閉塞成冬




12月中旬

柱稽古十数日目

多くの隊士がやってきて無一郎はかなり忙しそうなので、今日は立ち合いはなしで自己練習に励んでいる


「(息を深く吸って…体温を上げて…)」


痣の発現に向け体温と心拍数の上昇を試みる
この数日である程度まではできるようになったけれど、痣が発現するまで体温が上がらない
多分本能的に体が制御しているんだと思う、高熱は命に関わるからって

でもこの制御をなんとかしないと痣が出せない
近いうちにやってくるであろう総力戦では痣が必須条件になる
痣を発現した無一郎が上弦の伍を撃破したのだから、単純に上弦の壱、弐、参は痣状態の無一郎よりも強いかもしれないのだ

通常状態の無一郎との立ち合いでようやく互角に戦えるようになった私じゃ痣がないとこれから先の戦いでは話にならない

もう一度息を吸って全身の血流を意識する
筋肉を緊張させて血の巡りを早めると心拍数が上がる


「(鬼への怒りを思い出せ、あの日の怒りを思い出せ)」


自分の不甲斐なさで大切な人が死んでしまった
誰が何と言おうと私の罪は消えないし、これから先も一生をかけて無一郎のためにこの命を懸けるつもりだ


「(煉獄さん…)」


もしあの人が今ここにいてくれたら何て言うだろう
数回しか話したことがないのに私の心中を察したような助言をくれたのはずっと心に残っている

煉獄さんは私に卑下をするな、自信を持てと言った
自信がないわけじゃない、努力してきたことや、こうやって甲の隊士になれたことへの自信はある
でも根本的に私の心の底には罪の意識があるから自信が力に変わることはない

努力することも強くなることも全て罪滅ぼしの一環だ
私がもっとちゃんとしていればみんなをたすけられた、もっと上手くやれていたのなら…


「祈里?」


名を呼ばれハッとするとそこには炭治郎がいた
そうだ、今日から無一郎の稽古に参加していたんだっけ


「どうしたの炭治郎、稽古場はこっちじゃないよ」

「うん、少し厠に…って、それよりも祈里、手!」

「え?」


炭治郎に言われるまで気が付かなかったが私はかなり強い力で刀を握っていたらしい
あまりにも力を込めすぎて変色すらしている
慌てて私の手から刀を取り上げた炭治郎が心配そうに眉を下げた


「どうしたんだこんなに強く握って…何かあった?」


心配そうな顔をした炭治郎に眉を下げ首を横に振る
やさしい彼はきっと私の相談にも乗ってくれるだろうけど、炭治郎の時間を消耗させるのは忍びない


「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だよ」

「でも…」


炭治郎も私と同じ顔をする
2人して眉を下げているのは何だか面白い


「祈里は責任感が強い人だから全部抱え込むのかもしれないけど、全部背負う必要はないんじゃないかな」

「…鼻が効くね」

「ご、ごめん勝手に…」


私の感情を読んだ炭治郎に目を伏せる
隠したくても嗅覚のいい彼には気づかれてしまった

初めて会った時もこうやって感情を読まれたなと懐かしみつつ炭治郎から刀を受け取って鞘に戻す


「…私はいろんな人に生かされてここにいる、あの時もっとこうしていればなーって思うことない?」


どうせ心を見透かされるのだからと炭治郎に問えば、彼は穏やかな表情のまま口を開いた


「あるよ、俺もたくさんの人のおかげでここにいるから
家族が鬼に殺されて、禰󠄀豆子が鬼にされて、助けたい一心で鬼殺隊に入って…煉獄さんに救われて…今も昔もずっと助けられてばかりだ」


あの日、炭治郎は私と一緒に煉獄さんの最期を見届けた
彼の死に何もできないことを嘆いたのは一緒だ
そのせいか炭治郎や伊之助とは不思議な絆が芽生えている気がする、炭治郎は特に


「そんな自分が嫌にならない?」

「嫌、か…うーん、自分の弱さを思い知ることは多いけど嫌ではないかな
弱いということは強くなれる可能性があるっていうことだから、俺は自分の弱さを思い知る度に頑張ろうって思うんだ」


その言葉にきょとんとした
前から真っ直ぐで努力家で人のことを疑わないいい子だと思っていたけど、まさかここまでだとは思ってなかったからだ
ぽかんとしている私に炭治郎が微笑んでから頭を撫でる
彼からすれば私は禰󠄀豆子と同じ年齢なので妹のように思っているのかもしれない


