84-挨拶





大学生になって早一ヶ月

徐々に大学生活にも慣れてきた世那は硝子や他の友達と昼休憩を過ごしていた
次の講義の教室で持ってきた弁当を食べながら出されている課題について議論する
教室には他の教育学部の学生達もいるので結構の人が集まっていた

「あれってこういうことじゃないの?」

「あっ、そういうこと?」

課題の分かりづらい部分を紐解きながらの昼食
この一ヶ月で世那は思いの外大学生活が忙しいのだと身に沁みていた
一回生と二回生の内で大半の単位数を履修せねばならないのでキャパオーバーになりそうだ

「あー、もう毎日時間が足りないー!」

「まじでそれ!夢のキャンパスライフとか夢のまた夢だわ…かっこいい彼氏と出会ってるはずだったのに」

悔しいとわなわな震える友達達に世那と硝子は苦笑いする
今このメンバーの中で彼氏がいるのは二人だけのようだ

「硝子ちゃんと世那ちゃんは彼氏いるんでしょ?恋愛できる時間確保できてるのすごいね」

「まあ私たちは今から出会うってわけじゃないしね」

「そうそう、付き合ってても全然会えてないし」

悟と会ったのはオリエンテーションの日以降数日あったかどうかのレベルだった
取っている講義が違うのだからそりゃあ時間割もバラバラなわけで、課題も多い今は遊んでいる時間もない
それ故電話やメールをメインに連絡を取っていた二人は直接会えないまま時を過ごしていた

「ねえねえ、二人の彼氏ってどんな人?」

「普通の社会人だよ」

「社会人!?すご!年上と付き合ってるんだ!!」

硝子の彼氏は今年から社会人になったと聞いている
会ったことはないが順調そうで安心した世那は微笑ましく硝子を見守った

「世那の彼氏ならみんな見たことあるんじゃない?経済学部の同級生だし」

さらっと話題を世那に変えた硝子に一同の眼差しが世那を向いた

「え!この大学なの?!」

「何で教えてくれなかったのー!」

見たい見たいと盛り上がる友達に世那が苦笑いする
会いたいと言われても今はお互い忙しい、たまに廊下ですれ違うこともあるが長話もできないほどばたばたしているのだ

「経済学部って言えばめちゃくちゃイケメンがいるんでしょう?」

「あ、それ聞いたことある!」

「「(あの二人のことだろうな)」」

心当たりしかない世那と硝子が心の中でツッコミを入れる
他にもイケメンがいるのかもしれないがあの二人以上のイケメンとなると国宝級だろう
すっかり話題が知り合いのことになってしまったことにどうしたものかと考えていた世那だが、携帯が鳴ったので食事を中断して電話に出る、相手は悟だ

「もしもし?」

《あ、もしもし?今どこ?》

「A棟の102教室」

《オッケー》

ブツッと切れた電話にきょとんとしていると硝子が呆れた目を向けてくる

「絶対あいつ来るぞ」

「え、ほんと?」

何をしに?と不思議に思うも友達は世那の彼氏がやってくるということにテンションが上がっていた

「お初だー!」

「わくわくする!」

どんな人だろうと想像する彼女たちには申し訳ないが先ほど話していた経済学部のイケメンがやってくるのだ
それに悟のことだから多分一人で来るわけじゃない、絶対に傑を連れてくる
この教室がざわつくことになりそうだと硝子が遠い目をした数分後、廊下から黄色い声が聞こえてきて悟と傑が姿を現した

「ここ?」

「うん、そうだって言ってた」

扉から中を覗いて世那を探す二人の姿に教育学部生に激震が走る
とんでもないイケメンが来たぞと驚いたり顔を赤くしたりとさまざまな反応ではあるが、みなざわついていることに変わりはない

「えっ、えっ???もしかしてあの二人じゃない?経済学部のイケメンって」

「やば…もはや絵画じゃん」

友達がそう話しているのを聞きながら悟に手を振った世那
その行動にギョッとした友達が彼女を凝視する

「あー…ほら、あれが私の彼氏」



ーーーーーーー
ーーー




世那が友達と課題を進めている頃、悟は机に突っ伏していた

「あれ、五条どったの?」

声をかけたのは高校の頃のクラスメイト
同じ経済学部に進んだ数人でいつも一緒にいることが多い悟と傑だが、女性ほど男性は群れはしない
気の合うメンバーが気の向いた時に一緒にいるというこの関係が楽なので気に入っていたが、悟があまりにも沈んでいるので今日はメンバーが勢ぞろいしていた
昼ごはんを買ってきて次の講義のある教室に行けば、元気のない悟が目に入ってきたようで不思議そうに傑に訊ねた彼らは近くの席に腰を下ろした

