水泉動




右腕はもう使い物にならない
左手で刀を構え彼の右斜め後ろで構える


「よくも俺の弟を刻みやがったなァ糞目玉野郎ォオ!!!許さねェ!許さねェ!許さねェェ!!!!!」


飛び出した不死川さんめがけ鬼が月の呼吸の技を繰り出す
それを私が風で相殺した隙に不死川さんが鬼の足元をくぐった
くぐりながら刻むも、鬼が宙へ避ける


「壱ノ型 塵旋風・削ぎ!!」


ドッと地面を抉る技で鬼へと一瞬で距離を詰めた不死川さんに鬼はようやく刀を抜いた
その刀身は目玉が埋め込まれておりギョロギョロと辺りを見渡している


「はァァ!こりゃあまた気色の悪い刀だぜェ!なァオイ!!」


鬼が技を出す風を感じ、鬼めがけ刀を振るう


「風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風!!」


私の作り出した風が鬼の放った技とぶつかり合い相殺した
その間に不死川さんは距離をとる


「はッはアッ!振り無しで斬撃を繰り出しやがる!!祈里風を読め!」

「はい!!」


鬼はノーモーションで技が出せる
避けるには風を読むか相当な経験が必須だ


「来ます!」

「風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹!!」


不死川さんが鬼の技を相殺する
鬼もまたその姿を見て感心したような声を出した


『やりおる…肉体的にも技の…全盛と見た…そして小娘との連携…』


離れて見てようやく分かった
鬼の斬撃は一振りの周りに不規則で細かな刃が付いている
それは常に長さ大きさが変化する、定型じゃない…避けたつもりの攻撃の形が変則的で歪、そしてこの速さ
更には呼吸まで使うせいで何もかもが底上げされている


「おもしれぇ…!!おもしれぇぜ!!殺し甲斐のある鬼だ!!!!」


不死川さんが構える、出したのは爪々・科戸風
鬼はその技を刀で受け止め、月の呼吸で跳ね飛ばす
その隙に不死川さんが斬り込んだ

鍔迫り合いになっている間に不死川さんが足で器用にもう1本の刀を鬼の頭めがけ蹴り上げた
しかしそれは躱されたので鬼の背後上空を取った私は思いっきり刀を振る


「風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪」


完全に死角だというのに躱される、2対1なのに動きを止められないのはかなりの強敵だ

再び不死川さんと鬼の斬り合いになる
私も邪魔しないように立ち回りながら少しでも不死川さんの攻撃のチャンスを作っていく


「っ」


動けば動くほど斬られた箇所からドボドボと血が溢れた
流石に常中で止血していても限度はある、自分の死期くらい分かる…これはきっともう助からない


「(死ぬのならせめてこいつも道連れにしてやる…!!!)」


ここで上弦を確実に潰す、それが私がすべきことだ


「不死川さん!祈里!」


無一郎の声にハッとする、鬼と斬り合う不死川さんの鼻から血がたれていた
極限上体が続くせいで体に負荷がかかっているに違いない
私もぼろぼろになっていて限界は近い、それに反して鬼は無傷だ

怪我が治る鬼と違って人は斬られた腕は治らない、致命傷を負えば死ぬ
不利すぎる状況でも諦めないで戦ってきたのが鬼殺隊だ


『古くは…戦国の…世だった…私は…このように…そうだ…風の柱とも…剣技を…高め合った』


ふわりと嫌な風が視える、声を出そうとするもそれだと不死川さんの退避が間に合わない


「(どうする?どうすればいい?)」


この状況で取るべき最善策はなんだ?


「(今鬼に対抗できるのは不死川さんのみ、この人を殺させてはいけない)」


彼を守るために私に何ができる?


「(技を出しても間に合わない…視える私と違って不死川さんは下手をすれば致命傷を受けてしまう)」


お父さんに、豆吉に、有一郎に、煉獄さんに…みんなに守ってもらったこの命でできること


“祈里、ずっと見守ってるからね”


ああ、まただ、痣を発現してからというもの風を視るといつもこの声がする
誰の声だろうかとずっと不思議だった…でも今ようやくわかった気がする


「(きっとこれは…お母さんの声だ)」


物心がついた時にはお母さんの記憶にはなかった
でもずっと昔、私が赤ん坊の頃だろうか…確かにその言葉を聞いている


『月の呼吸 陸ノ型 常夜孤月・無闇』


鬼の言葉よりも早く
私は不死川さんを守るように飛び出し、その攻撃から不死川さんを庇った

先ほどまであんなにスローに見えていたというのに、斬撃を受けた途端意識を瞬時に引き戻される


「…か、ふっ…」


自分の口から空気の抜けたような音がする


「祈里!」


不死川さんを庇ったはずなのに想像以上の手数で彼の体にも傷がついてしまったようだ
致命傷は免れたようだけど庇い切れなくて申し訳ない
私の体は彼よりも大きければ良かったのにと思うも今になってはどうしようもないことだ

肩からみぞおちにかけて深い斬撃を受けた私はその場に倒れる


『ふむ…邪魔が入ったが…お前にも技は入った…動けば…臓物が…まろび出ずる…』

「(ごめんなさい、たくさん教えてもらったのに上手くできなくて)」


私の体から溢れ出る鮮血が辺りに広がっていく
痛みはほんの一瞬で、今や体の感覚がどんどん失われているのが理解できた
ぐったりとした私を見下ろす不死川さんの表情は何とも言えなくて…絶望しているようにも見える


