作文 | ナノ

 この頃明け方寒くない?薄いタオルケットだと丸まって寝ちゃうんだよ、起き抜けに朝食を食べながら貴澄が言う。確かに最近、明け方は空気が冷えている。今年の夏が猛暑だったから、その延長で薄着が続いているのもあって身体が冷えがちだ。暑かったり寒かったりで何を着よう、これは暑いか寒いか、と毎朝頭を悩ませている。天気に振り回されるのも飽きたよなあ。

「掛布団と薄い毛布、あったでしょ。あれ干しておこうか。寒いなって時に好きに使ったらいいよ」
「そうだねぇ。でもうちのベランダそんなに広くないからまとめて干せないんじゃない?」
「まあそれはそうだけど…って貴澄、時間いいの?」
「え?あっ!大丈夫じゃなーい!僕あと15分でホームに着かなきゃいけないんだけど!?」
「がんばれバスケ部!」
「元ね!」

 私の声に慌ててコーヒーを飲み干した貴澄がリュックを背負ってスマホを掴んで玄関へと走る。「行ってくるねー!」「行ってらっしゃーい!」本気で慌てている。ばたばた走る背中を見送って、私も後片付けに着手すべく残りのトーストを押し込んだ。

 その日1日、貴澄はあらゆる予定が詰まっていたようで、22時を少し過ぎた頃にぼろぼろになって帰宅した。「ただいまぁ……」「おかえり…えっ大丈夫?」「いやあ…はは、大丈夫、かなあ?一応」眉を下げてへらりと笑う。大丈夫じゃなさそう。「ご飯もお風呂もできてるよ」「じゃあ先にお風呂入ろっかな…」よろよろしながら浴室へ向かって行った。寝落ちしないといいのだけど。一応用意しておいた惣菜を温めて戻ってくるのを待つ。何気なく旭のインスタを見るとお昼を一緒に食べたらしい、月見バーガーに齧り付く貴澄が載せられていた。うわ、可愛い。保存して「よいね」を押したあたりでリビングに貴澄が戻ってきた。

「お風呂入るとさ、なんか目が覚めるよね!」
「まじ?私は眠くなる」
「そう?僕いま疲れが全部どっかいったみたいだよ!ご飯あっためてくれたんだね、ありがとう!お腹すいちゃった。いただきまーす」
「はーい。そういえば今貴澄を見て思い出したんだけど、布団のことすっかり忘れてたよね」
「え!今!?んー……じゃあ僕が食べ終えたらコインランドリー行こっか。近くの、大きい駐車場の傍にあったよね、大型のやつ」
「あるけど!わざわざ今日行かなくてもよくない?」
「あっかくてふわふわの布団できみと寝たら明日からまた元気に生活できると思うんだけどなあ」
「ええ…」
「僕が布団運ぶから!」
「えー」
「明日は2人とも休みなんだしゆっくりできると思わない?」
「えええ〜…………まあ貴澄が運ぶならいいけど…」
「決まり!じゃあ適当に外に出られるように着替えておいてね」

 元運動部は食べるのも早くて、着替えてリビングに戻った時には既に食器を洗おうとしている所だった。本当に早いな。別にコインランドリーなんて珍しいものでもないのに。そう思うも理由は分からないが貴澄が楽しそうならまあ、いいかなあ。後片付けを済ませた貴澄がほら行くよーと私の背を押す。玄関そばのベッドルームの収納からひょいと布団を担いで「ほらほら出て!鍵よろしくね」なんて言うものだから驚いた。重たくないのかな。「ん?敷布団じゃないし平気だよ。静電気が酷いくらいかな?」思わず鍵を取り落としたのは不思議じゃないと思うのだ。

 大型コインランドリーに到着すると誰もいなかった。隣の駐車場を利用している人もいない、住宅街のはずれにある煌々と光るコインランドリー。どの洗濯機もしんと静まり返っている。「空いてて良かったね」1番大きなランドリーに布団、隣の同じサイズのランドリーに毛布を突っ込んでお金を投入する。大きな音を立てて動き出したランドリーを後目に、椅子を引いた。

「こんなに大きいの1時間で終わるんだ」
「助かるね。日付が変わる前には帰れそうだし」
「よし。……さて、こっちおいでよ」

 膝を叩く貴澄を嫌だと一蹴するとなんで!?と非難の声があがる。嫌なんだよ、多分というか確実に最近太ったから。

「照れてる?僕達以外誰もいないよ?」
「照れてない!し、そういう事じゃないの」
「僕はなまえとくっついて充電したいのになあ?今日はつっかれたなあ?」
「…ずる」
「好きな子のためならどんな手でも使うのー、ずるじゃなくて策士ね」
「策……?」
「あ、うん。なんでもないよ」

 観念して貴澄のもとへ向かうと本当に太ももの上に座らせられてしまって、うわあ!なんて情けない声が出た。「アハハ悲鳴かわいー」なんて言いながら胸元に顔を寄せるピンク頭を引っぱたくと思いのほかいい音がした。「あいた!ごめんなさい!」「許す」胸元に顔を埋めて腰を怪しげな手つきで撫でる貴澄を放置して頭越しにスマホを弄る。ハルの今日の夕飯はサバの味噌煮らしい。真琴のインスタを見てよいねを押した。

「あと30分くらいで終わるってさ」
「はやいねー」
「帰ったらさあ、ふわふわの布団でえっちしよ」
「貴澄…あのねえ」
「今日、忙しかったのは本当なんだけどね。何故か頭の片隅にずぅっとなまえがいたんだよ、」
「ばか、集中しなよ」
「頑張ったら、いつも優しくしてくれるの分かってるよ。僕はなまえのそういうところが大好きだから」
「恥ずかしいやつめ」
「大好きだから全部言葉にしたいんだよ。なまえが照れ屋なぶん、僕が全部言うから、せめて返事をしてよ。……あ、」
「何?」
「結婚したい」
「はあ!?」

 驚きのあまり顔を見るも、真剣な表情で私を見ている。冗談とかじゃ、ないんだ。すみれ色の瞳がじっと私を射抜く。なにか言おうと思うのに、思うように言葉が出てこない。はくはくと口だけが情けなく動いて、やっとの思いで絞り出したのが「…きすみ」彼の名前。今、私はどんな表情をしている?

「順番、間違えたけど。いずれはって…思ってはいたよ。ずっと隣にいるのがなまえならいいのになあ、って」
「………ばか?ここ、コインランドリーなのに」
「はは、僕もそう思う。どうせなら、ちゃんとしたレストラン予約して指のサイズリサーチして、指輪選んで、花束と一緒に…って思ってたのになあ……なんでこうなっちゃったのかなあ?」
「こっちが聞きたいよ」
「もっと大人になって、仕事に就いて、準備が整ったら、もう一度言うから。返事はその時に聞かせてくれる?」
「……うん、うん…もう…ばか貴澄……」
「うん、そうだよ。ばかだから、幸せだなあってきみの顔みて思ったら、言葉が出てきちゃった」
「………ばか………………」

煌々と光るコインランドリーは、それでも轟音を立てて洗濯を続けている。私と貴澄の未来にひとつの光が差しても、洗濯機には関係のないことだから。ばしゃばしゃと止まない水の音と、貴澄の優しい手のひらと、私のすすり泣く声だけが響くコインランドリーが、世界でいちばん愛おしい場所になった、23時45分の話だ。
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