水沢腹堅




※無一郎視点




刀を体から引き抜き止血を行う
痛みはあるがそんなことどうだっていい


「(状況が悪すぎる、これだけの傷を負わされては役に立てない
俺は宇髄さんほど体格に恵まれていないから数時間で失血死する…せめて上弦の壱だけでも倒さなければ…まだ生きて戦える人の負担を少しでも減らせ、死ぬなら役に立ってから死ね!!)」


止血を終え右手で刀を持ち駆け出そうとすると、玄弥が僕の名を呼び止めた


「すまねえが胴体を…強く押し付けてもらえるか?」

「玄弥!!生きてるの…体…繋がる?」

「厳しいかもな…あの…あそこに落ちてる…上弦の髪の毛…取ってきて…喰わせてもらえるか?最期まで…戦いたいんだ…兄貴を…守る…死なせたくない…」


玄弥の気持ちは痛いほどに分かる
僕も祈里を守りたかった、死なせたくなかった
きっと…ううん、もう祈里は助からないけれど救える人はまだいる


「わかった、一緒に最期まで戦おう」


胴を押し付け、言われた通りに髪の毛を拾って食わせると玄弥は荒い呼吸をし始めた


「玄弥大丈夫か?玄弥?しっかりしろ頑張れ、玄弥!」


玄弥の体を止血する
片腕だから手間取るけれど早く僕らも加勢しなくてはならない

体を起こした玄弥に頼んで刀を持つ右手を布で縛ってもらった
どれだけ力がなくなっても刀を離さないように


「玄弥撃っていいから、構わなくていいから」

「え」

「俺が上弦の壱の動きを止められたら俺もろとも撃っていいからね、絶対に躊躇するなよ」


玄弥は戸惑いながら承諾してくれた
いいんだ、もう長くはないから…それに祈里があんなに頑張ったんだ、僕も頑張らないと示しがつかない

僕が止血をしてもらっている間に戦いは苛烈を極め、鬼の刀が形を変え悲鳴嶼さんと不死川さんが押され始める
不死川さんの目前に迫った斬撃、ギリギリで駆けつけ彼を掴み上げその斬撃から守った


「時透!!」

「死なせない!貴方はまだ両腕で刀を触れる…!!」


戦いに参戦し2人のサポートを行う
鬼の攻撃は止まらない


「(内側に、間合いの内側に入れ…一瞬でもいい、ほんの一瞬でも上弦の壱の動きを止められたら…ほんの少しでも攻撃の手を緩めることができたなら!悲鳴嶼さん、不死川さんのどちらかが奴の頸を斬ってくれる、必ず!!
片腕を失い失血も重なり俺に残された時間はもう殆どない、まだ動ける内に役に立てる内に…急げ!!)」


息を吸って構える
そんな僕を見て悲鳴嶼さんと不死川さんも同時に駆け出した


「(俺の意図を汲んで合わせてくれた…!)」


けれど鬼もそう易々と近づかせはしない


『月の呼吸 拾肆ノ型 兇変・天満繊月』


僕らめがけてくる斬撃
それに息を飲んだ時、優しい風が吹いた

一瞬で開けた僕の視界
鬼までの斬撃が全て相殺されたこの風はよく知っている


「(祈里…っ!!)」


走る足を止めないまま祈里の方を見れば、壁にもたれかかりながらも最期の力で僕を助けてくれたらしい
ほんの一瞬、目が合った祈里は嬉しそうに笑った

その瞬間彼女との思い出が脳裏を駆け巡る
じわりと涙が滲むが今は泣いている暇はない


「(ごめん…それとありがとう)」


不死川さんの攻撃に意識を取られている鬼を睨みつける僕の目には鬼の体が透けて視えていた
どこに攻撃すればいいのか全てが分かる

横から貫通するように刺した刀
深々と刺したそれは鬼の動きを鈍らせる


『月の呼吸 拾陸ノ型』


攻撃が来る


「(放すな!!放すな!!バラバラにされても…!!!)」


銃声が鳴った、玄弥が撃ったんだろう
それは確かに鬼の体に当たった

そして僕もろとも木のような根が鬼を取り囲む
悲鳴嶼さんと不死川さんが向かってくる、斬ってくれ、どうか…!!

しかし鬼は咆哮を上げ2人を跳ね飛ばした
その咆哮と同時に放たれた斬撃が僕の胴を裂き、玄弥も縦に真っ二つになる
悲鳴嶼さんと不死川さんは避けたようだけど、目の前の鬼は身体中から刃を出していた


「(体中から刃…!!振り動作なしで出した刃の数だけ攻撃を放った!!!先刻まであれだけ1本の刀に梃子摺ったのに…この…化け物…!!!まずい…死ぬ…何の役にも立ってない…!)」


