これの続き

 ホールケーキアイランドを脱出し、他のみんなとも合流すべくワノ国へ向けて船は往く。やっと帰ってきたサンジが作る久しぶりの料理はやっぱり世界一美味しかった。みんな涙を流して食べたし、そんな私たちを見て心から幸せそうに、満足げに笑うサンジはやっぱりここにいるべき人だと思った。大きな戦いだったのもあり、やはりみんなも疲れていたのだろう。早々に就寝する仲間が多いなか、久しぶりに帰ってきても一番最後まで起きていて翌朝の仕込みをしているのはやっぱりサンジだった。それでもキッチンにサンジが居て、忙しなく動き回る背中を見るのは私にとっての幸せなことだったから、シャワーを浴びて寛げる体勢になった私は、そんなサンジの背中を見て過ごすことを選んだ。
「なまえちゃんはまだ寝ねェの?」「うん、もう少し起きてるよ」ひと段落したのか、捲っていた袖を直しながらこちらを向く。「なら少しだけ、待っててくれねェかな?ココア淹れるから」「……いいよ」何となく想像がつく。けれど、今ならいいかなとも思った。素直に頷いた私に「ありがとう!」とそれはそれは嬉しそうに返事をして、手早く私の好きなココアを淹れると、マグカップを私に差し出して「すぐ戻る」と言い残してキッチンを出た。私は大人しくココアを啜り、本を読んでサンジが戻るのを待つ事にした。

 おおよそ20分ほどして戻ってきたサンジは後は寝るだけだろうに普段……あんなところに行く前の、サンジが良く着ていた通りのシャツにネクタイ、スラックスといった格好で、でも髪はしっとりとしていた。「お待たせ」と、コップに水を注いで私の隣に座った。「髪まだ濡れてるよ、乾かしてあげる」「え!?なまえちゃんが!?」そうだよ。ご不満ですか?と告げれば「とんでもない!」と満面の笑みで答えて見せた。ドライヤー持ってくるからと言うとそのくらいおれが!と予想通りの言葉とともに腰を浮かせるものだから、「飲み物でも飲んで待ってな」と無理やり押し切ってダイニングを出た。
 脱衣所にある目当てのものを取るだけ取ってさっさとドライヤー片手に戻るとサンジはなぜか両手で顔を覆って床に転がっていた。「何やってんの?」「なまえちゃん……強引ななまえちゃんも素敵だァ……」「ハァ?」なんていう会話をしつつ「いいから起きて、そこ座って」と言えば大人しくその長い脚を折っておおきな身体をぎゅっとコンパクトにするのが少し可愛いなと思った。
 「熱くないですかー」「平気だよ」「お客様、かゆいところはー」「心臓のあたりが」ドライヤーで乾かしていくとすぐにさらさらの指通りのいい髪に戻るのが悔しい。同じシャンプーの香りと、身体に染み付いた煙草の匂い。チョッパーに言わせると「それと、海の匂い」。滅多にみる事のない旋毛が気になりつつも私の櫛で髪を梳いて。正面にまわりこんで軽く前髪と流れを整えると、いつものサンジが目の前に出来上がった。「はい終わり。目あけていいよ」コンセントを抜いてドライヤーを片付けていると、ありがとうという言葉と一緒に名前を呼ばれる。コードを巻きながら返事をすれば手の中からドライヤーを取り上げられ、それはソファの端のほうに置かれてしまった。

「なまえちゃん、おれは服を着替えたし、風呂にも入った。髪も乾かしてもらった」
「うん」
「もうきみに触っていいかい」

 返事をする前のまばたきが私の代わりにOKを出したが早いか、思い切り引き寄せられてぎゅうと抱きしめられた。骨が軋んでいる気がする。けれど今はそれすらも心地よかった。「……やっと触れた」サンジは私の首元に顔を埋めたまま深呼吸をする。私を吸うな。少し緩んだ腕は頭の方へ移動して、私の髪をゆっくりと指で梳く。「なまえちゃん、甘くてうまそうな匂いがするなァ……」「自分じゃ分からないけどね」もぞもぞと身をよじって私もサンジの広い背中に腕を回して抱きしめ返すと、「〜〜〜ッなまえちゃん……!」と感極まったような声で呼ぶものだから少し面白い。

