2人の霞
※有一郎生存if
あの夏の日、私は地獄を見た
その日はとても蒸し暑くて昼間に体調を崩したお父さんのことを双子に話すと、2人はいつもお世話になってるからとうちに来て家事などを手伝ってくれたんだ
お父さんの看病につきっきりでいられたおかげで体調もかなり改善した様子でホッとする
「2人とも、ありがとうね」
「ううん、いつも僕らの方がお世話になってるんだし…ね、兄さん」
「そうだな、もうすぐで夕飯もできるから祈里もゆっくりしてろよ」
何から何までありがたい
2人に感謝しつつ看病を続け、夕飯もいただき湯浴みも終えみんなで寝ることにした
もう遅いし今日は暑いしってことで扉を開けようとしたのだけれど、そこに鬼がやってきた
初めて見たその姿に動けない私や有一郎と無一郎を守るためにお父さんがまだ万全でない体で猟銃を放つ
ドオン!!という大きな音の後、お父さんは私たちに大声で叫んだ
「お前たち、今すぐ逃げろ!!」
「でも!」
「祈里!お前なら無事に逃げ切れるだろう!」」
お父さんの言うとおり私には風を視る力がある
この力を使えば麓の街まで安全に行くことは簡単だろう
「早くいくんだ!!」
今まで聞いたことのないようなお父さんの大きな声に咄嗟に有一郎と無一郎の手を掴んで家を飛び出す
2人も走りながらハッとしたのか、必死に山を駆け降りた
背後から何かが追いかけてくるような気配もしていたので息が上がっても、足が疲れても、涙で前が見えなくても絶対に足を止めなかった
山を駆け降り開いている定食屋に駆け込めば、突然飛び込んできた子供3人にギョッとした店主のおじさんが迎え入れてくれた
その日は3人で身を寄せ合いながら震えつつ朝を待った
翌朝、数名の大人と共に山を登り、自分の戻ってきた私が見たのは酷い怪我を負い力尽きているお父さんと豆吉の姿だった
そこには昨夜の鬼の姿はなく、大人たちはみな「熊の仕業か」と話していたけれどあれは間違いなく鬼だった
鬼の存在はあまね様から聞いていたので疑いようもない私たちとは異なり、街の人はその存在を知らないようで子供の戯言として流されてしまう
お父さんと豆吉を銀杏の木の下に埋葬した頃、時透家にあまね様が訪ねてこられた
事情を説明した私はあまね様に鬼狩りになることを申し出て扇町の先生を紹介される
共に全てを目撃した有一郎と無一郎は「祈里を1人にさせない」って言ってついてきてくれた
鬼の出る山に2人で残るのも危険だと判断したんだろう
あれだけ剣士になることを拒んでいた有一郎もあまね様に頭を下げたことには正直驚いた
時はすぎ14歳
階級が甲に上がった私に有一郎と無一郎が最中を買ってきてくれた
「おめでとう祈里」
「頑張ったな」
2人はあまね様の言うとおり日の呼吸を使う剣士の血を受け継いでいるからか、みるみる内に昇格して柱になってしまった
鬼殺隊史上初の2人で1つの柱という珍しい存在なので彼らは鬼殺隊内でちょっとした有名人なのである
「わ、最中だー!」
目を輝かせる私に2人は顔を見合わせて笑う
ここは霞柱である2人のお屋敷で私は居候という形なのだが、こんな風に甘やかされているので忍びない
それに私が鬼殺隊に入ると言ったせいで2人も巻き込んだのに、2人の方が強いので守ってもらっているような始末
自分が不甲斐なさすぎて毎日必死に鍛錬に励み、ようやく同じ階級まで上がってこられたというわけだ
縁側で最中を食べる私の両隣に腰掛けた有一郎と無一郎
元々有一郎は責任感が強く、無一郎を守るために強くあろうという節があった
無一郎もおっとりしているけれど、誰かのために強くあろうとする強いところがあるので私から見ると2人とも優しさに溢れている
「そうだ、この前の柱合会議で鬼を連れた子来たけれど、兄さんどう思う?」
「鬼にいいも悪いもないだろ、お館様が許可を出されたから仕方ないけど俺は反対」
私にとって優しい2人は周りから見ると結構な生意気な子供らしい、これはこの前不死川さんとの稽古の際に教えてもらったことだ
確かに口喧嘩が強かったりはするけれどそんなになのかなと不思議に思ったのはまだ日が浅い
お父さんと豆吉が鬼に殺されて扇町の先生の下で3人で稽古に励んだんだけど、先生は2人が風の呼吸と型が合わないことを見抜き、霞の呼吸の育手の下へ彼らを預けた
刀を持って数ヶ月で柱に上がってしまった彼らとの差を目の当たりにして、その悔しさをバネに努力をしてきたが故に14歳、女ということでナメられても力でねじ伏せられるようにもなった
色々大変なことはあったけれど、この道を選択して後悔することは少ない
鬼を斬るとあの日何もできなかった自分への怒りが少しだけ削がれていく
お父さんを守ることはできなかったのかと何度もあの日を頭の中で繰り返し、無力さと無知は罪だと思い知った
だからこそ鬼狩りとして命を懸けて戦いながらも、この生き方を後悔などしない