「俺から見たことを言うと、祈里はとても頑張っているよ
まだ若くて、体も小さくて…でも俺なんかよりずっと強くて、時透くんのために努力できる祈里は優しい人だと思う」


色んな人に頭を撫でられがちなのはきっと私が子供だからで、妹のように可愛がってもらえてるんだと思っている
炭治郎もその内の1人なのに、心を読んだことを言われたせいかお父さんに似た安心感を抱いてしまった

あの山で暮らしていたお父さんとの幸せな日々が思い浮かぶ
優しくて、温かくて、頼もしくて、大好きだったお父さん…私を守るために最後まで戦った立派な人だった


「…ずいぶん仲がいいんだね」


聞こえた声の方を向くと無一郎が少し拗ねたような顔をしていた
昔有一郎と2人でいる時に見た表情なので懐かしい


「時透くん!休憩?」

「うん、そろそろ炭治郎との打ち合いの時間だから迎えにきたんだ」

「あっ、ごめん!それにしてもあんなにたくさんの人を相手にしているのに時透くんはすごいね!」


炭治郎に褒められたことが嬉しかったのかぱああっと顔を輝かせる無一郎に私はくすくすと笑う
本当に炭治郎のことが好きなんだなと
にこにこしていると炭治郎がハッ!として私たちの顔を見比べた


「時透くんと祈里は…えーっと…つ、番だって時透くんの鎹鴉が言ってたけど」


赤くなって焦りながら告げた炭治郎につられて私も赤くなる
恋仲なのは間違いないけど番と言われると途端に恥ずかしい


「そうだよ、祈里と僕は恋仲なんだ」

「そうか、だから2人から似た匂いがするのか!」


閃いたというような炭治郎に無一郎と私が顔を見合わせ首を傾げる
私と無一郎の匂いは違うと思うけれど


「2人ともお互いのことが大好きで仕方ないっていう温かい匂いがするんだ
刀鍛冶の里で会った時もだったけど、今はそれが強まっているというか」


多分他意はなくて純粋に感じたことをそのまま話しているんだろうけれど、炭治郎の言葉に私たちは顔を赤くする
こうも自分たちの感情を丸裸にされるのは流石に恥ずかしい


「た、炭治郎!そろそろ稽古に戻ろうか!」

「え?あ、うん」


あわあわとした無一郎が炭治郎を押して稽古場へ向かう
あんな無一郎を見たのは久しぶりで嬉しいような、恥ずかしいような

顔の熱を冷まそうと縁側に腰掛けると心地よい風が吹く
冬の風は冷たいけれどその分澄んでいて私は好きだ

それに今日はいい天気だから洗濯物がよく乾きそうだと伸びをすると、颯が飛んでくる
なにかの通達とかではなくただ単にじゃれに来たらしい

縁側に座る私の足に乗って寛ぐ颯を撫でると気持ちよさそうに目を閉じる
なんとも人懐っこい子だとは思っていたけれど本当に可愛らしい


「ねえ颯、鎹鴉って訓練された鴉なんだよね?」

「ウン、ソウダヨ」

「キミは若いのに訓練は嫌じゃなかった?」


颯は他の鴉よりひと回り小さい
銀子からもおチビと言われているので子供なのだろう、それでも他の鴉に劣らない優秀さを発揮している

私の質問が不思議だったのか颯は首を傾げた


「訓練ハ楽シカッタヨ!僕ネ、祈里ト逢エタカラ頑張ッテヨカッタ!!」


無邪気に告げる颯に微笑んだ、この子も立派だ
私は本当に周りの人に恵まれている、みんな大好きで、これから先も共にいれるといいな


「颯、いつも…ありがとう」


心地よい風に眠気を誘われる
明日からまた頑張るから…今日は少しだけ歩みを止めてもいいかなと思えたのは炭治郎のおかげだ
無一郎以外でこんなにも気を許せるのは炭治郎だけかもしれない
春はあれほど警戒していたのに時の移ろいは不思議なものだと思い出を懐かしみながら睡魔に誘われ夢へと旅立つ


「…アレ、祈里寝チャッタノ?」


しばらく撫でられていた颯が私を見上げると、そこにはすやすやと寝息を立てる私がいる
颯はそんな私を見て伸びをしてから自分も目を閉じた






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