作文 | ナノ

『郁弥きいて、今日七瀬遙くんと話したよ』

 は?僕しかいない部屋に裏返った声が響く。スマホを持ったまま飛び起きる。彼女からのメッセージは恐らくリアルタイムで、すぐに既読がつく。まもなく画像も送られてきた。鯖の味噌煮定食を嬉しそうに頬張るハルが無表情でピースをしている写真。『鯖の味噌煮の話したんだ』なんて?彼女とは大学が同じだが今日はタイミングが合わなくて顔を合わせていない。なんでハルと?ていうか風景が霜学の食堂だ。聴きたいことがどんどん頭の中に浮かんできて、フリック入力をするより話したほうがはやい。通話アイコンをタップする。

「もしもし」
「もしもし郁弥?どうしたの?」
「どうしたのはこっちの台詞。何、あの写真」
「今日ね、大学に七瀬くんと橘くんと鴫野くんと椎名くんが来てたんだよ」
「……僕は会ってない」
「うそ!?」
「食堂でお昼食べてたら声かけられて、今日の日替わり定食食べてたら七瀬くんが、「鯖好きなのか?」って。味噌煮は美味しいから好きって言ったら鯖の話しはじめて……切り上げるタイミングがわからなくて困ってたら、橘くんたちに発見されたんだ」
「それさあ…なんで僕に連絡くれなかつたわけ」
「この後郁弥に会いに行くんだ、ついでに遠野にも〜って言ってたし、私はそのあと講義だったから…そうなんだ、いってらっしゃーいって普通に別れちゃった……」
「あーいや……うん、まあそれもそうか…そう、だよね」
「うん?」
「ごめん。…八つ当たりだったね」
「ううん、平気だよ。でも郁弥たちのところに行くとは言ってたから、てっきりそういうのマメそうに見える橘くんあたりが連絡してるかとおもってたのになあ」
「それは確かに。どうかしたのかな…」
「あ、あとさ。七瀬くんがね、「今度見たことのない鯖の味噌煮を見せてやる。俺の部屋に郁弥と来たらいい。いつでも作ってやる」って言ってたんだ」
「ええ…見たことのない鯖の味噌煮って何…ハルが?そういえばハルの部屋に行ったことないな。それなら今度、お邪魔してみようか。ハル、結構料理はうまいんだよ」
「そうなんだ!意外だね」
「……ハルのところ、行くときは絶対に僕と一緒ね」
「!もちろんだよ!へへへ、楽しみだなあ」
「そんなに鯖の味噌煮すきだった?」
「違うよ!」

 声しか聞こえないのに、たぶんいま手を振ってるんだろうなとか、こんな表情をしてるんだろうなとか、見えていないのに目に浮かぶ。自然と緩く口元が緩むのが分かって、胸のあたりがほんのり暖かくなった。今でも向こうでは他愛のない話が続いている。ほんの1日会わないだけなのに、彼女の見ている世界は広がっている。明日は2限目から同じ講義を取っているから、その時も色々話を聞かされるんだろう。明日、僕の脳内で繰り広げられた彼女と現実の彼女、百面相の答え合わせができることを楽しみにしよう。

「もう、郁弥聞いてる!?」
「はいはい。明日また聴くから大丈夫」
「あー!そうだ2限からだった!……でも、明日は会えるね。嬉しいなあ」
「…………ん。僕も。そろそろ寝る。切るよ」
「えっ!?あ、あの!郁弥!」
「なに」
「おやすみ、また明日」
「うん。おやすみ。…また明日ね」
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