「サンジ、ごめんね」
「何が?」
「たくさん嫌な態度をとったし、嫌な事を言った」
「あの程度気にしないでくれ。大丈夫だから」

 出たな、サンジのお人好しが。あんな顔をしていたくせに。
私をひょいと持ち上げて自分の膝の上に乗せると私の両手を取って爪をひとつひとつ撫でるものだから背中がぞわぞわする。手を引こうとしてもびくともしないものだから、諦めて好きにさせることにした。
「ルフィもみんなも…おれの為に戦ってくれてありがとう。なまえちゃんも、ずいぶん頑張ってくれたんだろ?擦り傷がこんなに……綺麗な手なのに、ごめんな」「チョッパーが手当してくれたし、よく効く薬も塗ったから大丈夫だよ」手のひらを開かれて指の腹ですりすりと撫でられるのがくすぐったい。

「……私ね、思い知らされたんだ。今回の一件で、どれだけ自分が弱いのか。2年で強くなったと思ったんだけど、思い込みだったみたい。全然ダメだった」

 話し始めると、うん、と小さな相槌を打って、静かに私の話を聞く体勢になってくれる。ああ、そうやって、まずは話を聞いてから意見を返してくれるところが好きだ。「単純に力とか武器とかは、2年前に比べたら物理的には多分強いけど。精神的にも強くないとだめだね、ホールケーキアイランドにいた間、ずっと不安でいらいらして、心が乱れてばかりだったよ。……サンジがいなくなるかもって、他の女と結婚するかもって、動揺しっぱなしでさ。ダサいよね」サンジの胸元に頭を寄せると、頭を抱え込むようにして抱きしめられる。「……ダサいなんて、ンなことねェよ」長い前髪で顔は見えないけれど、少し声が震えているようだった。

「……おれも、色々なことを考えたよ。家族の事、この一味のこと、自分の過去も思い浮かべたし、なまえちゃんのこと、未来のことも」
「それで、結論は出せた?」
「いいや。なんせまだこの一味との航海もまだ終わってねぇし、これから向かうワノ国でどうなるかもわからねェ。わからない未来に悩んだりビビるより、このサニー号で、仲間がいて、なまえちゃんが隣にいてくれて、おれのメシをうまいうまいって食ってくれる幸せを守るのが、現時点のおれの目標だなと思ってさ。だから、結論……は今のところ保留かな」
 もっと欲張っていいのに、そうしようとしないサンジのささやかすぎる願いに眩暈がした。しかもそのささやかな幸せの中に、私も入れてくれるなんて。ネクタイを引いて私から頬にキスをすると、びくりと肩を震わせた。

「黒足のサンジさん」
「え、何、ハイ」
「好きです。付き合ってください」

 一度ぱちくりと瞬きをしたあと、みるみる首から耳から顔まで真っ赤に染まってはハッとして、顔色を元に戻して溜息をひとつ吐いて、きりっとした表情を作る。一言もしゃべっていないのに目の前の景色がやかましい。

「おれもきみを愛しています。付き合ってください。もう一度、なまえの男にしてください」

 さい、と言い終わっていないくらいのところで抱きしめたまま勢いよくソファに押し倒された。ソファなのに頭を打たないようとっさに後頭部に差し込まれた手のひらがじんわりと温かい。「なまえちゃんさァ……いつからそんなに…可愛いに加えてかっこよくなってくれちゃってまァ〜……おれァどうしたらいいんだ」腕を伸ばして首に絡めれば簡単に引き寄せられた端正な顔に向かって、やっと心からの言葉を吐き出せる気がした。「そんな可愛くてかっこいい女のことを好きに出来るのサンジだけだよ。だからどうぞ。私はあなたの好きにされたいよ」ぐっと唇を噛みしめて何かに耐えるような、考えるような、悶えるような表情でうんうん唸った後に、顔を寄せてそっと耳元で囁いた言葉は「……鼻血出そう」だった。もう本当に、私たち。どうしようもないね。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -