6




※無一郎視点




祈里の希望を叶えるために今日は2人でドライブに来ている
テレビで特集されていた銀杏並木は東京から車で少しのところなのでレンタカーを借りてやってきた


「やっぱり人多いね」

「テレビ効果だろうね」


駐車場に停めて少し歩けば多くの人とすれ違った
それなりに有名な観光スポットらしいし、見頃と言われている秋だから尚更人が多いんだろう

チラリと祈里を見るといつもよりオシャレをしているようで口元が緩みかける
可愛い、お世辞なんてなしで本当に可愛い

前世の祈里は自分がスレンダー体型なことや、子供っぽいことを嘆いていたけれど21歳となった祈里はそれはもう立派な女性だ

前世でも生き長らえることが出来ていればきっとこんな姿に成長していたんだろうなと思うと、彼女を守りきれなかったことが後悔となって胸にのしかかる

あの時は誰もが必死に戦った
最大限出来ることをして、その結果多くの人が命を落としたんだ
鬼殺隊はそうやって思いを繋いで出来上がった組織だったし、僕も祈里もその一端だったのだから責務は果たせたと思う

でもやっぱり本音では祈里と一緒に生きたかったし、描いた未来を叶えたかった
僕のために何もかもを費やしてくれた祈里を幸せにしたかった


「無一郎くん、具合悪い?」


心配そうに僕を覗き込む祈里にハッとする
物思いに耽っていたのが現実に引き戻された
そうだ、ここはあの世界とは違う
祈里は生きてるし仲間も誰一人欠けることなくやってこれている


「ううん、大丈夫だよ」

「本当に?顔色すごく悪いけど」

「本当」


何だか刀鍛冶の里で記憶を取り戻した後の会話みたいだなと懐かしくてフッと笑うと、祈里は少し安心したような顔をしてから僕の手を握った


「人も多いしはぐれちゃうと困るから、それに何かあっても私が守るからね!」


何やら意気込んでいるようだけれど、それよりも手を握られていることに僕の意識は持っていかれている
前世では接吻…今で言うキスまではした仲だし今更手を繋いだくらいで何だと思うかもしれないけれど、この世での僕らはただの同居人だから動じない方がおかしいと思う

ずんずん進む祈里に手を引かれ向かうは銀杏並木
相変わらず銀杏が好きな祈里らしいスポットだ

一応記憶を取り戻してからこの世にも存在する景信山に自分の家や銀杏の群生地などがないか調べたけれど、記憶の中のものとは違っていて別世界なんだと思い知った
もしこの世界にもあるなら祈里の記憶を呼び覚ますきっかけになるかもと期待したんだけどそう上手くはいかないらしい


「あっ、見えてきたよ!」


嬉しそうな声が聞こえて目線を上げると、そこにはとても綺麗な黄色の世界が広がっていた
ずらりと並ぶ銀杏の木、ヒラヒラと落ちる葉、床に積もった葉は絨毯のように見える


「すごいすごい!綺麗だね!」


はしゃいで写真を撮る祈里はとても楽しそうだ
くるくると色んな方向から撮っている彼女を眺めていると、バランスを崩したのか銀杏の絨毯の上に尻もちをついて転けた
その事に驚いて駆け寄れば、ぽかんとした祈里が僕を見上げて固まっている


「大丈夫!?」


人もいるので放っておく訳にはいかず立ち上がらせるけど祈里は依然と心ここに在らずという状態だ
どうしたんだろうと心配しつつも銀杏並木から離れた所にあるベンチに座らせる
ここなら人も少ないし落ち着いて話が出来るだろうと思っての判断だった


「はい、ホットで良かった?」

「あ、うん、ありがとう」


自販機で買った飲み物を手渡して祈里の隣に腰掛ける
離れたところに見える銀杏並木は相変わらず綺麗な黄色を宿していた


「転けた時強く打った?」

「あの…そうじゃなくて」

「うん?」

「変なこと言ってもいい?」


何だか初めて会った時のような祈里に首を傾げる
自分でもまとまり切ってないのか、頭で整理しながら言葉を選んでいるようにも見えた


「ゆっくりでいいから、話して」

「う、うん」


一体どうしたんだと心配している僕を見た祈里の緑色の瞳
その瞳に魅入っていると、祈里がおずおずと口を開いた


「無一郎くんと私、どこかで会ったことないかな?」


その一言に息を飲んだ
そして理解した、祈里は記憶を取り戻して戸惑っているんだと


「さっき転けた私に手を差し出してくれた無一郎くんを見て似たような事があった気がして…そしたら急にたくさんの…記憶?みたいなものが頭に流れてきて…えっと…ごめん、変だよね」

「変なんかじゃない、どんな事を思い出したのか教えて」


飲み物を持っていない方の祈里の手を握ってそう告げる
すると彼女は1つ1つ語ってくれた

幼い頃に山で一緒に遊んだこと
あの日兄さんを失った時のこと
大怪我を負った僕を見て剣士として生きることを決めたこと
記憶のない僕と過ごした何気ない日々のこと
そして最期のことも


「夢のような話だけどハッキリしてて、私のようで私じゃない誰かの記憶なのかな…とにかく他人事のように思えなくて…その…鬼殺隊のみんなにそっくりの人がいたし…これって何?」


不安そうな祈里に僕は説明した
自分がお館様からしてもらったように前世のこと、この世が全く違う世界のこと、今いる世界の鬼を祓うため僕らは存在していることを全て

祈里はすごく驚いたようだけど、僕が嘘を言っていないとわかっているからすぐに受け入れた様子だった
不死川さんはきっかけがいるのかもしれないと話していた、それがまさか前世で祈里が銀杏の葉に転けた時の事だなんて予想できるはずもなかった


「そっか…これが私の前世なんだ」

「最初はびっくりするだろうけど、しばらくすれば慣れる時が来るよ」

「…無一郎くんは私が前世で幼なじみで…その…こ、恋人だったって知ってたんだよね?」

「うん、初めて会った時から知ってた」


微笑んだ僕に祈里は顔を赤くして慌てて目をそらす
ずっと子供扱いされてきたのにこの反応は嬉しいものがある
前世のことを思い出したおかげで僕に対する気持ちがいい方向に変わったのは好都合だ


「何、意識した?」

「揶揄わないでよ、前世は前世だし…無一郎くんも私も今は違うんだから」

「そう?僕は今世でも祈里の恋人になりたいけど」


祈里の口から「ひぇ」と情けない声が出る
その反応も変わらないままで本当に愛しい

記憶を取り戻したのなら感情が前世のものに追いつくのもそう時間はかからないだろう
となれば、前世であれだけ相思相愛だった僕らが恋人になれないはずがない
今日までずっとただの同居人でいたけれどそれももうおしまいだ


「ねえ祈里、幸せになって長生きしようねって約束…この世で叶えようよ」

「っ…」


真っ赤になって慌てる祈里が可愛くて、握っていた手に少しだけ力を込めた

世界も変わった
僕らも生まれ変わった
似ているようで非なるこの世でまた出会ったんだ、こんなお膳立てされた状況で見逃すわけがないだろう?


「君が好き、祈里が好きだよ
前世じゃなくてもこの気持ちは変わらない、むしろ前よりもっと好きになった」


夢物語だった未来を実現させよう
今度こそ必ず君を幸せにしてみせる

僕の告白を聞いて火照る祈里の顔を冷ますように少し冷たい秋風が吹き抜けた






戻る


- ナノ -