19-夏色





夏がやってきた
世那は寒さに弱いのだが暑さが得意なわけでもない

「あつい…」

げんなりしている世那は悟と課題をやっている
今は夏休み、六年生の二人には結構な量の課題が出されてしまった
日曜日の稽古の後、悟の家で涼みながら鉛筆を走らせていく

「世那どんぐらい終わった?」

「このページでドリルはおしまい、あとは自由研究だけだよ」

「相変わらずはえーな」

世那からすれば小学生の課題など暇つぶしにしかならない
スラスラと解いていく彼女を眺めていた悟は世那の肌が汗ばんでいることに気が付く

今は夏だ、日本家屋の造りの五条家は他の家より風が通るが暑いものは暑い
悟は世那の首筋を流れる汗を見てごくりと唾を飲み込む
小学六年生となれば色んなことに興味があるお年頃だ、性的なものに徐々に興味が湧いてきてもおかしくはない
世那の肌に張り付く髪もなんだかエロさを感じさせた、それに薄着のせいか体のラインが浮き出ている

「(なんか…胸が…)」

悟が性へ興味を持ち始めたように世那も徐々に体が女性らしく育ち始めていた
彼女は前世でも胸が大きかった、今世でも小六にして大きくなる片鱗を見せている
悟の視線に気がついた世那は顔を上げた

「どうかしたの?」

まさか悟が自分を見てやらしいことを考えているなんて想像もしていない世那はわからない問題でもあったのかと問う

「えっ?!あ、いや!暑いなーって!」

上擦った声を出す悟に世那は首を傾げた
彼女にこんな邪な気持ちを抱いているのは知られてはならないと必死に隠すが、世那は前世で彼と何度も体を重ねている
邪な気持ちしかないことくらいとっくにバレているのだ、だが世那はそれが小六の彼にもあるとは思っていない

「坊ちゃん、世那様、休憩なされてはいかがですか?」

使用人の女性が持ってきたのはスイカ、夏といえばな食べ物に二人は喜ぶ
世那はそのままかぶりつくが悟は塩を振って甘みを感じるようにしてからかぶりついた

縁側に腰掛け五条家の庭を眺めながら夏を感じる
じりじりと照りつける太陽、熱を含んだ空気、蝉の鳴き声、透き通るような青い空
なんとも平和な光景に世那は前世の夏は最悪だったことを思い出す
呪霊というのは夏によく湧く、春に溜まった負の感情が溢れ出すためだ
こんな平和な夏は前世ではあり得なかった

「来年から中学生かー…」

「楽しみじゃないの?」

「いや、俺らが行くとこ部活強制らしいからさ、それが面倒くせーなって」

悟の言う通り二人が通う公立中学は部活動の入部が強制と聞いている、それが悟にとって苦痛なのだと言う
世那はそこまで嫌ではないが確かにそれで悟との時間が削られるのは寂しいかもしれない

「何に入ろうかとか決めてる?」

「うーん…傑と一緒のとこかな、多分運動部」

中学に入れば男女の区分けが今よりももっと明確になる
体育の授業もバラバラになり、部活も女子〇〇部というように分けられる
流石に性差の壁は乗り越えられない

「色々変わっちゃうかもね」

「…そーだな」

変化というのは怖い
今までと何かを変えるのは良くも悪くも取捨選択だ

世那も悟も黙り込んでスイカを平らげる
皮を皿に戻して、ウェットティッシュで手を拭いた二人はそのまま夏の景色を眺めた
相変わらず二人の間には拳一つ分の距離がある

保育園に通っていた頃はこんな距離なかったはずだ
徐々に開いたこの距離はきっと二人が大人に近づいているためだろう
中学、高校、この先どんどん大人になっていくがその度に距離は開くのか

世那は隣にいる悟の手に触れるかどうか迷う
簡単に触れられるのにどうしてこんなにも躊躇うのか

「(あの時とは違うのに)」

必死に手を伸ばして、助けたくて駆け寄ろうとした
呪いの王の邪魔のせいでそれは叶わなくて
目の前で悟は死んだ

「(落ち着いて)」

悟は生きている、傍にいる
ここは平和な世界だ、もう戦う必要はない

一方、深く考え込む世那の隣にいた悟は高鳴る鼓動を感じていた

「(やば…触りたい)」

猛烈に世那に触れたいと思ってしまうのは先ほどから世那を性的な目で見てしまうせいだ
自分と違う柔らかそうな肌、健康的な赤みを宿す頬
ぷっくりとした唇も弾力がありそうな尻も全部が悟の興味を唆る

性教育は授業でやった
子供が出来る方法を知ってそりゃあもう男子は大盛り上がりだったし、女子は目を丸くしていた

習った時、悟は自分の知らないそれをいつか世那とするのかなーくらいに考えていたが、いざ彼女の成長を目の当たりにして正直意識しないほうが無理な話だ

ちょっと動かせばそこには世那の手がある
その手を欲を孕んだ瞳で見つめた悟は意を決したように世那の手に触れた
小指が当たったくらいのそれに二人はどきどきしながらどちらからともなく指を絡ませ恋人繋ぎをする

心臓がうるさい
悟も世那も自分の熱が相手にバレていませんようにと願う

「…中学」

「え?」

「中学入っても…オマエは変わんないで俺の傍にいて」

ぽつりとそう告げた悟に世那は微笑む

「それは大丈夫、私結構しつこいから」

「はは、知ってる」

至近距離にいる世那を愛おしそうに見つめた悟は世那にもたれかかるように体を傾けた
先ほどはあんなにも緊張したのに大胆なことができたのは世那が傍にいてくれると知って安心したせいかもしれない
触れ合った部分は互いの汗のせいでしっとりしている、その感覚すら大切にしたいと思うのだから両者共にどうかしていた

「(早く俺だけ好きになればいいのに)」

そうすれば世那を好きだと、彼女になってと言えるのに
この距離感がもどかしい、思春期を迎えた悟は世那への欲を我慢していた

もたれかかってきた悟の髪が肌に当たってくすぐったいのか、世那がくすくすと笑う

「甘えん坊だね」

他の人には見せない可愛い一面を見せてくれて嬉しいと、世那の頬は緩みきっている

「オマエ限定な」

「わー、嬉しい」

本心しか言っていないのに世那はいつものように受け流す
どうすればいいのか、どうすればもっと彼女を手に入れられるのか

「なんか世那からいい匂いする」

「そうなの?自分じゃわかんないや」

すんすんと自分の匂いを嗅いだ世那は不思議そうにするが、悟は彼女から香る甘い匂いに頭がくらくらしてしまう

「…じっとしてて」

「なにを…っ!?」

もたれかかっていた悟が世那の首にキスをした
触れるだけのそれに驚いた世那が硬直していると、悟がゆっくりと離れる

彼の顔は赤に染まっており、世那はその瞳に欲があることに気が付く
まだ子供だと思っていた、でもそんなことはない
悟はもう男の子から男へと成長を始めている

「ごめん…つい…!」

やっちまったと反省する悟だが、そうは言いつつちょっと満足げだ
先ほど彼が触れた首を押さえる世那は悟が自分を性的な目で見ていることに気がつき急に恥ずかしくなった

好きな人に女として見られているのは嬉しいが完全に不意打ちだった
中学二年生くらいからそういう目で見られるのかと思っていたのにまさかこんなにも早くからそういう空気になるとは予想外でしかない

ただ、間違いないのはもっと触れてほしいと思っているこの感情
悟にとって単なる異性でしかないとしても、そこに恋愛感情がないとしても
それでも彼に触れられて嬉しい、もっと求められたい

そんな甘ったるい雰囲気を醸し出す二人をぶった切るように咳払いが聞こえた

「坊ちゃん!流石に今のは見過ごせませんぞ!!」

いつものベテラン使用人の声に二人は驚く

「おまっ…いつから見てた!!?」

「坊ちゃんがもたれかかるところからです」

「ふっざけんな!全部見てんじゃねーよ!!!!」

真っ赤になって抗議する悟と、彼を嗜める使用人
すっかりいつも通りの光景に世那は笑った










back


- ナノ -