00-詛呪





宝生世那は呪術師だった

生まれながらにして宝生という人柱の一族の運命を背負わされ
巫女と一族の生き残りという宿命まで背負った彼女は呪術師と成って戦い続けた

多くの大切な人を失い
多くの不幸に見舞われ

それでも歩み続けた彼女は最愛の人と共に呪いの王に立ち向かう



12月24日新宿



悟の大技が炸裂し宿儺はもうボロボロだ
勝機はこちらにある

その瞬間、ぞわりと嫌な感覚がして世那は飛び退いた
宿儺が放ったのは斬撃、だがそれは今までのものと何かが違う

「なに…?」

空気、いや空間ごと斬ったような感覚がした
超直感が未だかつてないほどの危機感を抱いたせいで何とか躱わせたがじわりと嫌な汗が滲む
次を避けられるかは分からない

「ほう、避けたか…だが」

どさりと何か重いものが落ちた音が聞こえた
そちらに目を向ければ悟の上体が地面に横たわっている
下半身は立ったままのそれは真っ二つにされていた

「悟!!!!」

世那は宿儺の空間を断ち斬る斬撃を超直感で避けたものの悟はそれを食らってしまった
そもそもこれを避けるには甚爾や真希のように空気を捉えるような力がなければ難しい

「魔虚羅による適応は一度攻撃を受けると緩やかに解析が始まり時間経過によって完成する
その間更に攻撃を受ければその時間が加速する…一度適応した呪術も決して解析を完結することなく更なる適応を続けるのだ」

世那は悟に駆け寄ろうとした
呪力は腹に溜まる、反転術式は脳で回す
その二つが分断された今悟は怪我を修復できない

「俺が魔虚羅に求めていたのは手本だ、俺が貴様の不可侵を破るための手本
はじめ貴様の不可侵に適応した魔虚羅は不可侵を中和無効化するように自らの呪力を変質させていた
それは俺にはできないことだ、だから待った、俺に合った不可侵への適応を」

虚な目をする悟を見るのは二度目だ
高専の時に一度彼の死を目撃している世那は彼を救おうとするも宿儺の斬撃がそれを阻む

「もう五条悟は終わった」

「黙れ!!邪魔するな!!!!」

このままでは悟が死んでしまう
幸い自分には自己修復はなくとも他者を回復させる能力はまだ残っているらしい
悟の所に行けさえすれば彼は救える、それで自分の命が亡くなろうがどうだっていい

「二度目の適応は期待通りのものだった、あれは俺のように斬撃を飛ばしたわけではないあれは術式対象の拡張だ
術式対象を五条悟ではなく空間、存在、世界そのものまで拡張し斬る
不可侵など関係なくその空間、世界に存在する限りその空間、世界ごと存在を分断される…至難の業ではあったが実にいい手本だった」

説明しながらも世那に斬撃を放ち続ける宿儺
彼は宝生の血の力を知っている、だからこそ決して世那を悟へ近づけさせない

この世界線の悟は世那を共に死なせる道を選んだ、指揮官として彼女を縛らなかったのだ
それはつまり世那の呪霊化を防ぐ手立ても準備していないということ

悟の下半身がどさりと倒れ込む

「天晴れだ五条悟、生涯貴様を忘れることはないだろう」

悟が死んでしまう
そのことが世那の絶望を肥大させる


-俺と一緒に死んでくれる?-


封印を解かれ、宿儺と戦うと決まった世那に悟はそう告げた
全てを捨てて自分と一緒に死の最前線まで来てほしいと
世那は嬉しかった、悟が自分を連れて行ってくれるのが本当に嬉しかったのだ

でも、だからこそ彼を死なせたくない
弱体化した足手纏いの自分が命を張るのはここしかない

「悟!死んじゃ駄目!!」

生きてほしい
たとえ自分が死んでも彼には生きてみんなの希望になってほしい

「…世那…ごめ…」

悟の小さな声が聞こえた、まだ息はある、救える

「っ、悟!!!」

世那が悟に触れる直前
宿儺の斬撃が悟の上体を斬り刻んだ

目の前に広がる肉片
鼻腔に届いた血の匂い
血溜まりの中に転がっている切断された左腕
薬指にはお揃いの指輪が嵌まったままだ

「ぁ…嘘…」

間に合わなかった

「い、や…嫌…!!」

世那は悟を救えなかった
死んでしまった人間はもう救えない

「さあ、次はお前だ閻魔」

宿儺の声はもう世那には届かない
彼女の体から溢れる禍々しい呪力がドッと溢れ出す
あまりの呪力に地面や建物が抉れていく中、宿儺は高らかに笑った

「呪いと紙一重の一族…全く愉しませてくれる」

世那の眼球が黒く染まり、額からズズズと角が生えていく様子を宿儺は愉快そうに見る
血のような赤が闇に飲まれるその模様に中継で様子を見ていた生徒たちは青ざめた
恩師を失い更に彼女まで堕ちてしまえば人類はいよいよ勝機がない

「宝生先生!!!」

慌てて立ち上がった悠仁、既に動き始めていた憂太が「止めなきゃ!!」と告げるも冥冥が静かに口を開く

「いや…もう彼女は…」

モニターに映る世那はもう人じゃない
近くにいた硝子は今にも泣き出しそうで拳を強く握る

「駄目だ世那!戻れ!!!」

こちらの声は届かない、そう分かっていても叫ばずにはいられなかった



宝生世那は呪霊と成った、最愛の人を失い絶望した彼女は己を呪う
鈴蘭を取り込んでいる世那は特級以上の呪いとなっていた

『死ナセ…ナイ…絶対…死ナセナイ…』

うわ言のように呟く彼女にはもう宿儺は見えていない
自我もなく自分が何者かも分からない彼女の目的はただ一つ、最愛の人が生きて幸せになる世界のみ

呪術界に生まれたせいだ
呪力なんて持ってしまったせいだ
呪いなんて無くなってしまえばいい
根本的に世界を変えてしまえばきっと彼は幸せになれる

『サ…ト、ル…』

大丈夫だ、必ず幸せにしてみせる
この命に換えても彼だけは絶対に幸せにしてみせる

『愛シテル』

血溜まりに落ちていた左手を大切そうに抱えた彼女はこの世界を呪った
その後の世界がどうなったかは彼女には知る由もない




これは宝生世那が生み出した特異点の話だ







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