わった、今のおれと日々を共にするナマエちゃんがなんだか恋しくなってきた。おれもナマエちゃんの細い身体を両腕でぎゅうっと抱きしめて、腰のあたりで足も交差させて全身で抱きしめると「ん……」なんて悩まし気な声を小さく漏らすものだからますます胸が苦しい。幸せだ、おれは。この子がおれの恋人でよかった。ナマエちゃんもおれが恋人でよかったと、そう思ってくれていたら嬉しいな。ゆっくり身体を離すとさらさらとした髪を撫でてやる。気持ちよさそうに手のひらに擦り寄ってきたナマエちゃんの額に軽くキスをした。

「あとは19歳のおれに泣くほど可愛がってもらって。おれも21歳のナマエちゃんを目一杯可愛がるからさ」

 笑って見せれば「今でも十分可愛がってもらってる自覚があるよ」と、それはそれは綺麗にはにかんでくれた。
さあ、次は幼いころの、まだ子供だったころのおれ。本当にこのころに出会えていたのなら、なんの話をするのだろう。


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