ふえた | ナノ

 今まで生きてきた中でもトップクラスの恐怖体験だと思う。私が何か悪い事を……いやまあ海賊だし、多分してる…けれど、だからってこんな仕打ちはないと思うのだ。
今日も今日とて海の上、次の島を目指して航海の途中。ウソップとフランキーと一緒に甲板で雑談をしていて、ナミが濃霧がひどいから気を付けて、と大きな声でみんなに警告してくれて。サニー号は濃い霧が立ち込める海域に突入したところで、なんだか急な眠気に襲われてしまい、フランキーの大きな体がぐらりと傾いて、目の前でウソップが甲板に突っ伏して、すぐそばでサンジくんの声も聞こえたあたりで意識を手放したところまでは覚えている。

そして、それで――

「目が覚めたか、よかった」
「気分はどうだい?」
「お姉さん、大丈夫?」

それで、それで。症状で言うならば二日酔いの朝の頭痛に近い鈍痛。テーブルとイスとベッドしか確認できない部屋で、腕を支えに身体を起こすと目の前には恋人が分裂していたのだ。驚きすぎて声も出なかった。

「え、え?サンジく……?」

 あの低く通る優しい声が重なって響く。「ああ、そうだよ」「お姉さん、おれの名前知ってるの?」もう一つは高い子供特有の、声変わりする前の声だ。「?ええ?これ夢?ふ、増えてない!?疲れてるのかな……」「それがな、ナマエちゃん」「おれは今19歳で、」「おれはいま21歳」前髪の分け目が違って、顎髭のよりあるほうとないほうのサンジくんと、子供のころだろうか、私よりも背の低いサンジくんが各々年齢を教えてくれる。

「……おれは8歳」
「私が見知った姿は19歳くん」
「そうだ、一緒にサニ―号にいて、霧の濃い海域に入ったのはおれだ」

 挙手して状況整理を手伝ってくれるのは19歳の、現在の私の恋人。「おれはいつも通りサニー号で夕飯の仕込みをしようと思ったんだが、食糧庫のドアを開けたら立ち眩みがして、次に目が覚めたらここにいて、おれがいた」そう言うのは21歳だというサンジくん。「おれは夜だから寝てた。朝だとおもっておきたら、ここにいて、お姉さんと…ふたりがいたんだ」おずおずと教えてくれるのは8歳だという子供のサンジくん。(かわいい)なるほどね、それで増えたのか〜と納得などできるはずもな……いけれど実際に起きているのだ。受け入れて、なんとかするしかない。幸い彼は賢くて頭がキレるし、一緒に考えてくれるはずだ。なんとかできる、はずだ。

「なるほどね。理解には苦しむけど納得…するしかないか…。ここはグランドラインだもんね……うん…それはさておき正直に言ってもいい?気が狂いそう」

 左右から聞こえる同じ大好きな声と目の前で心配そうにする子供。現実に追いつけない思考にぐらりと傾いた身体を抱きとめてくれたのは21歳くんだった。「おっと、大丈夫かいナマエちゃん」「21歳くん……」「ううん…そうといえばそうだが……確かに名前で読んだら全員同じではあるしなァ…」ものすごく不服そうだが致し方ないかといった具合で納得してくれたようだった。

「しかしナマエちゃん。レディに年齢を聴くのは失礼だが…今現在19だよな?おれとタメのはずだ」
「うん、そうだよ」
「ちょっと幼さが残ってんなぁ、可愛い……いや可愛いなァ!もちろんおれのいる時間の、21歳のきみもものすごく魅力的だし最高の仕上がりだが」
「おい21、もういいだろ。離せよ。ナマエちゃんはおれの彼女だぞ」
「それと同時におれの彼女でもある」
「そうだった」
「はは、こん時のおれはほんとに余裕がなかったもんなァ」
「なんだとォ!?」

 目の前で同じ顔の同じ声の人たちが口喧嘩をしている。なんなんだこの光景は…と思いそっと離れようとすると「だめだぜ、おれから離れちゃ」と21歳くんはまるで見せつけるみたいに肩を抱き寄せてみせた。いや自分自身だよね!?挑発する必要ある!?サンジくんは冷静な時は賢いのに急に小学生男子みたいなスイッチが入るからわからない。もう好きにしてくれ…と諦めて壁を見ていたら服の裾を引かれる感覚。「あのさ、お姉さん」いつの間にか反対側にまわっていた8歳くんだ。

「えっと、つまり。お姉さんは」
「そうでした。私はナマエって言います。よろしくね、8さいのサンジくん」
「ナマエちゃん……は、未来のおれの……こ、こ、恋人…なの?」
「そうだよ」
「!そうなんだ…!おれ、こんなにきれいなお姉さんを恋人にできるの?」
「て、照れるなぁ…」
「ナマエちゃん、とってもかわいいなぁ!」
「サンジくんのほうがかわいいよ」

