終わりのない物語




-あちこちを旅してまわっても、自分から逃げることはできないのだ。-

ヘミングウェイ








2117年3月


SEAUnでの一件の半年後、自由選挙によりハン議長が再選した
解散するしかなくなった抵抗軍の軍事顧問である必要もなくなり慎也と私はSEAUnから離れた
今はSEAUnから北上して旅をしている、特に目的も宛もない旅を

海外では情勢の悪化も影響してか日本円にはかなりの価値があるらしく衣食住全て賄えている

慎也曰く槙島の家にあったお金を持ってきたらしい
キャッシュレスの時代にも関わらず現金を持っていたんだから槙島はやっぱり理解できない
まあ、そのおかげでお金には困っていないんだけども

宿のお風呂、浴槽に浸かる慎也とその傍らで身体を洗う私
なぜ一緒に入ってるのかと言うと、先程までやる事をやっていたわけで…まあ、察してほしい

「…腰痛むか?」

「そう思うなら少しは手加減してよね」

昔日本で恋人だった時は多くても週に3回程だったのに、ほぼ毎日抱かれるこっちの身にもなってほしい
嫌いなわけじゃないしむしろ好きなんだけど32歳の慎也の色気はちょっと目に毒だったりする

「(身体も鍛えて更に逞しくなっちゃってるし…何だか照れちゃう)」

情事中に慎也の体つきに何度見とれてしまったことか
そんな考えを吹き飛ばして、お湯を浴びてから慎也にもたれ掛かるように浴槽に入る
私の体積分のお湯が溢れ出す光景を眺めつつ背中に感じる慎也の鼓動に耳を傾けた

ストレスによる色相の悪化、そして睡眠不足、自律神経の乱れなど
慎也がいなくなってから様々な問題が生じた結果薬の過剰摂取を三年も続けてしまった
薬のせいだけじゃないけれども私の身体はボロボロで、薬が必要なくなっても元通りになるわけじゃない

本当は子供もほしいんだろう、彼が子供好きなのは知っている
でも私の身体では産んであげられない

「…ごめんね、こんな身体で」

私がもっと強ければこうはならなかった
後悔はあるが過去は変えられない
自分が弱いせいで引き起こされた罪は背負う

「俺はお前がいてくれればそれでいいさ」

心配を悟られないよう告げる慎也は本当に優しい
優しすぎて申し訳ない気持ちになってしまう
彼を追いかけたことは後悔していない、私は慎也がいないとダメだから
自分の意思でついていくと決めた

けれど、慎也はどうなんだろうか
納得してここにいるわけじゃなく、槙島を殺すために全てを捨てて
日本に居られなくなったからという理由で逃亡して
そんな彼が辿り着いたのが結局武器として扱われるこの生き方なんて皮肉にも程がある

「…ねえ、慎也」

「ん?」

「次はどこに行くの?」

浴槽に添えられている慎也の手に自分の手を重ねれば、彼の手が逆を向いて私の指を絡めとる
お互いの左手の薬指にはお揃いの指輪が輝いている

「チベットの方で大きな戦争が起きていると聞いた」

「また戦争…なんで敢えて戦争に飛び込みたがるの?」

「…嫌か?」

「嫌じゃないよ、慎也がそうしたいならどこにでもついて行く
でも…慎也はそれでいいの?日本で散々道具として利用されたのにまたその役目を受け入れるの?」

自由になってほしい
けれどそれを決めるのは慎也自身だ

「…俺が俺であるためだ」

ただ一言そう告げた慎也が私の肩に顔を埋めた
これ以上聞くなという事なのか私も口を閉じる

槙島を殺して復讐を果たしてから慎也の時間は止まったままだ
人を殺す前の慎也には二度と戻れない

私には慎也のことが理解できるようで出来ない
槙島という同じ男を追っていたけれどそもそもが違うんだ
慎也は佐々山さんの復讐のために槙島を殺した
彼を殺人犯にしたくなくて自分の手を汚そうとした私とは思いも覚悟も違う

自分の道を進んで欲しい…そんなこと言えない
私が自分で決めたように慎也がそう決めたのならもう何も言うことはない

「そうだ、お風呂から出たら少し散歩でもしない?」

「散歩?」

「うん、せっかくだからデートしたいな」

身体をねじって「いいでしょ?」と振り返れば、慎也は優しく微笑んで「ああ」と返事をしてくれる
朱ちゃんは慎也の事を周りを巻き込んで一人で突き進んでいく勝手な人だと言っていたけど、彼も彼なりに仲間の事は心配している

「好きよ、慎也」

そのまま慎也にキスをして目を閉じれば、慎也の手が私の後頭部を支えるように回される
キスが啄むようなものから互いを確かめるようなものまで徐々に深くなる
少し苦しくなって離れると、慎也が私を愛おしそうに見つめているから恥ずかしくなって目を逸らした

「何で逸らすんだ?」

「っ、分かってるくせに」

「教えてくれないのか?」

意地悪だ
そう思って慎也を少し睨みつければ、余裕そうに笑みを浮かべた彼が私の頭を撫でた

「そろそろ出るか、散歩に行こう」

「うん」

二人して立ち上がれば、お湯の量が随分と減った浴槽でチャプッと水音が立てられた

生まれ育ったシビュラに管理されている国からは遠いこの場所で私達は今日も生かされている
近々大きな選択を迫られることは露知らず、私は慎也と共に自分達の道を探し続けていた






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