157-不向
十二月
悟の誕生日がやってきた
毎年恒例の彼の好物と手作りケーキを準備し今年はプレゼントに時計を用意した
楽しそうに準備する世那は今年も無事にお祝いできることにホッとする
前世でも一回だけ夫婦として彼の誕生日を祝うことはできた
たった一回、その数日後に彼の人生の時は止まってしまったが
「…そっか、悟ももう25か」
出会ってからもう二十年になる
長い間一緒に生きてきて彼との関係も変わって今や夫婦だ
自分の望んだ幸せは半分叶ったようなもの、あとはこの幸せが長く続くことを祈るだけだろう
と、ガチャリと玄関が音を立て彼の帰宅を知らせる
さっと手を洗ってから玄関へ向かえば仕事から帰宅した悟が段ボールを抱えているではないか
「ただいまー」
「おかえり、なにそれ?」
「ファンからのプレゼントとか手紙とかそういうの」
すごい量だねと驚く世那は段ボールを抱えリビングに向かう悟の後ろをとてとてと歩く
流石に荷物を持っている彼に抱きつくのは危ないのでまだかまだかとそわそわしている様子だ
よいしょと段ボールを下ろした悟が振り返って手を広げれば世那が嬉しそうに抱きついた
「悟、おめでとう!」
「ハハッ、朝も聞いたよ」
「何回だって言いたいの、駄目?」
「ううん、嬉しい」
腕の中の世那に擦り寄った悟が「あー、癒されるー」と告げる
疲れているのだろうかと彼の顔を見上げるがやつれているわけではないらしい
「ご飯はもうちょっとだけ待っててね」
「はーい」
普段なら悟も料理を手伝うところだが、世那はこの日は絶対に手伝わせないので大人しくソファに座って段ボール箱の中身を確認する
誕生日をお祝いする手紙を一つ一つチェックする彼は意外とファン思いだ
「奥さんによろしくーって書いてある」
「あはは、優しいファンの人がたくさんだね」
「ねー」
調理しながら返事をする世那に嫉妬心はない、ファンの大半が悟をまっとうに応援してくれていると知っている
それに公言するようになってからは世那へのコメントも多く寄せられ、彼女は自分のことも込みで悟を応援してくれている彼らに感謝していた
「これも世那に…ってちょっと待って、オマエ宛てのプレゼントばっかなんだけど」
悟の方を見れば花束やブリザーブドフラワーなどがいくつか机に並べられているではないか
いつぞやに悟がラジオで世那が花を好きという話をしたところ、こういったプレゼントが届くことがちょくちょくあった
どれも悟をイメージしたような水色の花が多いので世那は大喜びだったが、一般人の自分が申し訳ないなという思いもある
「うーん、嬉しいけど本当にいいのかな?」
「事務所チェック通ってるしいいんじゃない?男からのは弾かれてるだろうし」
危険はないとチェックを通り、尚且つ世那へのものは女性ファンからのみのものしか受け付けない
悟的にもこういったプレゼントをもらえるほどファンが世那を好いてくれてるのは嬉しいことだ
とはいえ毎度もらうわけにもいかないので上手い感じに事務所に飾ったりと有効活用してもらっている
「まあでもそろそろ置き場所もなくなってきたし今度ラジオで控えるよう言っとく」
「うん、気持ちはありがたいってちゃんと伝えておいてね」
「任せといて」
悟の言う通り二人が住むこの家は広いとはいえ1LDKだ
スペースも限られているのであまり物は増やせない
ファンからもらった手紙や物品はちゃんと保管しているが手狭になってきているのは事実
「式が終わったら引っ越そうか、もうちょっと広いとこに」
悟の言葉に世那は手を止めた
何気ない発言だとは分かっているが広いマンションに移ると聞いて頭をよぎったのは武一
「武一さんの遺したとこなのにいいの?」
彼が悟を思って最後に遺したここはそう簡単に手放せる物じゃない
社会人になってからは自分たちで家賃を払うようになったが、それでも後ろめたさはある
世那の言葉に悟は彼女を見て首を傾げた
「んー…爺さんそういうのは気にしないと思うよ
家具とかで使えるのは持ってけばいいし、スペース的に今後もこの家に一生住むのは無理じゃね?」
