作文 | ナノ

「やる事が多すぎて終電で帰る。もし起きてたら迎えに来てくれる?」

こんな内容のメッセージを送るのは初めてのことだった。以前、終電の一本前程遅くに帰宅した際にとても怒られた。もちろんとても心配してくれているからそう言うんだということはわかっている。不器用な郁弥なりのそういうかたちの愛情表現なのだと。 もちろん郁弥のことは大好きで大切だし、気持ちは嬉しい。けれど普段から部活に授業にと忙しい彼には睡眠を大切にしてほしいのだ。迎えに来なくていいよ。どうかメッセージに気が付かないでいてね。スマホを置いて、モニターに向き直った。

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仕事を再開して数十分。もうこの時間にはオフィスを出て駅に向かわないと終電に間に合わないから、とアラームを掛けた。大音量で私しかいないオフィスに鳴り響く。「うそ、もうこんな時間!?」慌てて経過を保存して、パソコンの電源を落として荷物を詰め込む。小走りで駅に向かいながらスマホを起動すると不在着信が2件。うそ!?駅の階段を駆け上がりながらメッセージを再生すると、「駅行くから」という3秒ほどの短い声が入っていた。それ、このメッセージの後に駅に向かうってこと?それともこれから支度するってこと?電車が来るまでたったの3分なのに、途方もなく長い時間に思えた。


最寄り駅に到着して足早に改札口へ向かう。壁にもたれてスマホを弄る郁弥がいた。郁弥、と声を掛けようと口を開くと声を出すより先に郁弥が顔をあげた。起こしてごめん、来てくれてありがとう、何から言おうかと言葉が口の中で渋滞しているとふんわりと優しく笑ってスマホをポケットに仕舞った。「…おかえり」「ただいま、起こしてごめんね」「気にしなくていいよ」自然に私の鞄を奪い、手を引いて駅を出る。理由はわからないけれど上機嫌な郁弥を見て、ふと改めて好きだと思う。引かれた手を改めて繋ぎなおして隣に並ぶ。年下だけれど私よりずっと高い身長。顔を見上げると「……あのさ」と優しい声が降ってくる。「ちゃんと頼ってくれてよかった。……このへん、最近危ないらしいから。心配だし」指先に力が籠る。嬉しくて背筋が伸びて、声を一つ残らず拾おうと身体を寄せる。「なまえは僕が守るって決めてる、から」照れたのかふい、と顔を反対に向けてしまった彼の赤い耳が街頭に照らされているのを見て手を引いて立ち止まる。「どうしたの?」不思議そうにこちらを見る郁弥に思い切り抱き付いて「本当にありがとう、早く帰ってゆっくり寝よう」よろけずに受け止めた郁弥が「うん。お疲れ様」と微笑んで額に軽く唇を落とした。日付が僅かに変わるころ、眠る商店街だけが私たちの秘密を見ていた。
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