草木萌動




初めて猟に連れて行ってもらって以来、何度かお父さんに同行して狩猟を体験していた私は今日初めて銃を握っている
山の中にはたくさんの生き物がいて、私たちは生きるために命をいただく

茂みに隠れて銃を構える私の銃口は離れたところにいる狐に向けられていた
豆吉がここまで追い込んでくれたらしい、狐の意識は完全に豆吉へと向いているためこちらには気が付いていない
傍にいるお父さんは狐をじっと見つめながら囁くような声で私に指示を出す


「もっと身を屈めて…そう…銃を持つ腕に力を込めて…」


何度も見ては来たが実際に自分で撃つとなると全く別物だ
息を殺しているせいか葉が掠れる音でさえ気になって仕方がない


「ゆっくりと狙いを定めるんだ」


ふーっと息を吐いて集中する

引き金に指をかけてそのタイミングを待っていると、突然近くの木にいた鳥が飛び立った
バサバサという音に驚いて体を揺らしたせいで茂みが揺れて音を立ててしまい狐がその場から逃げ去ってしまう


「あっ」


しまったと思うも、逃げ足が素早いためかもう姿は見えない
自分の失態にしょんぼりしているとお父さんは笑う


「最初からうまくいくことなんてないんだ、ゆっくり上達すればいい」


結局その日は収穫なしのまま帰宅した
お父さんはいつものように銃を手入れしており、私も傍でそれを眺める

猟師の仕事を知ってからどんどん興味が湧いてしまい、気がつけばお父さんに頼んで銃を握らせてもらっていた
お父さんの血が流れているためか、狩りに興味を持つのは自然なことなのかもしれない


「なあ祈里、銃を握ってどうだった?」


手入れをしている手元を見たままお父さんはそう問いかけて来た
その問いに思い返すのは今朝のこと


「重いなって…単純に重量だけじゃなくて、この引き金を引くと命を奪うことができるって思うと何だか重くて」


生きるために仕方ないとは言え罪悪感は巣食ったままだ
銃を握ると尚更その感覚が増した気がした


「そうか…その重さを覚えるんだ、忘れないように」

「うん」


その後も最後まで手入れを見届けてからその日はお父さんと一緒にご飯を作った
時透のおばさんに習うようになって少しずつ作れるものも増えて、今ではお父さんと並んで厨房に立つのが楽しい

ご飯を食べてお風呂に入って寝る
当たり前のことに感謝しながらその日は眠りについた




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数日後


また茂みに隠れ獲物の様子を伺う私とお父さん
あの日と同じ子か分からないけれど、また狐が現れた
色んな意味で重たい銃をしっかりと腕で支え、狐に狙いを定める

命を粗末にしてはならない
だから仕留める時は必ず致命傷となる部位を狙う
心臓か首か頭か、どこを狙うかは獲物によって異なるが頭は間違いない

狐の耳がピクピクと動いて豆吉の気配を探っている
豆吉はとても賢い猟犬だ、私が銃を構えた途端同じように身を顰めて仕留めるのを待っていた


「そのまま…集中して」


お父さんの指示通り集中するためにゆっくりと呼吸をした
吸い込んだ空気が肺に充満し、体を巡っていく感覚がした気がする

すると一瞬何故か風の流れが見えた気がした
あまりにも一瞬のことで気のせいとすら思えてしまう


「…よし、あとは引き金を」

「ううん、少し右」

「え」


直後、ドォン!と大きな音と共に凄まじい衝撃が私を襲う
反動は覚悟していたのですぐに立ち上がり銃を構えたまま狐の元へ近づいた


「…いた」


そこには頭から血を流して倒れている狐の姿
狙ったところに直撃しておりホッとする
振り返ってお父さんを見ればにっこりと微笑んでくれた






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