熊蟄穴




12月下旬


今日は不死川さんのところにお使いに来ている
柱稽古で柱はみんな忙しいから私が代わりに色々使いっ走りを行うことが多い

手紙なんかは鎹鴉に任せた方が早いけれど、今日みたいに荷物の運搬などは人の方が都合がいい
守屋さんや向田さんが自分たちが行くと言ってくれたけど、柱のお屋敷まで走るのも私の稽古になるからちょうどいいのだ

それに不死川さんには普段から稽古をつけてもらっているのでちょっとしたお礼も兼ねて途中でおはぎを買ってきた
初見では怖い人だと思ったけれど、今ではすっかり頼り甲斐のある優しくて面倒見のいい兄のような存在だ

そんな不死川さんのお屋敷に到着した


「こんにちはー」


玄関を開けて声をかけるも何故か隠の方は誰も出てこない
柱稽古の方で手が回らないのかなと思うも、流石に勝手に入るわけにもいかないのでもう一度声を出す


「ごめんくだ」


最後まで言い切る前に凄まじい音が聞こえた
屋敷の壁でも壊れたかのようなその音に何だと思い庭の方へ回ると、柱稽古に来ていた隊士の方がざわざわとしている


「あの、どうし」

「あっ!菜花さん助けてくださいー!!」

「もう俺たちじゃどうにもならないんです!!!」


複数の隊士のみなさんに泣きつかれてしまいおろおろしていると、1人の隊士の方がある方向を指差した
そちらの方を見るとなんと炭治郎と不死川さんがもめているようでかなり空気が悪い


「どういうつもりですか!!玄弥を殺す気か!!」

「殺しゃしねぇよォ、殺すのは簡単だが隊律違反だしよォ…再起不能にすんだよォ…ただしなァ、今すぐ鬼殺隊を辞めるなら許してやる」

「ふざけんな!!あなたにそこまでする権利ないだろ!辞めるのを強要するな!!
さっき弟なんかいないって言っただろうが!!玄弥が何を選択したって口出しするな!!
才が有ろうが無かろうが命を懸けて鬼と戦うと決めてんだ!兄貴じゃないって言うんなら絶対に俺は玄弥の邪魔をさせない!
玄弥がいなきゃ上弦に勝てなかった!再起不能になんかさせるもんか!!!」


なるほど、どうやらタイミングを間違えたらしい
出直そうと踵を返そうとすると、またまた隊士の方々に泣きつかれた
どうやら止めて欲しいらしいけれど勘弁してもらいたい、どう考えてもあの2人と喧嘩の仲裁に入るのは面倒ごとになる未来しか見えないんだから

ついに取っ組み合いを始めた2人を遠い目で見守っていると善逸に引っ張られた玄弥がこっちへやってきた


「あ…菜花さん…!」

「祈里ちゃぁあああん!!」

「2人とも元気そうだね」

「そう見える?!こんなにボロボロなのに!!?」


元気が有り余ってそうな善逸にけらけら笑ってから玄弥に目を向けるけれど、その表情はとても固い
刀鍛冶の里での一件の後で蝶屋敷で会話をしたけれど玄弥は兄思いのいい子だ
私より歳上だけど敬意を持ってさんづけで呼んでくれるところも律儀で彼らしい


「玄弥、あれはどういう状況?」

「それが…俺が兄貴ともめてるところを炭治郎が止めに入ってくれたんですけど…」

「あー…なるほどね」


炭治郎は好きだ、まっすぐで素直で絵に描いたような優しい人だから
不死川さんも好きだ、見た目は怖いし口調も刺々しいけれど人一倍優しさを持っている

2人とも妹や弟思いでとってもいい人なのに、とても…いや信じられないほどに相性が悪い
そもそも春の柱合会議で禰󠄀豆子は不死川さんに刺されたと聞いていた
人当たりのいい炭治郎でも根に持っているだろう


