鶏始乳




銀杏の木の下、聞こえた足音に振り返る
そこには無一郎が立っていた


「…そっか、無一郎も来ちゃったか」

「うん」


眉を下げ微笑むその姿に私も同じ顔をする
ゆっくりと手を広げれば、近づいてきた無一郎が私を抱きしめてくれた

何度もこの香りを嗅いだはずなのに毎回落ち着くのは無一郎の香りだからだろう
彼の長い髪が頬に当たってくすぐったい


「ねえ、あの後どうなったのか教えて」


近くの倒木に腰掛けて2人で最後に話をすることにした
寄り添いながら落ちてくる銀杏の葉を眺めながら話した

あの後無一郎は上弦の壱に刀を刺したものの、胴を斬られたらしい
それでも必死にくらいつき、赫刀を発現した後に残った右腕も斬られ息絶えたという
最後の瞬間見えたのは上弦の壱が倒れる姿
どうやら不死川さんたちがやり遂げてくれたらしい


「せっかく祈里に守ってもらったのにごめん、でもおかげでアイツは倒せたよ」

「御先祖なのにアイツでいいの?」

「いいよ、僕は僕だから」


無一郎が天を仰ぐ、その顔は晴れやかで後悔はないように見えた
うん、やっぱり無一郎はあの鬼の子孫なんかじゃない
血のつながりがあったとしても芯が違う


「さっきね、兄さんに会ったよ…ここまで連れてきてくれた」

「有一郎が?」

「先に向こうに行って待ってるってさ」

「そっか…」


私たちが生きているのは有一郎のおかげだ
先ほど私をここに連れてきてくれたのも、成仏することを留まらせてくれたのも有一郎の他ならない
最後に無一郎と2人で話す機会をくれたことに感謝する


「14か、短い人生だったね」

「でもその分とても深かった気がする、僕は幸せだったよ」

「私も」


2人して笑い合い、何が楽しかったか挙げていく
山での生活、剣士になってからの生活、2人でした何気ない会話
全てが大切な思い出で大切だ

この前景信山へ行った時もこんな風に語り合ったというのに、どれだけ語り合っても足りないほどにたくさんの思い出が溢れている


「炭治郎たちならやってくれる、みんなの思いを繋いでくれる…だから何も心配ないね」

「うん、悔いは無い」


精一杯生きた、自分達の人生はやり切った
私たちの人生はここで終わりだけど、きっと誰かが繋いでくれる
鬼殺隊はそうやって思いを繋いでここまで来たんだ
時が経とうとも、人が変わろうとも、時代が移ろうとも思いは途切れることはない

私たちが生きた証は誰かの心に残り続ける
それがとても幸せだと心の底から思えた

そう、後悔はない…ないけれど…


「…でも無一郎と祝言あげたかった」


ぽつりと口から漏れた言葉
それを聞いた無一郎は眉を下げて困ったように笑った


「僕も祈里との子供がほしかった」

「いつぞやの未来の話だね」

「うん、そうだね」


明日生きているかも分からぬ身、それでも未来に希望を抱いた
無一郎と夫婦になって、子供を授かって、ありふれた幸せな生活を送る

朝起きたら家族みんなを起こして、無一郎が子供と木を切りにいくからその間に布団を干して、洗濯をして
夕方帰ってきたみんなに夕飯を振舞ってみんなで今日あったことを談笑する
夜はみんなで並んで眠るんだ、すやすやと眠る我が子の顔を見て幸せだと無一郎と話しながら眠りにつくんだ


「(きっと楽しいだろうな…笑顔に溢れて毎日が輝いていて…)」


ぽろりと涙が溢れた
戦って死んだことに悔いはない、鬼殺隊に入った時にもう覚悟はしていた
それでも無一郎と一緒に未来を生きたかった

泣かないようにと思っていたのに一度溢れてしまえばもうそれは止まらない
頬を伝う涙を無一郎が拭ってくれた


「昔は僕の方が泣き虫だったけど、本当は祈里も泣き虫だよね」


その通りだ、私は無一郎を前にするとどうしようもなく泣き虫のただの菜花祈里になってしまう
強くあろうと思うのにどうしてもうまくいかない、私は有一郎のようには上手くできない


