47-解目





世那が目を覚ました時、既に放課後だった

サッカーボールが凄まじい勢いで飛んできたので咄嗟に身を引いたものの額を擦った感覚があったところまでは覚えている

「あら起きた?」

カーテンがシャッと開き、向こう側の保険医が見えたことでここが医務室だと理解する

「すみません…」

「謝らなくていいのよ、熱中症だったみたいだし…ゆっくり休めた?」

熱中症は予想外だったので世那は驚くものの頷く
ぐっすり寝れたおかげで体もすっかり元気だ

「制服と荷物は家入さんが持って来てくれてるから今日は帰ってゆっくり休みなさい、明日からは幸い土日だし」

「はい」

もう一度カーテンを閉め制服に着替えた世那は保険医にお礼を告げてから医務室を後にしようとする

「あ、そうだ」

言い忘れてたと声を漏らした保険医を振り返れば、とても楽しそうな顔でこちらを見ていた

「五条君だっけ?あの子がここまで運んでくれたのよ」

「…え」

悟とはこの一ヶ月まともに関わっていない、世那が距離を開けているせいなのだが
まさか悟が自分に愛想を尽かしてないとでもいうのだろうか?彼女もいるのに?と疑問でいっぱいな世那はぺこりと頭を下げ医務室を後にした

「(悟が?なんで…)」

運んでくれたのはありがたいがやはり彼の行動は訳がわからない
もう自分のことなんて忘れて面倒くさくない子と付き合えばいいのに何を考えているのか
もやもやする世那が昇降口でローファーに履き替えてから校舎を出ると、そこには悟がいた

「よ」

喧嘩をしたあの時と同じく出待ちしていた彼の姿に世那は驚きつつもなるべく平然を装って「ども」と返す
当たり前のように横に並ぶ悟に戸惑いつつも駅へと向かう、駅についてしまえば方向は違うのでひとまず安心だ

「体調はどう?熱中症って聞いたけど」

「うん、寝たから大丈夫だよ」

「そっか」

状況が飲み込めていない世那は気まずそうにしつつ横目で悟を確認すると、彼は遠くを見ていた

「…あの…悟が運んでくれたんだよね?ありがとう」

世那の言葉に目を丸くした悟はフッと微笑む

「ボールをうまく避けてたんだろ?相変わらずすげー動体視力だな」

いつも通りの悟、しかし世那は俯いてしまう
どうして自分なんかに構うのか分からない
自分の気持ちすらちゃんと分からないのだから悟に好かれる資格なんてないのだ、と自分を責める

そんな彼女に悟も深く追求はしない
一ヶ月ぶりの二人の間はいつもより広い距離があるように見えた

駅に着いた世那は悟に別れを告げようとするも、彼は何食わぬ顔でついてくる
疑問符だらけの世那に悟は微笑んだ

「俺今日伊弉冉の爺さんに呼ばれてるから一緒に帰ろ」

どういうことだと世那の顔が引き攣る
確かに自分が倒れたことは伊弉冉に連絡がいくだろうとは思っていたが一体どうして悟が呼ばれるのか

長い足でホームの階段を上がっていく悟を世那は追う
電車が来たので二人で乗り込むとちょうど空席があったので二人で座る
こうやって一緒にいると勘違いしそうになるからやめてほしい、自分は悟を傷つけるひどい奴なのだから

俯く世那の隣で悟は先ほど伊弉冉に電話をして鎌倉の家に泊めて欲しいと頼んだことを思い出す
世那には自分は呼ばれたと言ったが申し出たのはこちらの方だ、世那を送るという名目だったが伊弉冉は何かを察したようで快諾してくれた
服などは向こうについてから買いにいけばいい、それよりも今日必ず世那と仲直りしなくてはならない
先延ばしにしていいことがないのはこの一ヶ月で嫌と言うほど思い知っている



ーーーーーーー
ーーー



伊弉冉の家についた
世那は悟と一緒にいるのが気まずいのか、荷物を自室に置くや否や夕飯の買い出しに行ってしまった
病人なのだからと気遣う二人を他所に家を出た彼女に悟は目を伏せる
ここに来るまでほぼ会話をしなかった二人の空気に勘付いた伊弉冉は悟を居間に通した

