どうか安らかに




※隠視点/本編後




1月初旬

霞柱様と祈里様が景信山というお2人のご出身地へ行きたいと仰った
お館様の許可も出ているそうなのでなるべく急いで帰ってくると言うお2人に、せっかくなら1泊してきて下さいと打診した

というのも、霞柱様が刀鍛冶の里で記憶を取り戻され蝶屋敷で治療を終えた後、帰還したその日に私や向田、他の隠に過去のお話をして下さったのだ

まだ11歳という時に大変な思いをされ、そのショックで記憶障害を起こし、更に記憶力も著しく低下してしまったという
ただ覚えていた消えぬ怒りを糧に血反吐を吐く思いで鍛錬され、わずか1ヶ月弱で最終選別を合格されたらしい

そして祈里様も自分のせいで起こったのだという罪の意識から元風柱様の下で半年の鍛錬を経て鬼殺隊に入り、霞柱様のためにと今日まで努力されてきたという

まだ14歳の身でありながら背負うものが大きすぎるお2人は壮絶な過去を経験していた
そんな思い出の地である景信山に行くのだ、せっかくならゆっくりしてきて欲しい、そう思い宿泊を勧めた

その後、戻られたお2人は稽古の合間などの隙間時間に寄り添って将来のことを語っていた
子供らしく望むがままの未来を語らい、目を輝かせる姿はとても微笑ましい

お2人が祝言を挙げる時は盛大にお祝いさせていただこう、成長したお2人の晴れ姿を見たら泣いてしまう自信がある
始めは世話係として着任したはずなのに気がつけば親のような気持ちでお2人を支えていた
それは他の隠も同じようで、みな同じようにお2人に幸せになってほしいと、そう心から願っていた




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「立派ナ最後ダッタヨ」


屋敷にいる隠の前でそう告げたのは颯だ
祈里様の鎹鴉で、若いながらとても賢い子だった

昨夜、お館様の屋敷が襲撃されたと全隊士に通達があった
私達がお2人の下へ向かうと、既に立たれたようでそこにはひざ掛けのみ残されている

つい数分前までお2人でひざ掛けにくるまりながらいつものように未来を語り合っていたというのに、どうしてこんなことに

しばらくした頃、屋敷を襲撃したのが鬼舞辻無惨だということ、そして隊士のほとんどが無限城という異空間に閉じ込められたという連絡が届いた

私たち隠、それも世話係に出来ることはただ祈るのみ
いつものように戻られたお2人が年相応の笑顔で「ただいま」と告げてくれればそれでいい
怪我をされていたとしても生きていてくれるならそれでいい

しかし夜が明け戻った颯は霞柱様と祈里様の訃報を告げた

啜り泣く者、あまりの衝撃に動くことが出ない者、現実を受け入れられず気を失う者
隠がそれぞれの反応を示す中、私は颯の報告を最期まで聞いた

上弦の壱と対峙したお2人は体を欠損しながらも戦い抜いたという
柱の中でもお強い岩柱様と風柱様に託し、自分達はその手立てになるよう力を尽くされたと

14歳、あんな小さなお体のお2人は重すぎるものを背負っていた
柱、そして唯一の甲の一般隊士
強き者が弱き者を助けるのは当たり前だと最前線で戦うお2人は決して泣き言を言わない
自分達の命を賭しても悪鬼滅殺の思いを繋げようとした

颯は銀子と共にお2人の最期を見届けたという
上弦の壱を倒された岩柱様が黄泉の国でも会えるようにとご遺体を傍に置いてくださったそうだ

そしてお2人の刀は先程現地にいた隠から受け取った
無限城は崩壊し、お2人の遺体も埋もれてしまったため回収は難しいという
だが刀だけは回収してくれたようで、鞘のない2本の刀は血に汚れながらも各々の光を放っていた

刀を前にした途端、涙が溢れ出した
お2人が繋いだ思いは達成され、鬼舞辻無惨は討ち取った
この世からついに鬼が消え去ったのだ

しかし私の心には大きな穴が出来てしまった


「霞柱様ぁ…!祈里様ぁあ…っ!!」


幸せになって欲しかったお2人はもういない

その後、鬼殺隊は解散となる命が出された
鬼がいなくなったのだから当然だろう
長くお仕えしたこの屋敷も離れることになり、隠全員で隅々まで掃除を施してからみなそれぞれの場所へ歩み始めた

鬼殺隊が解散して少し経つ頃、私の下に向田がやってきた
風柱様から手紙をもらったのだという

2人で風柱様の下へ窺えば、お2人の遺書を渡してくださった
お館様に預けられていたもののようで、輝利哉様が風柱様に預けられたそうだ

そこにはお2人の覚悟と竈門兄妹を案ずる旨が綴られていた
そして霞柱様は祈里様を、祈里様は霞柱様を案ずる旨も
遺書には自分達の亡骸を景信山に弔ってほしいとも記されていた

