138-確信





十月




芸能人とはいえ世那とデートがしたい悟は彼女を連れてお高めの寿司屋に来ていた

「んーっ、美味しい」

味わいながら食べる世那を見てでれでれしている悟は彼女の幸せそうな姿に満足げだ
二人は付き合って八年目の記念日デートをしていた
寿司屋に来る前に買い物をしたり映画を観たり、久々にデートらしいデートを楽しんだ二人は仲睦まじい

ここの寿司屋はカウンターのみで客も不用意に情報を漏らすような人間はいないらしい
マネージャーの神崎から紹介してもらったこの店を気に入った悟は今後も定期的に世那を連れてこようと画策していた

「それにしても今日は大丈夫だったの?」

「ん、何が?」

自分も寿司を頬張った悟が横目で世那を見れば、彼女は今日のことを振り返る
いくら彼が変装しているとはいえちょっと人目を気にしなさすぎたような気がしてならないのだ

「撮られちゃったかも」

「あー、そういうこと」

なるほどねと納得した悟は気にしてなさそうに板前に注文する
その様子を眺めていた世那は些か不安だった、もし撮られでもしたら彼の人気に歯止めをかけかねない
とはいえ、こうやってデートをできて嬉しかったのも間違いない
この日のために彼が仕事を上手く調整したのだろうとも理解できるので尚更嬉しかった

「その話は後にしない?せっかく美味しい寿司を食べてるわけだし」

ね?と微笑む悟に上手く流されてしまい、寿司を味わう世那は知らないが悟はこの話をするつもりはない
彼には色々思惑があるのだがそれも知らないで世那はその後数貫をぺろりと平らげタクシーに乗って帰宅した
会計もタクシーの手配も全部スマートに済ませてしまった悟にときめきながらも玄関をくぐればぎゅっと抱きしめられる

「はー…やっとオマエを抱きしめられる」

すりすりと世那にすり寄る悟は先ほどまでのスマートさはなく、大型犬のように人懐っこい
こんな風に可愛い一面を見れるのも自分の特権だと世那がにやけそうになるが何とか堪え彼を引きずって室内に入る

「お寿司美味しかったね」

「ねー、神崎さんに今度お礼言っとく」

「うん、お願い」

神崎とは何度か顔を合わせたことのある世那は彼が来年祓ったれ本舗の担当から外れることを聞いていた
子供が生まれると聞いていたので今日は悟とお祝い品を探していたというのもある
途中で立ち寄ったベビー用品売り場で小さな靴を見て世那がはしゃいでいたので悟は彼女が子供好きだということを実感していた

「んね、一緒にお風呂入ろ」

「…何もしないならいいよ」

「えー、それは約束できないかも」

何度も風呂で盛った経験のある悟をじとりと睨む世那だが、今日は記念日だ悟と同じように彼女も浮かれていることに違いない
風呂を出てからのイチャイチャを期待している彼女は悟を見上げた

「お風呂から出てからじゃ駄目?」

「何それお誘い?」

「そうだよ」

ふふと笑った世那が悟の首に腕を回したので、少し屈んだ彼が世那にキスをする
積極的な世那にご機嫌な悟は舌を絡めて彼女を味わった

「ん…ふっ」

「(あー…ホント可愛い)」

なんだかんだ言いつつ悟のことを溺愛する彼女はとても可愛い
薄目で確認すれば頬を染めた彼女が蕩けており、時折漏らす声が悟の理性を剥がした

「…やっぱ風呂は後回し」

「え」

ひょいっと世那を抱き上げた彼がベッドに運んで組み敷けば、慌てた様子の彼女がわたわたとしている

「お、お風呂入りたい!」

「だーめ、ムラっとさせたオマエが悪い」

「そんなぁ…」

世那は風呂に入ってからの行為を望むので嘆くものの、悟はやめてやるつもりもないのでぺろりと舌なめずりをした

「大人しく食べられて」

「っー…」

悟の色気に押し負けた世那がおずおずと彼の背に手を回す
押せば簡単に落ちる彼女にくつくつと笑った悟は愛しい彼女にこの愛を伝えようと覆い被さった



ーーーーーーー
ーーー



二週間後


事務所の社長室に呼び出された悟は一枚の記事のようなものを見せられた
何かの雑誌の切り抜きのようなそれはこの前の世那とのデート模様をがっつりと撮られたようで、"祓本五条悟、お忍びデート"とでかでかと書かれている
写真は雑な変装をした自分と顔にモザイクをかけられた世那が仲良く手を繋いで買い物しているところだ

