作文 | ナノ

本当なら予定ではあと2週間ほど、海外にいる予定だった夏也が帰ってきた。帰国して真っ先に会いに来てくれたのは本当に嬉しいが、バイト中だった為すぐには対応出来なかった。やっと切り上げて帰宅すると玄関に座り込んでスマホを弄っていたからとても驚いた。

「おかえりなまえ!バイトお疲れさん」
「ありがと…ってか夏也もおかえり!ところで廊下冷たいでしょ、リビング行こうよ」

靴を脱いで横を通り過ぎかけたその時、腰を引き寄せられて胡座のうえに無理やり乗せられた際にバランスを崩して頭がシューズボックスにぶつかった。「あ!悪い!大丈夫か!?」「い、痛い」「冷やさねえと……!保冷剤あるよな!?」そのままお姫様抱っこで抱きかかえられてソファまで運ばれて、何がしたいのやらさっぱりわからない。慌ててタオルに包んだ保冷剤を持ってきてくれた夏也が私を足の間に座らせて、ぶつけた後頭部に保冷剤を当ててくれる。ひんやりして気持ちが良い。

「あのまま抱き締めたかったんだが…本当にすまん。まだ痛むか?」
「いや別にもうそこまで痛くはないよ」
「そうか、よかった。次から気をつけるよ」
「本当にね」

仕返しとばかりに身体の力を抜いて全体重をかけると片腕がお腹の前に回って、ぐっと引き寄せられる。片手で保冷剤を当てながら私の背中にぐりぐりと額を擦り付けてくるのでなんだかくすぐったい。

「………………会いたかった」
「…わ、私も」
「今回行った大会でさ、少し気があって話をしたやつがいたんだ。俺はそいつにちゃんと勝ったんだけど、そいつ試合が終わった後に応援に来てた彼女と公衆の面前でキスして持ち上げて1回転したんだよ。映画みたいだろ?日本じゃこんなことする選手いないだろうし、何より2人があんまりにも幸せそうなもんだから…俺もお前に会いたくなっちまって」

すっかり溶けて柔らかくなった保冷剤をテーブルに置いて、改めて両手でぎゅっと抱き締められる。首に当たるふわふわした癖のある髪と、夏也の匂いに包まれて胸の辺りがぽかぽかする。「夏也、私も会いたかったよ。予定よりずっと早いけど帰ってきてくれて嬉しいんだ」お腹にまわされた手に自分の手を重ねる。自然と絡む指に、久々に触れる体温に、僅かに心臓が早くなる。「なあ、」「ん?」「キスしてくれ」首だけ動かして振り向くと顔をあげないままに夏也が言う。たぶん赤い顔を見られたくないんだろう。私が振り向く際の音を聞いてか緩んだ腕をよけて、顔を覗き込むとそこには想像していた可愛げのある表情ではなくてにぃっと悪戯が成功した時の子どものような笑顔でこちらを見ていた。

「キス顔が見たいんだよ、なあほら早く」
「な…そういう目的は声に出さないでよ!」

そんなこと言われたらやりにくい。向き合ったもののぐいっと身体を離すと「ダメか?なあ」と鎖骨のあたりに頭をぐりぐりと擦り付けてくる。こんなに甘えてくる夏也も珍しい。羞恥心と愛おしさと母性のようなものとが入り交じって、『自分からは』頬にキスするのが精一杯だった。夏也とのキスなんて数えられない程してるのに、そういうことを言われると出来ないよ。

「よし、じゃあ次は俺からな」
「……どうぞお好きなように」

可愛げと色気とが上手く融合した時、桐嶋夏也は本領発揮するのだと改めて思い知ることになるなんて、バイト中だった私は知る由もないだろう。
ー以下広告ー
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -