20 years old
2035年
「どうかな?」
振袖を身に纏う雪は成人式を迎えていた
娘の晴れ姿に喜ぶ世那は顔を輝かせる
「雪とっても綺麗!」
「えへへ、ありがとう」
自分よりすこし身長の低い母は下駄を履いているせいで更に低く見える
世那の隣で感極まっていた悟は感心したように頷いていた
「マジで世那そっくりじゃん」
自分たちの成人式を思い出す悟はあの時の妻と瓜二つの雪に感動する
今も世那は美人のままだが雪の姿を見ているとあの頃が懐かしい
成人式の会場は家の近くということもありこれから友達と待ち合わせして向かうそうなのだが、着付けやメイクを終えた彼女は一足先に両親へお披露目をしていた
「雪がもう20歳なんて…」
「ママ、それ誕生日の時も聞いたよ」
「だって…」
あれからもう二十年も経ったのかとしみじみしている世那はふと思い出したように棚から綺麗な箱を取り出してきた
「これ雪に」
装飾が施された箱は少々年季がいっているものの質が良いものであることは読み取れる
世那に促され箱を開けば中には一本の綺麗な簪が納まっていた
「…これは?」
「私のお母さんの形見だよ」
「っ、おばあちゃんの?」
写真でしか見たことのない祖母
世那が中学の時に亡くなったと聞いている彼女の形見の簪をまじまじと見つめる雪は良質なそれに目を奪われていた
決して派手ではないが目を惹くそれは世那や雪の目と同じ赤い玉がついておりとても美しい
「ママも成人式の時にこれをつけたんだけど、雪がいいならつけて行ってほしいな」
「え、いいの?」
母の大切なものだろうと心配そうにする雪に世那は頷く
雪が女の子だと分かってから世那はこの時をずっと楽しみにしてきたのだ
無理強いするつもりはないが、自分の母も孫の下へ行くことに喜ぶだろうと思ってのことである
箱から簪を取り出した雪は髪につけてほしいと世那にお願いした
「はい、できた」
既に髪についている装飾を邪魔せずともしっかりと華やかさを演出する簪は悟譲りの真っ白な髪にとても映えている
「ありがとう、大切にするね」
「うん、こちらこそありがとう」
互いに微笑んだ世那と雪
二人を微笑ましく見守っていた悟はせっかくだし写真を撮ろうと提案した
こういうのは外で撮った方が映える、とはいえ悟は有名人なので今日のような晴れの日に彷徨くと目立ってしまうだろう
そこで三人はマンション内の中庭でプチ撮影会をしていた
共有スペースであるため他の住人に声をかけられもしたが、彼らには悟のこともバレているので隠す必要もない
悟は雪と世那のツーショットを撮って満足そうにしており、そんな悟の手元のスマホを覗き込んで雪も楽しそうにしている
二人が並ぶと本当に絵になるので世那はそんな微笑ましい夫と娘を撮影した
「ん?撮った?」
「うん、撮った」
「え、カメラ見てなかったよ」
「いいのいいの、自然体な二人が撮れて満足だから」
職業柄カメラを向けられなれている悟は世那の言葉の意味を理解し納得しているが雪は不思議そうに首を傾げている
撮られると意識していない日常の一面を切り取れたことに世那は喜んでいたのだ
「あ、そろそろみんな準備できるって」
「そっか、式のあとでみんなで飲みに行ったりするんでしょ?」
「うん、中学の同窓会があるんだ」
久々に会えるのが楽しみと喜ぶ雪は昔から友達が多かったので積もる話もあるだろう
「雪はそんなにお酒が強いわけじゃないんだしセーブするのよ」
悟と世那のちょうど真ん中くらいの酒の強さの雪は量は飲めない
下戸でないだけまだマシだが世那のように色んなお酒を飲みたいと思っていた彼女は誕生日に酒を試してみて残念そうにしていた
