108-全容





ひまわり畑でのデートを楽しんだ後、夕飯を食べてから帰宅した二人はまったりとテレビを眺めソファに横並びで座っている

「コーヒーおかわりいる?」

「ん、ほしい」

ケトルでお湯を沸かし、コーヒーを淹れ直した世那は悟のマグカップに角砂糖をいくつか入れてからソファにいる彼の下へ戻った

「はい」

「ありがと」

マグカップを受け取った悟がコーヒーに口をつけると自分が作るよりも苦味のあるそれに少し顔を顰める
一緒に暮らすようになってから世那は彼の糖分摂取量を調整していた
何か病気にでもかかったとなれば大変なので厳しめのチェックだが悟はそれも彼女の愛故だと理解しているため文句は言わない

ぼーっとテレビを眺める二人
今人気のバラエティ番組が映っており悟の事務所の先輩も出ているようだ
それを見ていた時、ふと世那が思い出したように口を開いた

「前世のこともっと詳しく話した方がいい?」

唐突なその問いに悟は目を丸くするも朝の会話を思い出して苦笑いする

「やっぱ気にしてた?」

「ざっくりとしか話してこなかったからさ、もしかして気になってるのかもって思ったんだけど…違った?」

首を傾げた世那の髪を悟は撫でる
気にならないと言われれば嘘になる、だが彼女が辛いことなら無理して思い出す必要はないとも思っていたのだ
心配そうな彼の表情に気がついて世那は微笑んだ

「もうすっかりトラウマの症状も出ないし大丈夫だよ、それよりも悟のもやもやを晴らせない方が嫌だな」

ふふと笑う世那はもう過去に怯えるだけの少女じゃない
悟の愛を一身に受け強く成長した彼女の様子に悟は観念したようにため息を吐いてからテレビを消す

「んじゃ一つ目、何で傑は仲違いしたの?」

「まず大前提なんだけど傑は仲違いというよりは離反っていって呪術師とは敵対関係の呪詛師っていうのになったんだ」

「呪詛師…?」

聞いたことがあるようなないような言葉に悟は首を傾げた

「呪術師は前にも説明したように呪いを祓い一般人を守る人たちね、呪詛師は一般人を殺す呪術師のこと」

「殺すって…」

物騒だなと顔を顰める悟の反応は正しい、呪詛師は犯罪者と変わらない存在だ

「傑はいつも悟に呪術師としての生き方を説いていた、こうあるべきだって正しい道を示してたの
でも…悟があまりにも強すぎてその差に思い詰めちゃったのかな、彼はどんどん呪術師としての道が正しいのかわからなくなって踏み外した」

コーヒーを一口飲んだ世那は真っ暗になったテレビを見つめ、記憶の中にあるあの日の記憶を思い返した

「…傑はとある村の非術師達を殺した、両親も殺して私も殺されかけた」

「っ!?何で世那が」

慌てたような反応をする悟だがこれは前世の話だ、今の彼女が経験したことではないのに慌ててくれるのは彼らしい

「一緒にその任務に行ってたんだ、非術師が呪術師の子供を虐げる現場を目撃してね…普段から非術師を嫌っていた彼はタガが外れた
村人を皆殺しにした傑は私に一緒に行こうって言ったの、でも私は彼を否定した…悟ならこんなことはしないって引き留めようとして…それで彼は誰のものにもならないまま死んでほしいって私を殺そうとした
でも前にも話したように宝生の力で私は生き延びたってわけ」

そこまで聞いた悟はこの話を世那がしなかった理由に勘づいた
目を細めた彼が世那を見つめる

「傑はオマエが好きだった?」

「…そうだね、でも前世の話だから傑に当たんないでよ」

「わーってるって」

がしがしと髪を掻いた悟が不機嫌そうなので世那は眉を下げて微笑む
これは近々傑に迷惑をかけるかもしれないと心配に思ったのは秘密だ

「この機会だから言うけど実は私も傑を好きだったんんだ」

「は?!」

「付き合うことはなかったけどね、あとで硝子に聞いた話によると悟と私の関係に遠慮していたんだって
前世では常に喧嘩ばかりしてたけどそれが特別に見えたんだろうね
それと悟の覚醒とでどんどん堕ちたんだと思う…私達は誰も気がつけなかったんだよ」