「何難しい顔してるんだ?」
「痛い!」
ぺしっと額を弾かれて意識を戻せば、有一郎がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて私を見ていた
無一郎と全く同じ隊服のためよく間違えられているけれどちょっと意地悪な方が有一郎だ
「もう、痛いよ有一郎」
「ぼーっとしてる方が悪い」
「むむむ…」
額をさすっていると、無一郎が心配そうに私の顔を覗き込む
赤くなっていないか問うと、案の定赤くなっていると教えてくれた
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※有一郎視点
「私、お父さんを殺した鬼を許せない」
あの日、おじさんを埋葬した後に静かにそう言った祈里の姿は忘れられない
静かに、けれど確かに激しい怒りを含むその声は悔しさに満ち溢れていた
そして祈里は俺たちを訪ねてきたあまね様に鬼狩りになるための方法を問うた
前から俺たちのところへ訪れていたあまね様は祈里に元風柱の扇町さんを紹介してくださった
扇町さんのところで風の呼吸を習った俺と無一郎はどうも型が合っていないとかの理由ですぐに別の育手の下へ送られる
あまね様が仰ったように俺たちは日の呼吸の剣士の末裔だか何だかで自分たちでも驚くほどに剣が上達した
刀を握って数ヶ月で柱に就任した柱合会議の後、お館様に残るように言われて俺と無一郎は留まる
他の柱がいなくなったことを確認してからお館様は少し笑った
「随分と丸くなったね、有一郎」
お館様にそう言われてしまい、過去の自分があまね様を追い返したり水をかけたりした事を言われているのだと察して気まずくなる
しかも紆余曲折あったがお館様にも無礼を働いたことがある…穴があったら入りたい
「2人が柱になってくれて嬉しいよ、ありがとう」
お館様がそう告げるのでそっと顔を上げれば、傍にいたあまね様がにこりと微笑んでくださった
俺はあんなに酷いことをしたというのに優しい方だ
その後少し話をしてから与えられた屋敷に戻ると祈里が待っていた
屋敷を与えられると決まった時には祈里を無理やり住まわせることに決めていたのでここに彼女がいるのは問題ない
祈里は昔から変わらない笑顔で俺たちを祝ってくれた
本当は叫び出したいほど悔しいくせに、鬼への憎しみは祈里の方が断然上のくせに、強くなりたいとこの3年血反吐を吐く努力をしてきたくせにとても綺麗に笑うんだ
俺も無一郎も幼い頃から祈里が好きだったからそんな祈里を見ていると心が痛む
もっと頼ってほしい、泣き言を言ったっていいと思っているのに祈里はいつでも穏やかに笑って、菜花のおじさんのように誰にでも優しく接する
だからその日、俺と無一郎は誓ったんだ
「俺たちで祈里を守ろう」
そう告げた俺の言葉を聞いて無一郎も真剣な顔で頷く
俺たちは双子だから、きっと考えてることは同じはずだ
両親を失った俺たちを菜花のおじさんも祈里も気にかけてくれた、そんな2人にとても助けられたんだ
だから今度は俺たちが祈里を気にかける
このままだと自分を犠牲にしてでも鬼を滅ぼしかねない祈里を放っておくことなんてできないから
懐かしいことを思い出しつつ隣で最中を食べる祈里を横目で見る
先ほど俺が弾いた額は少し赤い…やりすぎたか?
俺たちも鬼殺隊の中ではまだ小柄な方だけど、そんな俺たちより小さい祈里はすごい
血がとか、才能がとか、そういうのを関係なしに努力だけでのし上がってきたんだ
「(ぼろぼろになっても戦うんだもんな…)」
この前応援要請を受けて駆けつけた先で祈里がボロボロになってまで他の隊士を守ろうとしている現場に遭遇して血の気が引いた
おじさんを亡くして以来、自分のことを頭数に入れない祈里の階級は甲
鬼殺隊での最上位の階級であるが故にその分任務も激務となる
こんな状態の祈里はものの数ヶ月で死んでしまうだろう
だから俺と無一郎はお館様に無理を言って祈里の育成という名目で任務を同じにしていただいた
祈里が鬼のせいで苦しむ人を救いたいと、そのために自分が死んでも構わないと思うのなら俺たちが祈里を守ってやればいい
もう2度と大切な人を失いたくない…母さんと父さんを失った時のあの喪失感も、菜花のおじさんと豆吉の遺体を見た時の絶望感も2度と味わいたくはない
俺と無一郎はおじさんと祈里のおかげで生きている
だからこの命に懸けても絶対に守り抜いてやるんだ
「有一郎」
「ん?」
「何難しい顔してるの?」
さっきの仕返しと言わんばかりに祈里は俺の額を弾いてにやにやとしてやったり顔で笑う
そんな姿を見て無一郎が楽しそうに笑うので、俺もつられて笑ってしまった
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