「よくも…よくも祈里を…!!!」


自分も斬られたというのに不死川さんは凄まじい剣技で鬼を圧倒した


「猫に木天蓼、鬼には稀血!!!オイオイどうしたァ?千鳥足になってるぜぇ!上弦にも効くみてェだなァこの血は!!
俺の血の匂いで鬼は酩酊する!稀血の中でもさらに希少な血だぜ!存分に味わえ!!」


不死川さんの猛撃が始まった
稀血、それは鬼を酔わせる特別な血のこと
その血を持つ人物を食べた鬼は強靭な力を得ると聞いている


『どちらにせよ人間にできて良い芸当ではない…初見なり…面白い…微酔う感覚もいつ振りか…愉快…さらには稀血』


鬼は不死川さんの刀を足で踏みつけ地面に押し付ける
引っ張られ体勢を低くした不死川さんの首めがけ刀を振り下ろした

しかしそれも不死川さんが左手にもつ玄弥の銃により受け止められ、至近距離から弾丸を浴びる
それですら傷がつかない、絶体絶命かと思えたその瞬間、不死川さんを救い加勢に入ったのは悲鳴嶼さんだ


『次々と降って湧く…』

「我ら鬼殺隊は百世不磨、鬼をこの世から屠り去るまで…不死川、腹の傷は今すぐ縫え、その間は私が引き受ける」

「はい、すみません」

「それと菜花に最期の時を」

「…はい」


傷口を縫った不死川さんは呼吸もままならない私を部屋の端に寝かせてくれた
悔しそうな表情をしており、初めて見たその顔に私は震える唇を動かした


「ごめ…な…い……役に…立て…な…った」


肺も臓器も斬られた、呼吸するのが精一杯でうまく言葉にならない

あんなに稽古したのに、頑張ったのに
不死川さんにもたくさん時間をもらって面倒を見てもらったのに
結局うまくいかなかった、私は駄目なままだった
扇町の先生が自己犠牲はダメだと言っていたのに結局私にできたのは誰かのためにこの命を盾にすることだけだ


「もういい、お前は十分やった…婆さんにも必ず伝える」


そう告げた不死川さんは頭を撫でてくれた
この人に頭を撫でられるのが好きだった、私の良き理解者であり先輩の不死川さんを尊敬していた

戦いに戻っていくその背中を見守りながら今までのことを思い返す


「(先生と約束したのになあ…ごめんなさい…私は14で終わるようです)」


最終選別に向かう前に長生きするよう約束したことが懐かしい
私が死んだと聞いたらきっと先生は怒るだろうけど、最後には立派だったと褒めてくれるんだろうなと想像するとたまらなく会いたくなった


「(無一郎…)」


視野に入った彼は自分に刺さった刀ごと支柱から引き抜いた、そして刀を掴み肩からも抜く
痛みがすごいだろうにすぐに止血して刀を掴んだ姿に思わず笑みが溢れた


「(無一郎も最後まで戦おうとしている、それならば私も最期まで…この心臓が止まるまでは…)」


感覚がなくなってきている体を無理やり動かし、床を這いずりながら壁を目指す
残っている左手で刀を握り、握る拳もない右腕もべちゃりという音を立てながら前に進むため必死に動かした

その間にも戦いは苛烈を極め、鬼の刀が形を変え、悲鳴嶼さんと不死川さんが押され始める
不死川さんの目前に迫った斬撃、駆けつけた無一郎が不死川さんを掴み上げその斬撃から守った


「時透!!」

「死なせない!貴方はまだ両腕で刀を触れる…!!」


ようやく壁にたどり着いた頃、徐々に視界が狭まり始めた


「(ああ…もう本当に駄目だ…でもせめて…せめて最期に…)」


ずっと後悔ばかりだった
私が生まれた意味はなんだろうかと答えを求め、結局見つかりはしなかった


「(私に…出来ることを…)」


鬼の懐に潜り込もうとする無一郎に向かう鬼の斬撃、それに向かって最後に刀を一振りした
もう刀を触れるような体じゃないから…壁に上体をもたれかけ、呼吸で強化した左腕での最後の一振り

刀から発せられた風が無一郎の行く手を切り開く
ほんの一瞬、無一郎の目がこちらを向いてすぐに鬼へと戻される


「(ああ…やっとだ…やっと役に立てた…)」


ずっと役に立ちたくて、無一郎の力になりたくて頑張ってきた


「よか…っ…た…」


瞼が下りていく
たくさんの思い出があるこの世界で最後に見たのは鬼へ刀を突き刺す無一郎の姿


“あいつはすごい奴だから…絶対に守ってやらなきゃならないんだ”


そうだ、有一郎は言っていた、無一郎は選ばれた人間だと
本当にその通りだ、彼は自分が仲間のために出来ることをやろうと必死になれる


「(有一郎、私はあなたの代わりになれたかな?ちゃんとできたかな?)」


瞼を閉じると体の力が抜けていく
黄泉へと誘われた私の表情はとても穏やかだったという






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