作文 | ナノ

ふぇくしっ。吹き付ける風が冷たくて少し間抜けなくしゃみが出た。今年も夏は酷暑で、秋もほとんど夏の延長のようだったのに急に冷え込んだように思う。郁弥と映画館に向かう途中で出た思いのほか大きなくしゃみに、郁弥がポケットティッシュを差し出してくれる。「大丈夫?」「ありがと……」ぐずぐずと恐らく赤いであろう鼻が少し痛い。「くしゃみ面白いね」「うるさい」通路の端に避けて郁弥とそんなしょうもない話をする。「ポケットティッシュあげるよ」「そう…じゃあもらっておくね」少し可笑しそうに瞳を細める郁弥に下手な反論をするのはやめた。コンタクトレンズ割引券が差し込まれたティッシュを鞄に押し込んでも尚優しく笑んだままこちらを見ている彼の意図がわからない。「郁弥?」「なんでもない。行こう」するりと手を取って自分のポケットに私の手を攫う。幾度となく郁弥と手を繋いでいるけれど、予想外の行動に少しだけ戸惑った。

「手汗すごいね?」
「……うるさい、ポケットの外に出すよ」
「何か読んだ?」
「悪い?」
「ううん、どきどきする」

少女漫画とか、そういうのを読んだのだろうか。なんでもいいけど赤くなった耳が可愛らしい。狭いポケットの中で郁弥の指の腹がわたしの爪を撫でる。吐く息は白いし空もどんより曇っていて、吹き付ける風は冷たいけれど、この小さなポケットだけは熱くて指先だけのぼせてしまいそうだった。

「ほら、行こう。見たかった映画なんでしょ」
「うん、ねえ郁弥、今日はありがとう」
「……突然なに?寒いから早く映画館行くよ」

少し歩幅を大きくした郁弥に小走りで追いついて柔く繋いだ手に力を入れた。
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