傑の異変に気がつけぬほどみなが自分のことに必死だった
悟は最強になった全能感とそれに見合う任務を与えられ、世那は悟を追うため必死に駆け、硝子は自分の夢のために前を向いていた…誰も傑が足を止めていることに気がつけなかったのだ

「覚醒?」

「二年の夏に特別な任務に就いてた悟と傑が甚爾の襲撃を受けて瀕死になってね、その時に悟は覚醒してぐんと強くなったんだ」

「待って…甚爾ってまさか…」

「そうだよ、あの伏黒甚爾」

鎌倉にいるいけすかない彼を思い出し悟が顔を引き攣らせる
前世で殺されかけたと聞いて尚更彼への嫌悪感が増したようだ

「甚爾は悟の手で殺されて事態は終結したんだけど、それ以来悟は私たちのずっと先に行っちゃったからさ
傑も私も焦ったよ、三人で最強だったのが崩れ去っちゃったんだもん」

「俺ってそんな強かったの?」

「特級の条件は単独の国家転覆が可能なことだからね」

「こっ…?!」

ぎょっとした悟の反応にそりゃそうかと世那は前世のとんでもない環境を思い返す
普通一人で国家転覆させてしまうなどあり得ない、だがそれを可能にしてしまうほどの規格外の存在が特級呪術師だ

「その特級の中でも群を抜いて強かったのが悟、唯我独尊で現代最強の規格外の化け物」

「うわ…」

なんだそれどこのラスボスだよと引いている悟に世那は笑ったが、彼の「傑はどうなった?」の問いに表情を曇らせた
目を閉じてゆっくりと深呼吸してから悟の水色の瞳をまっすぐに見つめた彼女は真剣な顔をしている

「私たちが28歳の歳、傑が未曾有の呪術テロを起こしたの
非術師の殺戮を名目に呪術師に全面戦争をふっかけてきた
狙いは高専の生徒の憂太って男の子に取り憑いてた里香って呪霊でね、それを手に入れて非術師を根絶やしにする夢を叶えるつもりだったんだって
結局それは叶わず傑は…悟の手で処刑されたよ」

最後に親友として会話をした二人の光景を目に焼き付けた前世の自分の記憶
唯一の親友を手にかけた彼の姿は弱々しくて、放って置けなかった

「ちなみにそれは悟が死んじゃった日のちょうど一年前」

「命日が一緒ってこと?あ…だからクリスマスイブに…」

今世で世那はクリスマスイブに体調を崩すことが往々として起こっていた
高二の時に向き合ってからはその症状はないが悟は合点がいったようでため息を吐く
かつて好きだった傑、その後愛した悟
世那にとって大切な二人が死んだその日はトラウマになってもおかしくはない

「一応聞いとくけど、傑への感情はもうなかったんだよな?」

「そうだね、悟が一人にしなかったから私は前を向けたんだと思う
ちゃんと悟が好きだったから付き合ったし結婚したんだよ」

「ん…ならいいけど」

もし世那に傑への気持ちが残っていて、その上で彼の最期を見せたのなら悟は前世の自分を許せなかっただろう
世那はその後傑の肉体が悪用されてしまったことや呪いの王によって恵や津美紀を奪われたことも説明する

話せば話すほどろくでもない世界だと思うが、世那はそんな世界が好きだった
辛いことは多かったが大切な人に囲まれ、最愛の彼と愛し合って、幸せだったのは間違いない

「今まで話したのも合わせてこれでほとんど話したかな…もしまだ聞きたいことがあったら言ってね」

にっこり微笑んだ世那が空になった二人のマグカップを持って立ち上がる
洗っちゃおうとシンクまで行った彼女はスポンジを泡立てた

「世那はさ」

「うん?」

ソファから声をかけてきた悟に世那が手元のマグカップを見つめながら返事をする

「今ちゃんと幸せ?」

その問いに手を止めた世那は彼へ目を向ける
悟は本当に優しい、こんな訳のわからない前世の話をされてもまだ世那を心配してくれるのだ

「あなたのおかげで幸せだよ」

ありがとうと微笑む世那に悟はホッとしたように頬を緩めた
前世をちゃんと知った上で彼女を前世以上に幸せにすると決意した彼はこの世が平和であることに感謝をしたという










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