朔風払葉




冨岡さんとしのぶさんは柱稽古に不参加のため私は全行程を完遂し、今は無一郎の補佐をしながら痣の発現に向けて特訓を行っている

ガガガッと凄まじい勢いでぶつかり合う木刀
休憩中の隊士達も目の前の光景に唖然としていた
今は私と無一郎の手合わせの最中だ

無一郎の素早い動きに負けぬ速さで、しなやかにかつ力強く、目線などのトリッキーな技も使い打ち込んでいく
柱稽古で学んだことを活かしながらあの手この手で攻めている

無一郎も8割くらいは力を出してくれてるのか、いつもよりも空気がピリついていた

しばらく打ち合いをした後に私はバク転して宙を舞いながら木刀を持つ手に力を入れる
狩人の所作を振り返り集中を高めた、この一撃に最大限の力を乗せるために
着地と同時に即座に駆け出して無一郎との間合いを詰めれば、私が技を放つことに気がついた無一郎も構え直す


「風の呼吸 壱ノ型」

「霞の呼吸 壱ノ型」

「塵旋風・削ぎ」

「垂天遠霞」


お互いの技が炸裂し、ぶつかり合った木刀がバキッと折れた
おかげで体勢を崩し思いっきりその場に転げ落ちた私と、よろめいただけの無一郎
体幹も鍛えなきゃだな…と寝そべっていると無一郎が起こしてくれた


「うん…すごく良くなったね、もう祈里相手に手加減は出来ないや」


その言葉に目を丸くする


「え、じゃあ…今の本気出してくれてたの?」

「稽古としてはね、実戦はまた別だし痣の発現があるともっと変わるけど」


にこりと微笑んだ無一郎に周囲の隊士がザワついた
あまり笑わないと思っているんだろう、無一郎は本当はとても喜怒哀楽がはっきりしてるというのに
無一郎はお世辞を言わない、だからこそ褒められたことがとても嬉しい


「やった!やった!よーし、頑張るぞー!」


無一郎に褒められてぴょんぴょんしてる私を見た隊士はまた更にザワつく
どう見ても子供なのに柱候補かつ一般隊士のトップには見えないと

その後、隊士達の休憩が終わり稽古が再開する
その間に私は隠の皆さんと隊士たちの夕飯を作った

ここは2人目の柱だから比較的多くの隊士がやってくる
宇随さんのしごきを耐えた隊士なのだが中には音を上げる者もいた

そういう者や、楽しようとする者には無一郎は厳しく当たる
反対に努力して結果を出す者はちゃんと褒めるし優しい

厳しくしている時の無一郎はまるで有一郎だ
記憶をなくしていた時もそっくりだったので上手く使い分けているんだろう
人には褒められて伸びる者と叱られて伸びる者とがいるため上手な付き合いをしていかないとならない


「お疲れ様です、みなさんこちらにどうぞ」


稽古が終わった隊士を大広間へと案内してそちらで夕飯を振る舞う
守屋さんや向田さんの指示で働く隠の方は大忙しだ

私も手伝おうとすると、2人から「祈里様は調理も手伝ってくださったのですからもうお休みください!」と断られてしまった
しょんぼりしながら大広間でみんなと一緒に食事をするかと考えていると、そんな姿を見た無一郎が首を傾げる


「何してるの?いつもの部屋で食べようよ」

「せっかくみんな来てるのに?」


これだけ多くの人と食事をする機会なんてないし、てっきり私たちも大広間でいただくんだと思っていたのできょとんとする
すると無一郎はしばらく考えてから辺りの隊士に目を向けため息を吐いた


「駄目、祈里は僕と2人で食べるの」

「ええー」


そんなぁと嘆く私をずるずる引きずっていく無一郎
それを眺めていた隊士は呆気にとられていた




−−−−−−−−
−−−−


※無一郎視点




祈里が柱稽古から帰ってきた
以前よりも実力がかなり向上しており、正直ここまで変わるのかと驚いたのが本音だ

各柱を1日という最短期間で合格したのはやっぱり祈里が僕ら柱の候補であるからだろう
祈里もお館様とあまね様に言われてようやく意思が固まったのか、今までよりもその吸収力は凄まじい