斬られた僕の下半身は既に倒れている
今はこの刀が鬼に刺さっているから僕も宙に浮いているけれどものの数秒で絶命する


「(駄目だ、悲鳴嶼さんも不死川さんも死ぬまで戦う…だけどこの2人まで死なせちゃいけない!まだ無惨が残ってるんだ、みんなのためにもこの2人を守らなければ!!)」


鬼の刀が鳴る、それは攻撃の合図だ
そして僕の口から血が漏れ出した


「(また技が…くる…俺が…何とかしなくちゃ、俺が死ぬ前に)」


刀を握っていた手が凄まじい力を込めると僕の刀が赫く染まっていく、その瞬間鬼は苦しみ始めた
不死川さんの刀が鬼の頸に当たるが斬れない

と、その時また玄弥の血鬼術が発動した
みんなの力が合わさった瞬間、悲鳴嶼さんの攻撃が鬼に当たった


『ぐぅアアア!!!ぬァアアアアア!!!!』


鬼は技が出せないらしい、悲鳴嶼さんと不死川さんの鉄球と刀がぶつかると色が僕の刀のように赫くなる


「(鉄同士がぶつかり合って赤く…!)」


それが鬼の頸を落とした
だが必死に鬼も喰らいつく
出血を止めたようだ


「不死川ー!!!攻撃の手を緩めるな!!畳み掛けろ!!時透と菜花と玄弥の命を決して無駄にするな!!!」

「上等だゴラア゛ア゛ア゛!!!!消えてなくなるまで刻んでやらア゛ア゛ア゛!!!!」


2人の攻撃を避けた鬼は僕の腕を斬り落とした、両の腕と下半身を失った僕はその場に転がり落ちる
途端、急激に死が迫ってきた
必死に目を動かせば遠くで死んでいる祈里の姿が見える


「(ごめん…ごめん祈里…僕が守ってやらなきゃいけないのに…兄さんと約束したのに)」


“無一郎、祈里はずっと俺たちを心配してくれる優しい奴だから…だから俺たちがしっかりしないと”


父さんと母さんが亡くなって、菜花のおじさんや祈里はいつも僕らを心配してくれて
そんな時に僕らは約束を交わしたんだ、祈里に心配をかけないようにしようって、祈里に何かがあったら必ず守ろうって

それなのに僕は守れなかった
祈里は最期の瞬間まで僕を守ってくれたのに

祈里は涙を流しながら穏やかな表情で死んでいる
いつも笑顔だった彼女らしいその顔に頬が緩む

霞む視界の中、最期に見えたのはボロボロと消滅していく鬼の姿だった










一瞬の暗転の後、目を開けるとそこには僕そっくりの顔立ちの有一郎がいた
涙を流してこっちを睨みつけている


「兄さん…」

「こっちに来るな、戻れ!!」


相変わらずな兄さんの物言いに涙が溢れた


「どうして?僕は頑張ったのに…褒めてくれないの?」

「どうして?こっちが聞きたい、逃げれば良かったんだ…お前はまだ14だぞ」

「仲間を見捨てて逃げられないよ、それに祈里も戦った」


祈里の名前に兄さんが動揺する
ごめんね、守ろうって言ったのに守れなかった


「お前が…お前が死ぬことなんてなかった
こんな所で死んでどうするんだ?無駄死にだ、こんなんじゃ何のために生まれたのかわからないじゃないか」

「兄さんが死んだのは11だろ、僕より兄さんの方がずっと可哀想だよ
僕が何のために生まれたかなんて、そんなの自分でちゃんとわかってるよ
僕は幸せになるために生まれてきたんだ、兄さんもそうでしょ?違うの?幸せじゃなかった?幸せな瞬間が一度もなかった?僕は幸せだったよ、家族4人で暮らしていた時も
1人ぼっちになってからつらいことや苦しいことがたくさんあったけどいつも祈里がいてくれた
仲間ができて僕は楽しかった、また笑顔になれた、幸せだと思う瞬間が数え切れないほどあったよ

それでも駄目なの?僕は何からも逃げなかったし目を逸さなかったんだ…仲間のために命をかけたこと後悔なんてしない
無駄死になんて言わないで、他の誰かになら何て言われてもいい…でも兄さんだけはそんなふうに言わないでよ」


涙を拭うと僕よりも体の小さい11歳の兄さんが抱きしめてくれる


「ごめん…わかってるよ…だけど俺は無一郎に死なないで欲しかったんだ…無一郎だけは…」


兄さんと共に泣いた、たくさん泣いた

ひとしきり泣いてからこれからは一緒だねって言うと、兄さんは銀杏の木の中にいる人を指差した
そちらに目を向ければ鬼殺隊の隊服を着た…僕のあげた羽織を身につけた見覚えのある背中が見える…祈里だ


「俺は先に行くから、ちゃんと話してからくるんだ…いいな?」

「兄さんは行かないの?」

「祈里が会いたいのは無一郎、お前だよ…俺は来世で祈里と結ばれるからいいんだ」

「…来世でも渡さない、いくら兄さんでも絶対に」


そう告げると呆気に取られた後で兄さんは笑った


「ははっ、じゃあまた後でな無一郎」


兄さんが姿を消す
ずっと僕を待っていてくれたんだろう
それなのに祈里と話す時間をくれたんだ


「(ありがとう兄さん)」


1歩踏み出せばいつのまにか服装は隊服に変わっている
そのことに少し驚きつつも近づけば、足音に気がついた祈里がこちらを振り返った

ああ、何度見ても綺麗な緑色だ






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