霞始靆




今日はお父さんが街に泊まる日だからと、時透家に預けられている私は包丁を握っていた
手元には大根があり、今は時透のおばさんに習って料理をしているところだ


「そうそう、上手ね祈里ちゃん」


猟で狩って来た獲物の解体を手伝っているためか包丁を握るのは慣れている
ただ、料理はしたことがなかったので動きはぎこちない

そもそも何でこうなったかと言うと、預かってもらっている身のため何も手伝わないのは申し訳ないのでおばさんに手伝うと名乗り出たのが発端だ
おじさんは有一郎と無一郎を連れて杣人としての仕事をしているというので必然とおばさんの料理の手伝いをすることになったわけである


「大根の皮を剥くのってなかなか難しいのにすごいわ、祈里ちゃんならすぐに料理を覚えられそうね」


おばさんは綺麗でいつも優しい
お母さんというものがどんな存在なのか知らない私にとってはちょっとした憧れだ


「それで大根の皮を剥いたらこうやって十字に切り込みを入れるの」

「どうして?」

「こうすると火の通りがよくなるのよ」

「へぇ…!」


ちょっとした工夫をしただけなのにそんな効果があるのかと感心しているとおばさんはくすくすと笑った


「祈里ちゃんは勤勉ね」

「勤勉?」


初めて聞いた単語に首を傾げるとおばさんは鍋の火を見ながら話し続ける


「何でも知ろうとする努力家ですねってことよ」

「私そんなんじゃ…」

「あら、謙遜しなくていいのよ」


またくすくすと笑うおばさん
褒められているため照れ臭くて少し俯くと、おばさんは先ほど切った大根を鍋に入れた
そこに昆布も入れあとは炊くだけだそうだ、ふろふき大根と言って有一郎と無一郎の大好物らしい


「さて、お米も炊いたしあとは待つだけね」

「おばさん、料理って毎日するんだよね?飽きたりしないの?」

「そうねぇ…飽きることはないわよ」


こちらにいらっしゃいと手招きしたおばさんの隣に座る
毎日料理をしているからか、おばさんからはいい匂いがした


「料理って何のためにすると思う?」

「食べるため、生きるため?」

「そうね、でもそれだけじゃないの」

「え?」


きょとんとしておばさんを見上げると有一郎や無一郎と同じ水色の瞳がこちらを見ていた


「同じものでも少し手を加えるだけでびっくりするほど味が変わるでしょう?
どうせなら美味しいものを食べたいじゃない」


確かに獣の肉も焼いた時と煮た時で味が違う
さっきの十字の切り込みもそうだけど工夫することで何倍にも美味しくなるんだ


「それにね、私の作った料理を家族が食べている姿が好きなの」


とても優しい表情でおばさんはそう告げた
その表情からおじさんや有一郎、無一郎のことを考えているんだろうと伝わってくる

食べることや生きることの大切さはお父さんから学んだ
でも料理することに関して意味があるとは思ってなかったので驚いて目が丸くなった

そして思い出すのはお父さんが毎回「どうだ、美味しいか?」と聞いてくるということ


「(…そっか、お父さんもきっと)」


私が美味しく食べてる姿が好きなんだ、そのために料理をしてくれてるんだ
時透のおばさんと違って丁寧な作り方をしているわけではないけど、お父さんの作ったご飯は美味しい
お母さんが亡くなってから覚えたんだろうか…私を育てるため、生かすために


「食べる人のことを思うと料理ってとっても楽しいのよ」


おばさんは私の頭を撫でる
お父さんとは違うごつごつしていない手
でもところどころ皮が厚いのは日々家族のために家事を頑張っている証拠だ


「私も料理覚えたいな」


ぽつりと出た言葉におばさんはやっぱりくすくすと笑った


「じゃあ私が教えてあげましょうね」

「いいの?」

「勿論よ、いつも二人と仲良くしてくれてるのだもの」


仲良くしてもらってるのは私の方なのにと言おうとしたけれど、ちょうどその時おじさんたちが帰ってきたので話は中断してしまった
今日のご飯がふろふき大根だと知った双子は嬉しそうにしていて、そんな姿を見ていると自然と口角が上がっていた
おばさんの言っていたのはきっとこの気持ちのことだろう






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