「そうなの?」
「あー…そっか、この話まだだったっけ」
世那と話が噛み合わない理由に気がついた悟がガシガシと髪を掻く
何のことだろうかと不思議そうにする世那にこちらへ来るよう告げた彼はちょっと真剣な顔をしていた
調理もほぼ終わっているので手を洗ってから悟の下に向かった世那がソファに腰掛ける
改まって話すなんてどんな内容だろうかと緊張した面持ちでいる彼女を見つめた悟は意を決したように言葉を発した
「世那は子供ほしい?」
ついにこの話題がきたことに彼女の目が丸くなる
結婚前はあんなに考えていたがいざ結婚が決まると婚姻届や手続き、それに式のことなどでつい失念していた
「…えーっと」
こうやって悟と子供の話をするのは高校生以来だろうか
返答に困った世那が目を逸らすが悟が彼女の頬を掴んで真正面から見据える
「目逸らさないで、ほしい?ほしくない?どっち?」
「…ほ、ほしい…です」
「ん、だよね」
オマエ子供好きだもんねと笑う悟には嫌そうな素振りはない
だが彼が子供が苦手と知っているので世那は少し考えてから言葉を紡いだ
「悟は?私のことは一旦横においてどう思ってる?」
聞きづらそうに問う世那に悟は眉を下げ微笑む
やっぱり気にしていたかと彼もまた少し考えてから口を開いた
「知っての通り子供は苦手、何考えてるか分かんないし突拍子もないし
それに俺は爺さんに育ててもらったからさ、親っていうものがあんまり理解できてないってのもあるかな」
「うん」
濁さずはっきりと言ってくれて世那はホッとした
話し合うことの大切さも正直に打ち明けることもちゃんと悟は分かってくれているのだと
「世那との子供はほしいけどちゃんと育てれる自信はない
オマエに任せきりになるのは嫌だし、だったら望まない方がいいんじゃないかって」
「そっか…私も仕事はやめるつもりはないかな
前にも言ったけど前世の生徒に会いたいって気持ちで教師を選んで、いざ先生になってからは益々この仕事が好きになったの
だから…産んでもずっと傍にいてあげることはできないしきっと寂しい思いをさせるだろうなって…なら望まない方がいい」
二人の意見は合致した
互いに欲しい気持ちはあるものの望まない方がいい、それが結論だ
「ん、それを聞いた上で神崎さんの言葉を借りると誰も親に向いてる人はいないんだってさ」
「え?」
「みんな不安だし正しい育て方なんてないんだって、それでも夫婦で協力して試行錯誤しながら立派に育てるのが親の仕事だって言ってた」
神崎の言う通りだ、育て方に正解なんてない
教科書があるわけでもないので一人一人に合わせた育児が必要になる
上手くいくことの方が少ないだろう、困難にぶち当たることは往々として起こるに違いない
「きっと俺は父親に向いてない」
「そんなの私だって…」
「でも向いてない同士の俺らは一人じゃない、協力して二人で支え合える」
悟の言いたいことを理解した世那は泣きそうになる
不安もある、きっと子供に迷惑もかけてしまう
親に向いていない自分たちが望んでもいいのだろうか
「俺もオマエも一人では自信がなくて向いてなくても二人でなら上手くいくかもしれない」
悟が世那を抱きしめた
これを伝えるのにたくさん考えたんだろう
不安げなのは世那だけじゃなく悟もだ
「全部承知の上で言うよ、俺は世那との子供がほしい」
「っ…いいのかな、望んでも」
「それはこれからの俺らの努力次第じゃない?」
誰かにやめとけと言われたわけじゃない
ただ自分たちで考えた結果子供を諦める雰囲気になっていた
でもそれを踏まえ悟は思いを伝えてくれた
「勿論まだ子供が来てくれるって決まったわけじゃないけどさ、それも込みで広いとこに引っ越さない?って聞いたんだ」
子供が苦手だとしてもちゃんと向き合おうとする彼に自分も応えなければ
世那は頷いてから思いを吐露した
「私も悟との子供がほしい」
「…ん、そっか」
じゃあ一緒に頑張ってこと告げた悟の声色は優しい
改めて彼と結婚して、今後の人生を一緒に歩めることを世那は喜んだ