「おー、やっぱ撮られました?」

記事を眺めながら感心したように告げた悟に社長がぴくっと眉を動かす

「…やっぱってことは確信犯か悟」

「そりゃあそうですよ、一日中見せびらかすように歩いてたんですから」

悟があの日世那をのらりくらりと躱したのは確信犯故だった、いつまでも事務所の許可が出ないことに苛立っていた悟は強硬手段に出たわけだ
世那の存在を世間に知らしめることで余計な女が近づくのを避け、尚且つ世那を囲える
まさに一石二鳥なので早く公言したいと思っていたがなかなか許可を出さない事務所は慎重に機会を伺っていた
それを見事粉々に打ち砕いた悟は反省している素振りもなければ自分の予想通りの展開ににやにやしている始末だ

「どうして待てないんだ」

「だって社長が許可出すまで待ってたら僕30になっちゃうでしょ」

慎重に動く社長のことだからしばらく許可は出さないだろう
人気になるまではと聞いていたが、いざそうなれば今度は人気が定着するまではという風にどんどん変わってくる
待っていてはいつまで経っても世那のことは公言できないままだ、それならばと彼は先手を打った

「傑は?彼に迷惑がかかると思わなかったのか?」

「残念ながら傑は知ってますよ、止めたところで強行するって分かってるのか承諾してます」

「…神崎、お前もか?」

社長の目が悟の傍にいた神崎に向けられる
それに対してにっこりと微笑んだ彼は「まさか、驚きましたよ」と告げるが実は彼も承諾済みだ
どうせ担当は外れるんだしと好きなようにすればいいと言った彼もまた慎重すぎる社長には困っていた
社長には恩もあり尊敬もしているが、大事に育ててきた悟の幸せも願う彼は今回の強硬手段にゴーをかけた一人だ

「はあーーー…別に怒ってはないが…はーーーっ」

どうすんだこれと顔を押さえる社長に悟が笑う
社長が悪い人ではないのは知っているので今回もどうせお咎めなしだろうと踏んでの行動だ

「ね、そろそろ公言してもいいでしょ?」

にっこりと微笑む悟を社長は恨めしげに見やる
ここで駄目だと言えば次は何をしでかすのか分からないのが本音である

「分かった分かった、私の負けだ」

「さっすが社長!」

「だが公言した以上別れただの何だのは許されないぞ、想像以上に世間から関心が向けられることの覚悟はできているのか?」

社長の問いに悟はぽかんとしてから吹き出す
ケラケラと笑った彼はこの事務所に初めて来た時と同じ不敵な笑みを浮かべた

「んなもんとっくの昔にしてますって」

世那への気持ちが変わらないのは悟の中では確固たる事実でしか無い
自信満々な悟にため息を吐いた社長がどういう形で彼への取材を受けようかと思案する
会見をするほどのことでもないが、メディアが今ホットな悟を放っておくとも思えない
中途半端に泳がして尾鰭がついたネタを流されるよりはちゃんと彼の意見を伝える場があってもいいのかもしれない、と

「ところで彼女には許可を取っているんだろうな?」

「あー…はい」

少し間があったが悟は頷く
世那に許可を取ったのは大学の卒業前だ
いざ撮られた今改めて聞く必要はあるだろうがきっと彼女のことだから承諾するだろうと考えてからの返事だったので間が開いてしまった

「こんだけやっといて今更ですけど僕のせいで色々言われたらすみません」

「いい、タレントにとっての事務所っていうのは言わば家族だ
迷惑だなんて思ってないよ、それにもし人気が落ちてもお前ならどうにだってできるだろう悟」

信じているが故のその言葉に悟は勿論だと答えた
いい事務所を選んだと過去の自分を称賛しつつ、帰ってから世那にこのことを伝えたらどんな反応をするだろうかと考える彼は楽しそうにしていたという










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