蟄虫啓戸




9歳の秋

今日は有一郎と無一郎と一緒に川に魚を獲りに来ていた


「ひぃぃ!にゅるにゅるしてるー!!!」


悲鳴を上げる私を呆れたように見る有一郎と、眉を下げて可哀想な目で見る無一郎
彼らの籠はたくさんの魚が入っているというのに私の籠は未だ空である


「あのな、魚なんだからそりゃあそうだろう」

「でも!でも!なんか気持ち悪いのー!」


ここにくるまでは楽しみで仕方なかったというのに、いざ掴んでみるとその手触りとぴちぴちと波打つように動くその動きに全身に悪寒が走った
一度嫌悪感を抱いてしまってはもうままならない


「大丈夫だよ祈里、気持ち悪いのは一瞬だから」

「そういう問題じゃないよ!!」


にっこりと笑顔を浮かべる無一郎に半狂乱で告げると苦笑いをされる
その後も何度かチャレンジしてみたがやっぱり無理だった

言うまでもなくこの日以来魚が苦手になった、食べるのは別だが


「よし、そろそろ帰ろうか」

「そうだね」


無一郎に声をかけた有一郎は川の傍の石に座ってしょげている私に目をやる


「祈里、もう帰ろう」


待ってましたと言わんばかりにぱああっと顔を輝かせて立ち上がった私はご機嫌で帰り支度を始めた
そんな様子を見て二人は顔を見合わせて笑う

二人と出会ってもう3年、すっかり見分けもつくようになって今では二人の喧嘩も仲裁するほどの仲だ
前を歩く二人の身長は今は私と同じくらいで、力もそんなに変わらない


「(きっとすぐ置いていかれちゃうんだろうな)」


お父さんやおじさんを見ていればわかるけれど、男の人は大きくて逞しくなる
反対におばさんを見てわかるのは女の人は包容力のある人に成長するらしい
性別が違うとこうも変わるのかと気がついたのは最近のこと、私も二人と一緒の男の子が良かったとお父さんに言ったら困ったような顔をされたっけ

なんて物思いに耽っていると視界の端に黄色が映る
家までの道中、近くにある銀杏の木がちょうど見頃のようだ


「(綺麗…)」


私の視線に気がついた有一郎がため息を吐いてから「少しだけだからな」と言って立ち寄ることを許可してくれた
そのことに胸を躍らせ駆けていくと、視界が真っ黄色に包まれる


「わぁ!今年も綺麗だね!」


毎年この季節になると大量の黄色い銀杏の葉が雨のようにひらひらと降ってくる
地面に折り重なる銀杏の葉がまるで黄色い床のようだ
少し癖のある香りも慣れれば心地よいもので私は嫌いじゃない


「祈里って本当にここが好きだよね」

「うん!」


風が吹けばそよそよと舞う銀杏の葉たち
それに紛れてくるくると回っていると、足をとられて銀杏の葉の絨毯に転げた


「祈里!?」

「大丈夫!?」


慌てて駆け寄って来た二人の目には黄色い葉に埋もれた私の姿
ぽかんとしていた私は何だかおかしくて笑いが溢れる


「あははっ」

「え…どこか打ったのか?」

「ううん、違うの」


地面に転がる私の視界には空から降ってくる黄色
お母さんはこの光景もあの空から見ているんだろうか


「私幸せだなって…お父さんがいて豆吉がいて、有一郎がいて無一郎がいて、おじさんとおばさんがいて…この山が、この景色が大好き!」


私を見下ろしていた二人の目が丸くなる


「これから先、大人になってもずっとずっと一緒にいたいね」


そう告げてから返事がないことに目線をずらすと少し呆気にとられたような顔をしたままの二人が見えた
それを不思議に思って体を起こすと、ハッとした二人は背を向ける


「え」

「帰ろう」

「そうだね」

「ちょ」


スタスタと魚の入った籠の下へ歩いて行ってしまう二人を慌てて追いかけると何か話しているようだ


「…無一郎お前もか」

「えっ…兄さんもなの?」

「「うーん…」」


何の話をしているんだろう
それに二人の顔が少し赤い気がする
顔を覗き込もうとすると慌てて逸らされるので私の頭は疑問符でいっぱいだった






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