作文 | ナノ

 ふと時計を見てもうすぐ19時になることに気が付いた。
まだ陽が落ちていなくて空が明るくて、僅かに梅雨も残っているけれどもうすっかり夏の空だ。夕飯の買い物の帰り道、郁弥とふたり歩きながらぼんやりと思った。
歩道の端に寄って写真を撮る。夕暮れの、画用紙に水彩絵の具を滲ませたような空が好きだ。空を一枚カメラに収めて、スマホを私の前を歩く郁弥に向ける。フレームに収まって空を見上げる彼の横顔は夕陽に照らされていて息を呑むほど美しかった。カシャ、というスマホのシャッター音が聴こえたのか「あ、いま撮ったでしょ」といたずらっこみたいに笑って数歩戻ってくる。もう一度カメラを向けたら「僕ばっかり撮らないでよ」なんて言いながらレンズを手のひらで覆われた。画面はひたすらに真っ赤な色だけを映している。太陽を通して見える彼の中を流れる血液が、今ここに桐嶋郁弥たらしめていると証明しているようで、愛おしくて胸が苦しくなった。

「一緒に映ってくれる?」
「いいよ。でもこっち側は逆光じゃない?」
「逆光でも郁弥がかっこよくうつることに変わりはないから大丈夫だよ」
「……なにそれ、何が大丈夫なんだか。相変わらず変なの」

 とろとろと弱火で煮詰めたジャムのような、甘く優しい色の瞳で笑いかけてくれる。じっと顔を見ていたら大きな手のひらで目を覆われた。「わあ、ちょっと!何も見えないよ」「いや……僕の事見すぎ」笑いをこらえたような、照れたような、そんな声色で郁弥が言う。そりゃあ見るよ、何ならずっと見ていたいよ。がんばって手のひらを剥がしたと思ったら目と鼻の先に郁弥の顔があるものだから、驚き過ぎて呼吸を忘れてしまった。やっと口を開いて、酸素を取り込もうとした時だった。郁弥のもう片方の手が私の頬を滑り自然に唇を重ねてきた。時間が止まったのかと思うくらいには、長くキスをしていたような気がするが、気のせいかもしれない。もう何もわからない。この、目を閉じずに私とキスする彼氏のことがわからない。

「郁弥なんで目閉じないの……」
「きみだって目閉じてないよね」

 ふ、と目を合わせているうちに楽しくなってきてしまって声を出して笑いあう。
ひとしきり笑ってから帰ろうかと声をかけるとうん、と返事をして、至極当然のように手を繋いで指を絡めてくれる。絡めた指先の、私の爪を指の腹で撫でながら「帰ったら続きね」なんて言うものだから、少し上からきこえるくつくつという笑い声に対しても無言で繋いだ手に力を込める事としかできなかった。

/夕方デートでいちゃつくだけ
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