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※無一郎視点




祈里が鬼殺隊に入った
記憶を持つみんなからすれば祈里はあの頃のままなんだろうけれど、記憶の無い祈里からすれば突然色んな人にあれよこれよと良くされて申し訳なく思っているらしい


「無一郎くん、また不死川さんからおはぎ貰っちゃったんだけどいいのかな?」


おろおろした様子の祈里は僕が面倒を見ている
犠牲0のためにも実戦に出すにはそれなりの年月がかかるし、その期間はかなり厳しい鍛錬が必要になる
でも祈里は流石と言うべきか教えたことを直ぐに覚えてしまい既に全集中の呼吸すら使えていた
まだ入隊して半年しか経っていないのにこんなに早く実力をつけるなんて祈里らしいけれど

とまあ、そんな祈里をマンツーマンで育て上げたのは僕だ
呼吸の都合上不死川さんにも手伝ってもらうが基本は僕が教えている
これはお館様が気持ちを汲んで下さったようで、許可もいただいていることだった


「いただきまーす!」


この世界の祈里も美味しそうに食べる
前世の頃もおじさんに学んだ命をいただくという教えを体現していたけれど、それは変わらないらしい

祈里は高校卒業までずっと海外に居たそうだ
父親…つまり菜花のおじさんはこの世では凄腕のスナイパーだとかで、アメリカの政府御用達の特務機関に在籍してるらしい
それで祈里も向こうで暮らしてたんだけど、大学進学を機に日本に単身やってきたと話してくれた

日本語が話せるのは家庭では日本語で会話してたからだそうで、こっちで暮らす分にも特にギャップ等はないとのこと
ただ和菓子が好きなのは前世と同じで今も不死川さんにもらったおはぎを頬張っては幸せそうに噛み締めている


「無一郎くんも食べようよ」

「一緒だとより美味しいから?」

「そうそう!」


休憩する祈里の隣に座っておはぎを貰い口に入れる
不死川さんは祈里が来てからというもの、やけに甘い
そりゃあ前世でも甘やかしてたとは思うけれど今はもっとすごい
多分祈里は最期に不死川さんを庇って亡くなったからそれも原因の1つではあるんだろうけど

チラッと横目で祈里を見れば視線に気がついたのかこちらを見て首を傾げる
前世ではハーフツインテールだった髪型も下ろされており、どこか大人っぽい
ただ顔は幼いせいか何度見ても年上には思えない


「なに?」

「餡子ついてるよ」

「え!嘘どこ?!」

「じっとして」


祈里の口元についている餡子を指で拭ってやれば「ありがとー!」なんて無邪気に笑顔を向けられた
この半年結構アピールしてきたつもりだけど祈里は相変わらず鈍感というか、全然分かってない


「無一郎くんは優しいね、学校でもモテるでしょ?」


その上こんな風に年下扱いの眼中に無い発言をされれば僕だって傷つく
年下なのは違いないけど異性として認識されてないのは死活問題だ


「モテないよ、それに僕好きな人いるし」

「わ、青春だね!」

「(普通、誰とか聞いてくる所なんだけどなぁ)」


一筋縄ではいかない祈里に頭を悩ます日々は楽しいようで大変だ
そりゃあ祈里を探し回ってた頃よりはずっと良いけれど、傍にいるとまた要求はエスカレートしてしまうわけで…つまり僕は祈里と恋人になるために試行錯誤しているわけ

鬼殺隊にいる前世からの顔見知りで記憶が無いのは祈里だけだからみんな何がきっかけで思い出すのか協力してくれてるけれど芽は出そうにない
お館様もこればかりは天のお導きだと仰ってたから仕方ないのかもしれないなと最近は諦めつつある


「そういえば無一郎くんは卒業後どうするの?」

「んー、大学かな
鬼殺隊でやってくつもりだけどまだまだ知りたいことはあるし」

「そっか、偉いなぁ
私なんて大学と鬼殺隊とでヘロヘロだよ」

「そうは見えないけど」


祈里は負けず嫌いだし努力家だから滅多に弱音を吐かない
自分のように特殊能力を持つ人がいると分かって本来の性格が更に顕著になった気がする
出会ったあの時は人の顔色を伺って言葉を選ぶ節があったのに今では素直に明るくまっすぐな祈里らしい性格だ


「無一郎くんていつも私を褒めてくれるけど私そんなに凄くないよ」

「僕がお世辞を言うと思う?」

「あー、まあ確かに」


くすくすと笑う祈里につられて僕も頬が緩む
可愛いなとか、もっと触れたいなとか、色々思うことはあるけど邪な気持ちを抱いてることがバレて嫌われでもしたら立ち直れる自信はない


「まあでも大学に入ったら自由度は高くなるし今よりも任務は増やしてもらおうと思ってるよ
実家だと誤魔化すのも一苦労だから一人暮らしでも始めようかなぁ」


兄さんや両親には心配をかけたくない
僕が何をしてるかなんて知らなくていいし、知らないでいてほしい
だからこそバレないための環境作りは大切なんだ

そんな僕の言葉を聞いた祈里は少し考える素振りを見せた


「私が住んでるマンション知ってるよね?」

「うん、何度か送ってるし」

「あの家ね、お父さんとお母さんが昔住んでたものらしいんだけどアメリカに越してからは放置されてたんだ」

「うん、それも知ってる」


今更何を言い出すんだと首を傾げれば祈里は言いづらそうに、でもはっきりと言葉を紡いだ


「部屋余ってるから…無一郎くんさえよければ一緒に住まない?」


驚きで声が出ないなんてことは今まで一度もなかったし、前世を含めてもない
でもこの時確かに僕は声を出せないほどの衝撃を受けた


「ご、ごめんね変なこと言って!あの…家が広すぎて寂しいからつい…!!」

「や…僕は嬉しいし大歓迎だけど…え?祈里は僕でいいの?」


何度も言うけど祈里に前世の記憶は無い
あくまで僕らは半年前に出会った同僚でしかないはずだ

すると祈里は恥ずかしそうにしながらも微笑む


「無一郎くんならいいかなって…何でだろうね」


へらっと笑うその表情と言葉に射抜かれた
これで脈がないなんて何かの冗談だろとさえ思うけれど、きっと祈里は僕なら何も間違いは起きないからという意味で言ってる
信用されてることは嬉しいし、この半年で勝ち取れたそれは喜ばしいけれど男として認識されていないのは聞き捨てならない


「僕も男って分かってる?」

「そりゃあこんなに美人でもちゃんと男の子だって知ってるよ」


他の男にもこんなことを言ってないと信じたいけど祈里だから心配だ
2歳しか変わらないのにこの差がもどかしい


「それに無一郎くんともっと仲良くなりたいんだ、何だか君と話してると心がぽかぽかするの」


それは多分心の底に前世の記憶があるからだろう
前世の祈里は僕のために尽力してくれていた
僕が記憶をなくした時もいつも笑顔で、忘れたとしても何度でも挨拶をしてくれた

そうだ、まだ半年じゃないか
前世の祈里は3年も記憶のない僕を支えてくれたんだ
たった半年でがっかりするのはまだ早い


「僕も祈里のこともっと知りたいな
仲良くなりたいし僕だけを見て欲しい」

「僕だけ?」

「そ、まあじきに分かるよ」


たとえこの先祈里が思い出さなくっても手放す気はさらさらない
前世で出来なかった分もっと沢山甘やかしてあげたいし、恋人になれたらしたいことも沢山ある


「(やりたいことがいっぱいなんだけど、どれから叶えようかな)」


前世に2人で未来を語り合った時のことを思い出してクスッと笑った






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