矛盾はやがて綻びに




須郷視点


訓練後、国防名護基地に戻った隊の仲間と共にバーベキューを行っていた

「お疲れ様です、いい訓練でしたねオスカー、大友先輩」

そう告げて酒を渡した相手は地上部隊を率いていた大友先輩、コードネームはオスカー
受け取った大友先輩を連れて仲間の待つテーブルへと着けば待ってましたと言わんばかりに仲間の一人が声を上げた

「では燐さん、挨拶の言葉をどうぞー!」

立ち上がったのは燐
俺とは訓練学校時代からの同期であり、大友先輩の奥さんだ

「えっと、じゃあ…
ちょっと前にほんのわずかではあるのですが、私の身に色相の悪化がありまして精神医療部から部署の異動を勧告されました
あくまで予防的な措置なので潜在犯とかそういうのではまったくありませんので本当にご心配なく!」

「本当にそうなのか?強調するとこが怪しいなあ?」

仲間の吉田さんが酔ったのか燐をからかう
それを制したのは大友先輩だ

「うちの嫁をあんまりからかうな吉田」

「逸樹さん」

照れたように顔を赤くした燐
傍から見てもお似合いな夫婦だと思う

「妻の色相はクリアで綺麗だ」

「ほんと色相美人で羨ましい」

「ああもちろん、外見も中身も美しい」

大友先輩の恥ずかしげもない褒め言葉に更に照れた燐は遮るように言葉を続けた

「とにかく…みんなと一緒の電子戦オペレーターとしての仕事は今日の演習が最後でした
けれどもこれからは軍事システムエンジニアとして名護基地に関わり続けますのでどうぞよろしくお願いします!」

「それじゃ!今日はパーッとやりましょー!」

本日は燐の送別会も兼ねた席だ
騒がしい仲間を他所に俺は何故か大友先輩のその表情がやけに気になった






その日の晩

スパーリングの激しい音が鳴り響く練習場

大友先輩の攻撃に押されるが隙をついて投げ飛ばす
が、先輩に背後に回られそのまま寝技で固められる

「昔は徹平の方が徒手格闘は上手だったのにな!」

ギリギリと強く締め付けられ息が出来なくなる

「ぐっ…降参です…」

そう告げれば解放してくれた
少しむせるものの、呼吸を整え先輩に目を向けた
どうやらスパーリングロボにライフログを読み込ませているらしい
先輩は必ず練習後にライフログを更新をしている、その理由は知らないが

「先輩はライフログの更新マメですよね」

「いつ死んでもいいように…せめて記録くらい残しておきたいじゃないか、保険みたいなもんさ」

正直先輩がそんなことを言うなんて予想もしていなかったから言葉に詰まってしまった
弱気…とはまた違う言葉の重みがやけにリアルで気味が悪い

「…冗談言わないでくださいよ、縁起が悪い」

「死んだらスパーリングロボを俺だと思って慕ってくれ」

「しませんよ」

やはり今日の先輩は変だと思いつつ、練習後のお決まりの酒を片手に語り合う

「お前、燐とは同期なんだろ?訓練学校時代からの」

「ええまあ…ずっと同期でしたが、それだけですよ」

「ふーん…」

歯切れが悪い先輩の真意がわからず、その顔を見つめると目が合った

「なあ須郷、俺たち特殊部隊は人を殺しても色相が濁りにくいタイプで構成されている」

「どうしたんですか?急に…」

分かっている、先輩はふざけてなどいない
その声色が証明している

「酔っ払ったわけじゃないぞ…次は実戦になる、ドローンでとはいえ人を殺すことになる」

人を殺す
そのことは国防軍に入った時から覚悟していた
だが、いざそれが迫っているのかと想像すると躊躇いが生じるのも確かだ

「シビュラシステムが認めた人殺し…はたしてそれは喜ぶべきことなのか?」

先輩の様子がおかしかった理由が理解できた
秩序と平和維持のため犯罪係数という数値化された価値観で犯罪を犯す可能性がある人間を炙り出すシビュラシステム
そのシビュラに認められ人殺しをする任を仰せつかった俺たち
その矛盾に気づかないふりをしていたのは俺も同じだ

「…なんてな、悪いなやはり少し酔ったみたいだ」

「先輩…」

「薬でアルコールを散らさなきゃな」

ヒラヒラと手を振り去っていく先輩
俺は何故だかその背中に声をかけることも目を離すことも出来なかった






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