立ち合い中の祈里は数日前とまるで別人で、僕も手加減などできなかった
勿論稽古としての本気であって、実戦でのそれとは違うけれど油断はできなかったと思う


「風の呼吸 壱ノ型」

「霞の呼吸 壱ノ型」


バク転をして着地と同時に飛び出してきた祈里にハッとして木刀を構える
今の動きに無駄なところは1つもなくて僕の方が反応に遅れかけた


「塵旋風・削ぎ」

「垂天遠霞」


ぶつかった木刀がバキバキと折れた
僕は向かってきた祈里の攻撃を受ける側だったから少しよろめいただけで済んだけど、祈里はそのままの勢いで地面に転がる
痛そうだなと思いながら起こしてあげると少し落ち込んでいるようだった

きっと自分なんてまだまだと思ってるんだろう
そんなことないのに祈里は随分と自分を過小評価する癖がある


「うん…すごく良くなったね、もう祈里相手に手加減は出来ないや」


そう告げれば祈里は目を丸くして僕を見た


「え、じゃあ…今の本気出してくれてたの?」

「稽古としてはね、実戦はまた別だし痣の発現があるともっと変わるけど」


祈里の成長はこの屋敷に押しかけてきた時から見ているせいか、その成長が嬉しい
その上、僕も頑張らないとって気持ちになる


「やった!やった!よーし、頑張るぞー!」


無邪気に喜ぶ祈里は子供っぽくて思わず笑みが溢れた
元々彼女はこういう年相応の行動をよくする
妙に達観している部分もあるけれど平たく見れば14歳らしい普通の女の子だ

そんな祈里の姿を見ていた隊士の中には何やらよからぬ感情を抱いていそうな者がいる
幼いとはいえ祈里は美人だ、成長すれば確実に縁談も引く手数多になるだろう
性格も明るくて素直で、料理も上手で気配りもできる


「(あれ、祈里ってかなり人気なんじゃ…)」


今まで祈里の傍に僕がいるからってそんなに目立ったアプローチをする人は少なかったけれど、こんな隊士まみれの状況は非常にまずいかもしれない
厨房へと向かった祈里を送り出してから彼女に鼻の下を伸ばしていた隊士に目を向ける


「休憩おしまい、ほら早く立って」


自分でも驚くほどの冷たい声
明らかに隊士の顔色が悪くなったけど、変な気を起こさないようにしてあげないといけないから仕方ないよね

稽古に来る隊士は宇髄さんのところで合格を出された者のみなのである程度根性があるはずだけど、中には楽をしようとしたり機嫌がいい僕に取り入ろうとしてくる者がいたのでそういう人には厳しく接する

鬼殺隊に入った人の中には最終選別を同期を蹴落としてでも生き残った人がいる
別にそれも合格は合格だから否定はしないけれど、そういう人は大抵こういう稽古の場で炙り出される
柱稽古は隊士の底上げ、柱の痣の発現、そして為体な隊士の間引きも兼ねていた

鬼が静かにしている今だからこそ出来るこの稽古で来たる決戦に向けて質を上げなければならない
鬼がどれだけいるかは分からないけど、柱はたった7人しかいない
一般隊士にも強くなってもらわないといけないんだ


「お疲れ様です、みなさんこちらにどうぞ」


稽古が終わった隊士に祈里が声をかけにきた
ぞろぞろと移動して守屋さんたちの作った夕飯を食べる隊士を眺めていると祈里が項垂れている


「(え、待って、どうしてここで食べようとしているの?)」


そういえば前に誰かと食べるご飯は美味しいって言ってたっけ
じゃあこの大広間で食事するの?こんな隊士に話しかけられるような状況で?
困惑しつつ祈里のところに向かう


「何してるの?いつもの部屋で食べようよ」

「せっかくみんな来てるのに?」


やっぱり祈里はそういうと思った
隊士に目を向ければ慌てて逸らす者や祈里のことをチラチラと確認している者がいる
ほら、不安は的中した

その隊士に少し睨みをきかせてからため息を吐く
顔は覚えた、明日の稽古でキツくしようと


「駄目、祈里は僕と2人で食べるの」

「ええー」


そんなぁと嘆く祈里をずるずる引きずっていく
2人だけの部屋について、食事を運んでもらって2人で食べる

祈里の瞳には僕しか映っていないというのが気分がいい
そんな僕の気も知らず、祈里は美味しそうに夕飯を頬張っていた






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