199-祝言





2043年 秋



「ママ、本当にありがとう」

今年28を迎える雪はとても綺麗な女性に成長していた
世那そっくりの顔立ちを持つ彼女は母親の世那から見ても申し分ないほどの美人に育ってくれている
そんな雪は今純白のドレスに身を包んでおり今日は彼女の結婚式が行われるのだ

「何急に、おセンチになっちゃったの?」

くすくすと微笑む世那は歳をとったものの依然品を持ち合わせたままでいた
控え室にいる彼女は娘の晴れ姿を目に焼き付けとても嬉しそうだ

「雪、とっても綺麗よ」

「本当?嬉しい」

ふにゃりと笑う雪の笑い方は世那に笑いかける悟にそっくりだ
ずっと黙ってその様子を見守っていた悟が嬉しそうな寂しそうな複雑な心境で愛娘を見つめているので世那は呆れたような目を彼に向けた

「ここにもおセンチなのがもう一人」

「だって…僕の可愛い雪が結婚なんて…!!」

ぐっと顔を顰める悟に雪が近づく
こてんと首を傾げる彼女は流石悟の娘というだけあって自分の可愛い角度を熟知している様子
意図的にやっているのではなく自然とそれができてしまうところも彼そっくりで末恐ろしいと世那は常々感じていた

「パパ、私綺麗じゃない?」

「綺麗に決まってるじゃん!滅茶苦茶綺麗!!そこらへんの女優なんか比べものにならないよ!!
十人いれば十一人が振り向くし、こんな綺麗な子を男が放っておくわけないよね!!ま、僕が近づけさせないけどさあ?!」

「出た、パパの早口」

くわっと目を見開いた悟が捲し立てるので雪がけらけらと楽しそうに笑う
「一人どこから増えたの」とツッコミを入れた世那も悟が寂しいだけだというのは理解している
彼がどれほど雪を可愛がってきたかを間近で見ていた世那は絶対にこうなると思っていたのでやっぱりかとため息を吐いた

「悟、雪のためにもちゃんとして」

「世那は寂しくないの?!」

「寂しいけどそれよりも嬉しい方が大きいかな、それに雪の門出をお祝いしたいし」

親として満点の回答をする世那に悟がずかずかと彼女に歩み寄ってがばっと抱きついた
忘れてはならないのが二人は今年54の熟年夫婦であるということ

「僕は寂しいの!世那慰めて!!」

「あー、はいはい」

抱きしめられている世那はよしよしと彼の背を撫でる
セットした髪を崩してはいけないので背中にしたが、それが気に入らなかったのか悟が口を尖らせた

「頭撫でてよ」

「駄目、崩れるでしょ」

「撫でて!」

「駄目!」

まるで親子のようなやりとりを眺めていた雪は「ふふっ」と笑った
昔から両親のやりとりが一切変わらないのが面白いらしい

「パパもママも変わんないね」

雪の言葉に悟と世那が顔を見合わせてから彼女に目を向ける
そう?と言いたげな視線に雪が人差し指を立てた

「パパはいつまで経ってもママが大好きで甘えまくってるし、ママもパパの面倒を見ながらなんだかんだ甘えられて喜んでる…でしょ?」

「え!」

雪の考察にぱああっと顔を輝かせる悟がこちらを見るので世那がさっと目をそらす
ご名答すぎるのだが認めるのが不服らしい

「雪、余計なこと言わないでいいから」

「えー?ママ照れてるの?かーわいー♪」

「かーわいー♪」

にまにまと笑う雪は成長するにつれ悟に似てきてしまっていた
美人でスタイルもよく成績も優秀、モテないわけがない彼女は世那と悟の性格をそれぞれ引き継いでいる
人当たりがよく敵をつくらないものの、自分に害を成す相手は容赦無く叩き潰す
誰かをイジることもあればイジられることもしばしばな彼女は友達が多い

と、その時控え室がコンコンとノックされスタッフが顔を覗かせる

「そろそろチャペルへ移動お願いいたします」

これから挙式なので移動しなければならない
雪がドレスを一生懸命引きずりながら歩く様子を見て世那が裾を持ち上げてサポートしてあげた

「歩きづらいよね、ママも苦労したよ」

「ママも?」

「うん、懐かしいなあ」

自分たちの結婚式を思い返す世那に悟もあの時のことを思い出す
あれからもう二十九年、自分たちもすっかり歳をとったが今も変わらず世那とは鴛鴦夫婦である
チャペルの扉の前に着いた一同、中には参列者と雪の旦那になる男性が控えているはずだ

「それでは扉が開きましたらお母様はべールダウンをお願いします
新婦様はその後お父様と一緒にバージンロードを歩いてくださいね」

「はい」

スタッフに頷いた雪の隣に並ぶ悟が泣きそうになるので世那が彼の背を叩いた

「い゛っ」

「娘の晴れ舞台なんだからしっかりして」

「分かってるって」

正直どこにも嫁にやりたくはないが雪が選んできた相手はそれはもういい人だった
きっと彼なら雪を大切にしてくれるということも分かるが故に悟は結婚を許したのだ
それに心に決めた人と生きていきたいという気持ちは彼にもよく理解できる
チラッと世那を見れば雪の向こう側に立って背筋を伸ばしていた

彼女と恋愛をして
一緒に生きていくと決めて
共に雪を育ててきて
そして今日娘を送り出す

この扉が開けば娘を送り出さなければならない
自分が大切に育ててきた愛娘は巣立ってしまう

寂しい、だがそれよりもこんなにも立派に育ってくれたことが誇らしい
雪を自分たち以上に大切にしてくれる人が現れたことが嬉しい
泣きそうになるのをぐっと堪え悟も背筋を伸ばす

「雪」

何度も呼んだ名前を口にすると隣にいた雪が悟に目を向けた
世那譲りの赤い瞳がこちらを向いたので悟はフッと笑う

「最高にかっこいいパパがエスコートしてあげる」

いつも通りの自信家な発言
雪は目を丸くしていたが、父の眼差しがとても優しいので嬉しそうに微笑んだ

「うん、期待してる」

世那の口癖がしっかり移っていることに口角を上げた悟が正面を向くとほどなくして扉が音を立て開いた
参列者たちの視線を受け世那が隣の娘のベールを下ろすと、ベール越しに雪と目が合い小さく頷いて彼女を送り出す

悟と並びバージンロードを歩くその背中を見つめ頬を緩めた彼女はこれまでの娘との日々を思い返した
たくさんの思い出をくれた愛娘は自分の幸せに向けて歩いていく
世那が悟を選んだように彼女も彼女の最愛を見つけ生きていくのだ

幸せとは何か、それに答えなどない
みなそれぞれの幸せを享受し生きている
世那にとってこの世界は幸せそのものだった
数えきれないほどの幸せを抱える彼女は今日また一つ幸せを見つける
娘が幸せになることが自分の幸せ以上に嬉しいなんて親にならなかったら知らなかったことだ

悟と雪
最愛で最高の旦那は惜しみない愛を伝え一途に彼女を想う
愛娘は誕生と共に前世のトラウマを塗り替え多大な愛をもたらした

「(大好きだよ、二人とも)」

幸せを教えてくれた家族を見つめる世那は微笑む
どうかこの先の人生も二人が幸せでありますようにと願いながら




Fin.





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