「悟殿、世那を運んでくれたと聞いておる、ありがとう」

「いや、それは全然」

「で?何があったんじゃ?」

話してみと微笑む伊弉冉に悟は一ヶ月前のことを話した
自分たちの前に現れた先輩のこと、そのせいで世那に当たってしまったことを

「ああ、そのことはワシも世那から聞いておるよ…あれは大倉の人間じゃ」

「え」

大倉、それは世那の父親の実家だ
かなり大きな財閥のそこは世那に接触したがっているとは知っていたがまさかあの先輩が?と怪訝がる悟を伊弉冉は見つめる

「その反応からしてやはり調べておったか」

「あー…葬儀のときに来てたの見ちゃって」

「そうかそうか…変なものを見せたの」

伊弉冉が嫌悪感を露わにする様子を初めて見た悟は少し驚く
あの日宝生の親族が敵意剥き出しだったので友好ではないんだろうとは思っていたが、自分が思う以上に根深いのかもしれない

「世那に話したのは去年じゃ、あの子は大倉の跡継ぎにと目をつけられておる」

「は…何でアイツが」

「他があまりにも出来が悪いそうじゃ」

「そんなことで…」

自分が五条家で受けた扱いを世那も受けている
それを知った悟は拳を握った

「その接触を図ってきた先輩というのは大倉に仕える者じゃよ、おそらく世那と話すためにわざと悟殿を遠ざけたのじゃろう」

全て計算づくだったあの日のこと
まんまと踊らされ、苛立ち、世那を傷つけた自分が情けない
悟が歯を食いしばるが伊弉冉は穏やかに微笑む

「すまんの、世那は頑固じゃろ」

「え…あー…まあ」

否定しない悟にがははと笑った伊弉冉が彼を真っ直ぐ見つめた

「世那はの、君に幸せになってほしいと言っておった」

「幸せって…俺はアイツがいれば」

「うむ、そうじゃな、悟殿の気持ちは知っておる…だが君は世那のことを知らない」

伊弉冉の言っている意味が分からない悟が困惑した顔をする
どういうことだと言いたげなその眼差しに伊弉冉は茶を啜った

「世那から聞くべきじゃがあの子は口を割らないじゃろう…だからワシから少し助言じゃ
あの子には前世の記憶がある、そこには悟殿もいたそうじゃ」

唐突すぎて理解が追いつかない悟は声も発せない
だがいつだったか前世の話になった時に世那の様子がおかしかったことを思い出す、そして自分が前世だのそういうものを馬鹿にしたことも

「あ…」

あの時からだ、あの時から世那が何かを隠しているような感覚が増した
世那が隠しているものを教えて欲しいと願った、受け入れる準備もできていた
だが大前提で自分が否定していたのだ、彼女が話すことを諦めたのはそういうことだった

「いや…でも…そんな」

前世だとか生まれ変わりだとかそんなものは信じられない
世那が抱えているものがそんなものだなんて想像もつかなかった

「それが普通の反応じゃ、だから世那は生涯隠すつもりでおったのじゃろうな…あの子がこの話をしたのはワシだけと聞いておる」

誰にも言わないでずっと抱えていた世那に息を飲んだ
もしかしてあのトラウマのような反応も前世というものが関係しているのだろうか
だとしたら合点がいく、彼女は言わなかったんじゃない…言えなかったのだ

「それとこれは完全にワシのお節介じゃが…全部聞いた上で世那を支えてやってくれんか?」

正直突拍子もない話に戸惑いがあるのは事実だが悟は頷く
世那を支えたいという気持ちも、彼女の傍にいたい気持ちも変わっちゃいない

「そうか、やはり君がいてよかった」

微笑んだ伊弉冉が立ち上がった

「あとは世那と話しなさい、年寄りのお節介はここまでじゃ」

「…爺さん、ありがと」

「よいよい、それよりも着替えを買うのなら早く行ったほうがよいぞ」

「うん、わかった」

伊弉冉の言う通り服を買いに行こうと悟は玄関を出る
一年前に訪れた時と同じ、鎌倉の空気は少し涼しく感じた










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