しかしお2人の遺体はない
あるのは私の下で保管していた刀のみ

風柱様は私達に刀を埋め弔うと仰った
お2人の形見だ、それがいいだろうと向田も納得し、私たちも同行させていただくことにした

景信山はとても自然豊かな場所だった
緑に溢れ生き物に溢れ、空気がとても澄んでいる
春が近いため雪も溶け地面からは新しい命の芽が出ていた


「実弥、あっちだよ」


風柱様の背に背負われている元風柱の扇町様が風を読み居場所を教えてくださった
扇町様も祈里様と同じく風が視えるお方だそうで、祈里様のお父上の扇町様の下で一時は稽古されていたらしい


「婆さん、元気なら歩けやァ」

「元気だとも、でも山登りはちと酷での」


扇町様のケラケラと笑うお姿はどこか祈里様を彷彿とさせる
さすが師なだけあって風柱様の扱いも上手だ

扇町様の言う通りに進むと銀杏の木が群生しているところに出た
そこには2箇所に墓があり、遺書に書かれていたお2人の御家族のものだと悟る

まずは御家族の墓に手を合わせてからどうするかを考えた
遺書には景信山にという旨しか書かれておらず、御家族の墓にという意向はなかった
しかし御家族思いのお2人はそうした方が良いだろう

となると1つの問題が浮上する
お2人が離れてしまうのだ

霞柱様の御家族の墓と祈里様の御家族の墓はすこし離れている
距離にすると木10本分くらいはある


「どうしましょうか」


扇町様に尋ねると、少しだけ黙った後で「ここに2人を」と1つの場所を指さす
そこには倒木があって、本当にここでいいのかと風柱様も尋ねていた


「よいよい、風が言っておる…2人はここで最後に会話したと」


それを聞いた向田はすぐに穴を掘り始めた
私も手伝い刀が埋まるほどの穴を掘っていく
獣に掘り返されぬよう深めに作った

鞘は後で用意したものなのでお2人が使っていたものとは異なるが、刀は間違いなく本物
風柱様はお2人の刀を抜いてその輝きを前に目を瞑る
扇町様も、私も、向田も…4人全員お2人が安らかに眠れることを願った

鞘に戻した刀を穴に置き土を被せる
出来上がった墓は鬼殺隊で作るような立派なものではないが、確かにお2人の墓だ


「…祈里、おばぁよりも長生きすると約束したことを忘れたのかい?」


扇町様が寂しそうに言葉を発する
風柱様はお2人と共に戦ったためか申し訳なさそうな顔をした


「俺がついていながら…祈里を戦いに巻き込んだのは俺だ」

「そうかいそうかい…あの子を最期まで戦わせてやってくれてありがとね」

「…でも」

「祈里は自己犠牲じゃなく、勝つためにお前さんを守った…その命、祈里の分まで大切にしておくれ」


祈里様は最期に風柱様を庇ったという
勝つために風柱様を死なせてはならない、手負いの命を使うならここだと
そもそも右腕を失い失血も酷かったそうだ、本人も助からないことを理解して最善を尽くしたんだろう


「風柱様、私からもお願いします…どうか元気に過ごしてくださいませ」

「…あァ、分かった」




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その後、私は景信山の麓にある街に越してきた
年に1度は必ず山に登り、お2人と御家族の墓に手を合わせる
霞柱様の御屋敷にいた隠にも手紙を出し、お2人を弔ったことなどを報告した
みな何度か足を運び手を合わせてくれたそうだ


「…霞柱様、祈里様…あれから世は移ろい昭和と年号も変わりました
お2人は黄泉の国へ無事に辿り着けましたでしょうか?」


私は心臓の病にかかりもう長くはないだろうと思い最後にここへやってきたのだ
最近変わった年号はまだ慣れないが時の流れは止まってくれない


「守屋…久シブリ」


バサバサという音と共に聞こえた声
目を開けるとお2人の墓の前には颯がいた


「颯…元気にしていた?」

「…コノ10年…鴉ノミンナヲ看取ッテ…キタ」

「そう…貴方は若かったから…辛かったでしょう」


鴉の寿命は10-20年ほど、颯の他の鎹鴉はもう亡くなったのだろう
最後の鎹鴉になった颯は年老いている


「ボクネ…オ役目ヲ終エタカラ…モウ眠ロウト思ッテ」

「ここに来たのはそのため?」

「ウン…祈里ト無一郎ノ…傍ガ…イインダ」


ゆっくりとお2人の墓の傍に座り込んだ颯
私と同じでもう長くないのだろう、眠る場所をここに選んだのならもう私は何も言わまい

その頭を撫で私も山をおりた
きっと颯は祈里様が迎えに来てくださる、みな最期までお役目を遂行したのだ


「私も…そろそろそちらへ向かいます…その時はお顔を見せてくださいね」


そしてどうかその時はまたあの頃のように楽しく過ごせますように

その数ヶ月後、私は息を引き取った






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