「菜花さん、その…」

「止めてほしいって?」

「っ、はい」


申し訳なさそうな玄弥に頷いてから持っていた風呂敷を渡す


「それ不死川さんに渡すおはぎが入ってるから大切に持っててね」

「え」


驚いたような顔をした玄弥ににっこりと微笑んでから伸びをして駆け出す
走りながら近くの隊士の木刀を拾い不死川さんと炭治郎の真上に飛んで狙いを定めた

2人は互いに拳を繰り出そうとしていたのでその拳を受け止めるように木刀をねじ込めば、2人の動きが止まる


「ひとまず喧嘩はやめません?」


拳を止めたとはいえこの2人の威力のおかげで木刀を持つ手が痺れてしまった
どんな力で喧嘩しているんだと呆れつつも不死川さんを見れば私を睨みつける


「祈里、お前は引っ込んでろォ」

「いやいや、こんなところで喧嘩したってバレたらお館様に怒られますよ」


お館様の名を出すと不死川さんがぐぬぬと顔を歪める
柱はみんなお館様が絶対なのでこれはいい切り札になっていた

そして今度は炭治郎へ目を向けると顔がかなり腫れていて痛々しい
たぶんこれは普通に稽古中についたんだろうけど、こんなに腫れるまでやるか?と引いてしまう
絶対不死川さんの私怨も入ってるだろうなと察する


「炭治郎もそこまでだよ、こんなことをしに来たわけじゃないでしょう」

「ご、ごめん祈里…」


反省した炭治郎にホッとして2人から離れると隊士の人たちが涙を流しながら頷いている
何だかこの稽古は精神的にきそうだなとひどく同情した


「何でお前がここにいんだァ?」

「お使いです、今は休憩中ですか?」

「ああ」

「なら少し時間をもらえますか?」


にこりと微笑むと不死川さんがバツの悪そうに目を逸らした
その間に玄弥の下へ行って風呂敷を預かると、小さな声で「ありがとうございます」と感謝されたので頷いておいた




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「分かった、手間かけたな」

「いえいえ」


無一郎から頼まれていたものを渡して不死川さんに手土産のおはぎも渡した
随分と頭が冷えてきたようで先ほどまでの血の気はなさそうに見える


「それにしても接触禁止命令出ちゃいましたね」

「チッ…」


結局騒ぎはバレてしまったようで、不死川さんと炭治郎には接触禁止命令が出された
ああなってしまえば稽古どころではないので仕方ないと言えばそうだけれど、少し不便だなと哀れむ


「不死川さん、少し私の話をしてもいいですか?」

「あ?」

「…私、昔は幼馴染と山で暮らしていたんです」


突然過去の話を始めた私に不死川さんが怪訝な顔をする
そりゃそうだろう、以前から過去の話はしないように誤魔化してきたのにいきなりこんなことを話すんだから


「幼馴染は2人いて、双子だったその子達はいつも仲がよかったんです
でも親を失ってからは兄の方が弟を守るためにあえてキツイ言葉で突き放したりし始めたんですよ」


ずっと無一郎のことを思い、彼を守るために強くあろうとした有一郎
彼の涙を知っている私からすればその意図は汲み取れるけれど、あの頃の無一郎は厳しい兄に苦しそうだった


「私は兄弟や姉妹はいませんけど、兄ってきっとそういうものなんですよね
弟や妹を守りたくて…たとえ自分が嫌われようとも幸せになってもらおうと努力する
でも2人は互いの思いを知ることなく離れ離れになりました、もう会うこともできない…言わないと伝わらないこともありますよね」

「…何が言いてェ」

「別に、私の過去の話をしただけです」


出してもらったお茶を飲むと不死川さんはまた不機嫌そうに眉間にシワを寄せた
当の本人達は分かっていなくても側から見ればその思いはわかるものだ

有一郎が無一郎を守ろうとしたように不死川さんも玄弥を守ろうとしている
そしてそれは炭治郎が禰󠄀豆子を守りたい気持ちも一緒だろう


「時透から話は聞いた、お前があいつのとこにいる理由もようやく理解したぜ」

「あ、聞いてたんですね」


この前の柱合会議の後でそういう話になったのかもしれない
なんだ、知っていたのなら回りくどい言い方をしなくてもよかったなと湯呑みの中で揺れるお茶を見つめる

目を伏せる私に不死川さんは何も言わない
でも彼の周りに吹く風はやっぱり優しい
どれだけ言葉を態度をきつくしようとも風は嘘をつかないから全部お見通しだ
不死川さんも私が風邪を視れると知っているのであまり余計なことは話さないけれどちゃんと全部伝わっている


「手遅れにならない内にちゃんと話した方がいいと思いますよ」

「…余計な世話焼いてんじゃねェ」

「ふふ、お節介なので聞き流してください」


兄弟のことはあまり口出ししたくないけれど分かり合えないままなのは悲しい
どうかこの不器用な人の思いが玄弥に届きますようにと願うことは許して欲しい






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