「泣かないで、祈里は笑ってる方が可愛いよ」

「そういう無一郎も涙目だよ」

「うん…僕ら泣き虫だもんね」


きっと無一郎も同じ気持ちなんだろう
もっと2人で一緒にいたかった、描いた未来を歩みたかったと思って涙を流している


「生まれ変わってもきっと祈里を見つけるよ、記憶がないのなんて慣れてるから」

「うん…私も無一郎に会いにいく、貴方が覚えてなくても何度でも初めましてをするよ」


記憶を失った無一郎に何度も押しかけたことを思い出せば少し口角が上がった
また生まれ変われるのなら無一郎のいる世にしてほしい
神様や仏様がいるのならこれだけは絶対に叶えてほしい

すると少しずつ辺りが光に包まれ始める、どうやらもう時間らしい


「私…無一郎と離れるのは寂しいよ」

「僕もだよ、このままずっと一緒がいいね」


でもそれが叶わないことは自分たちがよくわかってる
死者は黄泉の国へ行って生まれ変わる、新しい命へと転生するのだ


「次の世ではもっと幸せになろう、長生きして、家族みんなで幸せに生きよう」

「約束ね、何年かかっても…必ずまた逢おうね」


最後の口付けをしてから額をくっつけて笑う
無邪気な幼子のようなその笑顔のまま、私たちは眩い光に包まれた




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時は移ろい平成の世


大正時代に鬼がいたという話は今では御伽話として伝わっている
大学の講義で歴史を学ぶ中で知ったその存在は何故か私を惹きつけた

調べていく内に知ったのは鬼狩りという剣士たちの存在
戦国時代から続く鬼狩りの歴史は残されている文献が少なく、大枠しかわからないが人のためにその命を懸けて戦い抜いたという

そしてこの前博物館にあった刀のことを思い出す
景信山にて出土したそれは2本あったそうで、1つは綺麗な緑色の刀身に蔦のような彫刻が施されており、もう片方は白く薄水色に輝く刀身で惡鬼滅殺と彫られていた
それはどちらも鬼狩りの剣士が使っていたものとされているが、そこからはそれらしき人骨は発見されなかったらしい、つまり刀だけ埋めたということだ


「(景信山かぁ…今度行ってみようかな)」


論文をまとめて図書館を出れば秋の風が私を撫でつけた
徐々に冷えてきたなぁと思いつつ帰路につくと、人が行き交う大通りに出る
道路沿いに植えられている銀杏並木がとても綺麗なのでこの季節はここを通るようにしていた


「うん、今年も綺麗」


みんなは匂いがキツいとか言うけれど私はこの香りも含め大好きでたまらない
写真を撮ろうかなとぼんやり考えていると、私を見て立ち尽くす人がいることに気がついた
誰だろうとそちらに目を向けた時、何故だか懐かしさと共に愛しさがわき起こる


「え…」


会ったことはないはずなのに、でも確かに心は震えた
秋風に靡く黒い髪は毛先だけ水色に染まっておりとても綺麗で、毛先と同じ水色の瞳は私を捉え丸くなっている
その男の人は私と同じようにしばらく呆気にとられた後で愛しそうに微笑んだ


「やっと見つけた」


その声が聞こえた途端、私の頬に涙が伝う

思い出したのは誰かの記憶
そうだ、私はこの人に生きて欲しくてずっと頑張っていたんだ
会いたかった、きっと見つけてくれると信じてた


「逢えるって信じてたよ」


そう返事をすると男の人はゆっくりと近づいてくる
今度こそもっと幸せになろう、2人で描いた未来を実現させよう

「初めまして」と言い合う私たちを祝福するように優しい風が吹き抜けた








完.






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