返事をしてからエントランスロビーを出ていく雪を見守っていると、足を止めた雪が両親を振り返る
「どうかした?」
「忘れ物?」
そう声をかける両親に雪は綺麗な笑みを向けた
「今日まで育ててくれてありがとう!」
唐突な感謝の言葉に驚く二人の目が丸くなる
そんな姿にしてやったり顔で笑った雪は今度こそ友達
の下へ向かった
ロビーに立ち尽くしていた世那と悟は今し方不意打ちで娘に泣かされそうになったことにわなわなと震える
「やばい…泣きそう」
「俺も」
溺愛して育ててきた可愛い娘にあんなことを言われてしまっては涙腺が崩壊するのも無理はない
住民に怪訝な目で見られる前に二人で家に戻ることにしたが、二人とも鼻を啜ったりと感極まった様子だった
「コーヒー飲む?」
「うん、ありがと」
靴を脱いでからキッチンへ向かう世那へ返事をして悟は仕事部屋のクローゼットにしまってあるアルバムを探しにいく
普段から世那が綺麗に整理しているおかげですんなり見つかったそれをリビングに持っていけば、マグカップを持ってきた彼女が目を丸くさせた
「それ私たちの成人式の時の写真?」
「うん、さっきの雪見てたらちょっと見直したくなって」
一緒に見ようと誘われソファに座る悟の隣に腰掛けた世那
二人で一枚一枚振り返っていくこの時間は心地よい
「そうそう、この時世那大人気だったっけ」
「中学の友達とは引っ越して以来会ってなかったからね、みんな元気そうで嬉しかったなぁ」
両親の死をきっかけに地元を離れることになった世那は成人式でかつての友人と再会しそれはもう引っ張りだこだった
そんな様子を見て悟は少し不機嫌そうにしていたが、嫉妬が見苦しいとも理解しているので耐えていたことも懐かしい
「伊弉冉の爺さんが世那の晴れ姿を見たがってたのを思い出した」
祖父が亡くなったのは成人式の数ヶ月前のこと
世那自身も見て欲しかったと思っていたので悟の言葉を聞いて目を伏せる
「多分見てくれてたと思うよ」
「ってことはおじさんとおばさんも来てたかも」
「あはは、確かに」
家族総出で見に来てくれてたら嬉しいなと微笑む彼女を横目で確認した悟は少し黙り込む
先ほど世那が雪に渡した母の形見を彼女がずっと大事にしてきたのを知っている、父の形見である万年筆と共に磨いたりして劣化しないよう質を保っていたのだ
「よかったの?おばさんの簪渡しちゃって」
「んー、でもあんな良い物をずっと箱にしまってるのも勿体無いし」
困ったように眉を下げる世那
手元のアルバムの中の彼女の髪につけられた簪も同じ物だというのに世那と雪とで違う物のように感じられるのは髪色のせいだろうか
世那の桃色の髪にはうまく溶け込んでおり控えめだが、雪の白髪では存在を主張するように華やかに見えた
「雪なら大切にしてくれるからいいの、お母さんも喜んでると思うよ」
悟の脳裏をよぎったのは優しい世那の母の姿
生意気だった自分にも優しく接してくれていたことは今でも思い出せる
「さっき雪にありがとうって言われてさ」
「うん」
「その背中を見て…もうすっかり大人になっちゃったなぁって」
目を伏せる悟に世那はくすくす笑う
彼女も同じように雪の成長を実感していたので気持ちがよく分かる
「子供がほしいかどうかで二人で悩んでた頃が懐かしいね」
「そうだね、二人で一人前にって話だったけど…雪があんなに立派に育ってくれたんだから子育ては成功かな?」
「うん、大成功」
顔を見合わせ笑い合う二人はあの時に子供についてちゃんと話し合って、そして雪が来てくれてよかったと話す
今の幸せがあるのは間違いなく雪のおかげだ
自分たちが育てた娘に自分たちもまた育てられたと二人はこれまでの子育て生活を振り返っていく