 見ていると混乱する背の高い二人より可愛らしいほうの彼と戯れることを選んだ。なぜならまだ二人で何か話し込んでいるからだ。サンジくんって子供のころはこんなかんじだったんだ。肩に21歳くんの腕をひっかけたまま、8歳くんの腕を引いて膝にのせて抱きしめると足をばたつかせて抵抗された。「ほっぺた…かわいい〜お肌つるつるだし髪も柔らか〜い!なんだか洗剤の匂いがするね」「うわ!や、やめてよっ!おれはもうガキじゃねぇんだから!」かわいい……必死で抵抗しているけれど大人と子供では力の差は歴然。そもそも単純な力でサンジくんにかなうはずもないのでこれはこれで新鮮だ。ぎゅっと抱きしめて頬擦りするとほんのり顔を赤くして抵抗するのをやめた。かわいい。頭をよしよしと撫でると照れくさそうに笑うのがかわいい。彼のお母さんはどんなふうに撫でてあげていたのだろう。私の首元にぎゅっとしがみついてくるのを受け止めると、後ろから腕が伸びてきてぎゅっと抱き寄せられた。これはどっちだ。「おれも」スーツの袖から見えるシャツの色で19歳くんだと判断する。私の恋人は彼だからか、こうしてもらうのが一番安心するのも事実だ。(もう一人も間違いなく本人ではあるけれど…)少し体の力を抜いて体を預けるとうなじに唇が触れる感覚がしてびくりと身体がはねた。

「小さい子もいるんですけど」
「大丈夫それもおれだし」
「何が大丈夫なのか」

 首だけ振り返って19歳くんを見ると不満そうに唇を尖らせて「おれだってサンジくんだぜ」とぶつぶつ言う。あ、めんどくさいモードだ。ええと、と言葉を探していると前に回り込んできた21歳くんは私の髪を優しく撫でる。その手つきは割れ物を触れるかのように優しく、瞳は慈愛に満ちていて、よく知っている人なのになんだかどきどきする。前髪の分け目だろうか、顎髭だろうか。なんだか色っぽく感じて思わず視線を逸らすと「ああ、その顔」と指で顎を掬い上げられる。「ひっ」ひきつった声が喉から漏れると「……あんまそういう顔しないでくれ、興奮する」と耳元で囁いて耳朶を食まれる。「真っ赤だ、いつ見ても可愛いなァ」じわじわと熱くなる顔と体温にどうしようかと思案していると後ろから伸びてきた手のひらが21歳くんの顔を押し返した。

「やめろ。2年経って余計ひどくなってんじゃねぇか」
「自覚はあるよ」
「なら」
「…たかだか2年と思うだろ?けどな、普通の2年じゃねえ。本当に、ほんっとうに色々なことのある2年なんだよ。愛しの彼女に対して感情拗らせててもおかしくないくらいのな」
「な、……いや、でもまぁ…ううん…おれだし、なぁ…」
「この上ない説得力だね」

 前門の21歳、後門の19歳、膝の上の8歳。慣れかけていたけれどぐっと近くなる煙草の香りに噎せかえりそうだ。頭がくらくらする。「安心してよナマエちゃん、2年後もおれたちはちゃんと恋人だ」「それはうれしいんだけど…」「けど?」「2年後の私、どんなかんじ?」「相変わらず可愛くて綺麗でおれの事を好きでいてくれるよ」「……そっか」
 自分で聞いておいて何だが、恥ずかしくなってしまって顔を逸らすと、後ろから19歳くんがぐっと私を抱き込んで頬にキスをする。
「当たり前だろ、嫌いになったり別れるなんて想像できねえしあり得ないね。もしそうなろうもんならおれァ暴れるぞ」
真剣な目でそういうことを言わないで欲しい。「あ、ありがと…?」普段から真面目モードの彼の甘い言葉には苦戦するというのに二倍になって、そんなの耐えられるわけがない。煙草の香りと甘く響く声に二倍攻められて脳がオーバーヒートを起こしそうだ。「ナマエちゃん大丈夫?」8歳くんの心配そうな声で私を見上げて言うので、はっと現実に引き戻された。そ、そうだよ、こんなところでサンジくんハーレムなんてやってる場合じゃないんだ。「そ、そうじゃなくてっ、ここから出ないと…サンジくんたちも一緒に考えてよ!」「それもそうだな」相槌をうってくれたのは19歳くん。「なら、その前に一人ずつきみと話がしてェんだ。いいかな?」そう言うのは21歳くん。ちらりと8歳くんに視線をやればばちりと目が合う。こくこくと頷く姿が可愛かった。

「うーん、じゃあ……話そっか?」
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