「それが、世那に全然会えてないらしい」

傑の言葉にメンバーが一斉に呆れた顔をする
彼らにとっては悟が世那のことで一喜一憂するのはいつものことなので心配したことを損したとまで思っているようだ

「お前…宝生以外のことで悩みとかねえの?」

「ない」

「クソ…質問しといて俺の方がダメージでかいわ」

何でも持ち得ている悟に舌打ちをした友人達、その反応に悟は「あ?」と不機嫌そうに顔を上げる
口調をマイルドにしようがこういうところはまだまだ子供のままのようで傑はため息を吐く

「宝生って教育学部だっけ?」

「たまに廊下で見るよな」

世那のことを知っている彼らの会話を聞いて悟は益々機嫌が悪そうだった
とはいえ互いに忙しい今は無理に時間を取るのも気が引ける
講義が落ち着いてくるのは三回生から、それまでは週末くらいしか一緒にいれないだろうなと覚悟はしていたが早一ヶ月にして限界が来てしまった

「俺も教育学部にすればよかった」

「はあ?五条が先生?教えるの苦手なお前が?」

「何それ地獄かよ」

「お前の生徒にはなりたくねーわ」

言いたい放題の友人達に顔を引き攣らせた悟がキレそうになるも確かに自分が教師というのは想像がつかない
世那によると前世の自分は呪術師の学校の教師だったらしいが絶対に向いていないということは断言できた

「つかそんな会いたいなら行ってくればいいんじゃね?」

「え」

「昼休憩ならちょっと時間あるし宝生の場所さえ分かれば会うのくらいすぐじゃん」

確かにその通りだ、気を遣って遠慮していたが別に会いに行くくらい構わないんじゃないだろうか
閃いたというように顔を輝かせた悟は携帯を取り出し世那へと電話をかける
数コールの後に携帯越しに世那の声が聞こえた

《もしもし?》

「あ、もしもし?今どこ?」

《A棟の102教室》

「オッケー」

聞きたいことが聞けたので通話終了ボタンを押した悟が立ち上がる

「お、宝生の場所わかった?」

「うん、ちょっと充電してくる」

「夏油も付いてった方がいいと思うよ、五条一人で行かせたら帰ってこないかもだし」

「僕は犬かなんかだと思われてんの?」

揶揄ってくる友人をうざったく思いつつも嫌いじゃないので適当にあしらってから傑と教室を出てキャンパスを進む
歩けばチラチラとこちらへ向けられる好奇の眼差し、中には恋愛感情のようなものまで感じる
昔から好奇の目で見られるのは慣れていたが大学に入ってからはそれが顕著になった気がするのでげんなりしていた
高校の頃までは世那が傍にいたのでアピールしてくる女性は少なかったものの、今は彼女がいないと勘違いした女性に声をかけられることも多い
寄ってくる女性陣をあしらいながら世那の言っていた教室に来れば教育学部生達がいる、次の授業はここなんだろう
昼食をとりながら勉強している学生が多いので真面目な学部だなと思いつつ彼女を探せば傑が声をかけてきた

「ここ?」

「うん、そうだって言ってた」

百人くらいいる学生の中から彼女を探すのは至難だと思っていたが、奥の方からひらひらと手を振っている世那が見えたので顔を輝かせる

「久しぶり、硝子も」

世那に会えて嬉しかった悟がでれでれと顔を緩ませながら彼女に声をかける
隣の硝子にもひと声かければ「お前らが来るとざわつくだろーが」と悪態づかれてしまった
世那と硝子の傍にいたのはおそらく彼女たちの友人だろう、自分達を見て呆然としている様子なので悟はにっこりと微笑む

「どーも、世那の彼氏です」

仲良くしてくれてありがとうねと彼氏面すれば硝子が「ウッザ」と告げた










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