作文 | ナノ

 不二くんは普段から穏やかで優しくて、青学の王子様に相応しい人だけれど、時々暴走する。
といっても暴力的なものじゃなくて、静かにおかしくなる。具体的には、学校内で空き教室に私を連れ込んで抱きしめてきたり、そのまま私の匂いを嗅いだり(本人曰く「吸ってるんだよ」)海外の挨拶よろしくおでこに、き、きすしてきたり。
日頃笑みを絶やさない彼が一言、「疲れた」と、そう呟けば「それ」は始まるのだ。私たち、付き合ってないのに。



そしてそれは今日も始まった。昼休みに自販機へ飲み物を買いに行った時の事。最近好んで飲んでいるルイボスティーを買って、さあ教室へ戻ろうとしたら「探したよ」とにこにこ微笑む不二くんがいた。口元がひくりと引き攣るのが分かる。「行こう」手首を緩くつかまれてよく使う空き教室へ。毎回思うのだ。私たち、付き合ってないのに。彼に「こう」されたい子なんてごまんといるのに。それでも何も言い返すことなく素直についていく私はずるくて嫌な女だ。未開封のルイボスティーがちゃぷちゃぷ揺れた。

「こう」なるとよく来る空き教室。1階の端の方にあるし、付近には準備室が多いから用が無ければ滅多に人の寄り付かない場所だ。すこし埃っぽい教室について、鍵をかける音が響いたならばそれを合図とでもいうように手首を解放される。「みょうじさん」正面からぎゅっと抱きしめられて、私の肩に顔を埋めるものだから、さらさらの茶色い髪がくすぐったい。そして私が手に持ったままのペットボトルをさりげなく抜き取って近くの机に置かれた。「疲れちゃったよ」僅かに力が強くなる。ん、とだけ返事の代わりに音を返してそっと背中をさすった。不二くんのおうちの匂いだろうか。花のような、優しくていい香りがする。ゆっくりと学ランの上から背を撫でていると、不意に顔をあげるものだから、至近距離で水色の瞳と目が合って驚いた。だってものすごく、近い。驚いて目を逸らすと顎を軽く持ち上げて視線を合わせられる。これが顎クイってやつだ。はじめてされた。

「僕にこうされるのは嫌?」
「……正直、ずっとなんで私なんだろうとは思ってる」
「それは嫌ってことかな」
「嫌……ではない。不二くんの事嫌いじゃないし」
「……なるほどね」
「むしろ不二くんは嫌じゃないの?不二くんにこうして、そのさ、ぎゅってされたい女の子はたっくさんいると思うんだけど」

ふんわりと、花がほころぶような笑顔とはこのことを言うんだろう。青い瞳が美しく蕩けて、私を胸元に引き寄せながらそんなこと言うものだから勘違いしてしまいそうだ。調子にのっちゃいけない、現実を見なくちゃ。ずっと気になっていたことを口に出すと、先ほどまでの表情から一変してむっとした表情で眉を寄せて見せた。どうして。何もおかしなことは言ってないのに。

「わからないかな、相当わかりやすくしてるんだけど」
「全部私の勘違いかもしれないじゃん。違ったら恥ずかしいからちゃんと言葉にしてほしいよ」
「え、可愛い」
「今の流れで!?」

身体を少し話して、私の両肩を掴んで不二くんはじっと視線で射抜いてくる。分からない。この人のことが。
「だいたい、こういうのだってさ。私たち付き合ってもないのに」
「うん」
「からかってるのなら、やめてほしいよ」
「からかってなんていないよ」

私が喋っているあいだも、髪を梳いたり指の腹で頬を撫でたり。じわじわと顔が熱くなる。もしかして私の事好きなのかな、なんて浅はかな考えが脳内をぐるぐるとめぐっているのに、不二くんは私に触れるのをやめない。

「……これから言う事は、全部嘘じゃなくて、からかってもいないからね。最後まで聞いてくれる?」
わかった、と頷くとぎゅっと手を握られる。顔をあげるとやっぱり、まるで愛おしいものを見るみたいに蕩けた青が私を見ている。

「みょうじさんが好きだよ。けどクラスも違うし、接点もない。強引な方が印象に残るかなって思って。一度手に触れてみたら、振り払われないから、つい止まらなくなっちゃった。嫌な思いをさせていたらごめんね」
きゅ、といつの間にか恋人繋ぎになっていた指にわずかに力が籠められる。顔があつい。
「ちなみにくっついていたら癒されるのは本当だよ。みょうじさん、良い匂いするよね」
「それは不二くんだって」
「そう?よかった、汗臭いから嫌だとか言われなくて」

ふふ、といつも見る楽しそうな笑みを浮かべて安心したよなんて言う姿に、ふと感情が。言葉になって零れてしまった。

「好きかも」

ぽろ、と。コップの表面張力の限界まで注がれていた水があふれるように、無性に気持ちが溢れて止まらない。どうして。「なんで私なんだろうって思ってたのも本当だし、初めは困惑しかなかったのがどきどきと安心になったのも本当なんだよ。なんでとは思うけど、他の子にとかいい子ぶった事を言ったけど、他の子にこうしてほしくないよ」とんでもない矛盾とわがまま。嫌な女。自分から繋がれた手をほどかれないように力を籠めたら、そのまま後ろに押されて、そして背後には壁。

「僕、好きな子には束縛されたいタイプかもしれない」

見た事のない赤い顔で額同士をこつんとあてる。また話が飛んだ、と口を開こうとすれば「あのね」余裕の穏やかな笑みを常に絶やさない、青学の王子様。そんな姿は鳴りを潜めて、ただひたすらに赤面する一人の男子高校生の不二周助くんがそこにはいた。

「好きなタイプはみょうじさんです。付き合ってください」
「ふ、不束者ですが……」

とっくにキャパオーバーしていた私にできたこと。それはただされるがままになること。それだけだった。指を一本ずつ外した不二くんが、掻き抱くように勢いよく抱きしめてくるから背後の壁に頭をぶつけてしまったけれど、「あっ、ごめん!大丈夫!?」と見た事のない慌て方をするものだからよしとしよう。

「それから、好きな子にはたくさん触れたいタイプみたい。いいかな?」
「お手柔らかにお願いし」

ます、は食べられてしまったので言えなかった。これがのちに青学バカップルと呼ばれる彼氏彼女、爆誕の瞬間であった。

迷走する不二先輩をかきたかったんですが不二先輩こんな事する!?とかき上げてから解釈違いを起こしたので供養
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