虹蔵不見




柱稽古3日目
今日は蜜璃さんのところで柔軟の稽古だ


「はーい息吸って」

「すうっ」

「えい!」

「いたたたたたた!!!」


蜜璃さんの力技により無理やり開かれる足
柔軟な方だと思ってたけど、やっぱり蜜璃さんほどのしなやかさはない


「祈里ちゃんとお稽古なんてとっても嬉しいわぁ!
このあと軽く立ち合いもしましょうか!」

「はい!お願いします!」


蜜璃さんの柔軟さは相手を翻弄するのに役立つ
私は動きが止まることから相手に読まれやすいため、こういったしなやかさが必須だ

しのぶさんも舞うように戦うけど、蜜璃さんのはどちらかというと踊っている方が近い
滑らかな動きは相手の攻撃を避けるのも役立ちそうだ


「そうそう!祈里ちゃんは体も柔らかいし身軽だからしのぶちゃんと私の動きのいい所取りをするイメージで!」


立ち合い中、蜜璃さんに助言をもらい2人の動きを想像した
いくら呼吸で強化できるとはいえ体格はほとんどの人に劣るからこそ速さで攻めるしかない私の動きに2人の動きが混ざれば大きな武器になる

蜜璃さんの頭上を飛び越え着地と同時に足元へ潜り込む
視界から消えた私に蜜璃さんが「え」と声をあげるも、彼女の木刀をはじき飛ばした


「す、すごいわー!!!祈里ちゃん前から吸収力がすごいって聞いていたけれどまさかこんなすぐに出来るなんてすごい!!」

「蜜璃さんのおかげですよ」

「キャー!褒めても何も出ないぞー!」


その後は蜜璃さんと美味しいおやつをいただいた
食べることも隊士の努めだと2人して笑い合いながら過ごす時間はとても楽しかったように思う




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柱稽古4日目
今日は伊黒さんの下で太刀筋の稽古だ


「よろしくお願いします!」

「よく来たな菜花、最中を用意している
稽古が終わったら食べるといい」

「わあ!嬉しいです!」


伊黒さんは私に甘い
別に何かあった訳でもないけど、初対面の時に元気に挨拶をしてからというものこんな調子だ

伊黒さんの用意した障害物を避けながらの立ち合いを行い、彼の予測不可能な太刀筋を見極めながら戦う


「菜花、お前は速さはあるが太刀筋が読まれやすい」

「なるほど」

「時透のように体の動きを読ませない隊服にするのも手だが、それ以外だと目線を上手く使え」


伊黒さん曰く、私は集中のあまり目線が次の手を教えているのだとか
例えば斬り込む時に1度手元を確認するらしい
そんな頻繁におこなっているわけじゃなくて、集中力が高まると出てると教えてもらった


「目線は古くから相手の動きを読むのに使われる、それを逆手に取り上手く翻弄しろ
そうすればお前の速さと共に強力な武器になる」


伊黒さんはとても丁寧に目線誘導の方法などを教えてくれた
どうすれば相手を欺けるかを教えてもらいまた手合わせを行う

確かに先程よりもずっと戦いやすい


「よし、ここまでにしよう」

「えっ、もうですか?」

「目線誘導は強力だが何度も通じる物じゃない、現に俺はもう菜花の動きを読める」


さらりと格の違いを見せつけられてショックを受けていると、伊黒さんが手招きした
そちらへ向かえば約束の最中が用意されている、しかもお茶まで


「よく頑張ったな」


そう言われると何だか少し照れくさい
私に兄がいたらこんな感じなんだろうかと伊黒さんとの会話を楽しんだ




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柱稽古5日目
今日は不死川さんの下に来ている

正直不死川さんとは何度も稽古しているので、本来ならひたすら打ち込み稽古らしいけれど私は特別に風の呼吸の型の精度向上稽古を受けていた

不死川さんに全てを型を見せてもらってひたすらに特訓を行う
何度も何度も技を繰り出し、不死川さんの合格が出るまでひたすらに剣を振るう
より本番を意識した特訓の方がいいという事で真剣を使わせてもらっていた


「違う、そこで刀を捻らねェと次の動きに繋がらねェ」

「はい!もう一度お願いします!」


型が出来るまでぶっ通しで行った稽古は夜までかかった
1つ1つの技は悪くないらしいけれど、連続して使うとなるとどうしても構え直すなどの作業がいちいち時間がかかりすぎなのだと言われてしまいその修正に勤しんだ
ほとんど休憩もなしに続けていたので不死川さんから合格が出た時は地面に倒れ込んでしまった

そんな私を呆れたように見つつも不死川さんは「よく頑張ったな」と褒めてくれる
今までも優しかったけれど改めてその優しさに触れて思わず頬が緩んだ
すると不死川さんのお屋敷の隠の方が「お夕飯の支度は整っております」と言うので2人でいただくことにした


「祈里、そういやお前何で柱にならねェんだ?条件は満たしてんだろ」


夕飯をいただきながらそう尋ねられて言葉に詰まる
実力不足だからなんて言ったら殴られそうだ


「うーん、そのですね…」

「…俺がいるからか?」

「え?」

「お前も俺も同じ風の呼吸の使い手だ、風柱は2人もいらねェ…そういうことか?」


思わぬ発言にきょとんとしてすぐに否定した
言われてみれば確かに不死川さんと私が2人とも柱になったらどうなるんだろうか
2人共風柱じゃややこしいだろうから何か別の名を付ける必要があるのかもしれない


「いえいえ、不死川さんがいるからとかじゃないです
ただ…自分が納得してないのに柱にはなれないって、そう思ったんです」

「…納得ねェ」

「すみません情けないことを言って」

「いや、言ってることが分からねェ訳じゃねえよ
柱だろうが何だろうが鬼をブチ殺すことに変わりねェ、お前が好きな方を選べばいいさ」


そう言ってまた食べることを再開した不死川さんに微笑む
この人は私の良き理解者だ
先生に頼まれたって言ってたけど、それ以上に不死川さんが面倒見がいいからこんなに手厚くしてもらっている


「不死川さん」

「あ?」

「いつもありがとうございます」

「馬鹿なこと言ってねェで食え、明日は悲鳴嶼さんとこだろ、あの人の稽古はキツイぞ」


フッと呆れたように笑った不死川さんに元気よく返事をして美味しいご飯をいっぱいいただいた




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柱稽古6日目
悲鳴嶼さんの下での筋力強化稽古


ドドドドという轟音と激しい痛みを感じながらも滝修行中の私は精神統一を行っている
意識を集中すれば寒さや熱さは感じない、悲鳴嶼さんはそう言ってた
だから心を無にして頭を空っぽにしてひたすらに集中する

その後は丸太3本を担いだ
重いなとは思ったけど呼吸で全身を強化すれば何とかなる

そして最後は巨大な岩を一丁先まで押すというもの
流石にこの巨大な岩を押すのは一筋縄ではいかない

一度深呼吸をしてから岩を見つめる
滝で行った頭を空っぽにする動作、そして丸太を担いだ時の筋力強化
それらを極限まで高め力に変えるには動機がいる


「(私の動機…いつも鬼を前にして思うこと)」


激しい怒りがふつふつと湧くあの感覚
そして全身が冷えきって研ぎ澄まされるあの感覚


「(いや、違う)」


そんなんじゃない、極限まで集中を高めるための動作はお父さんから学んだ
獲物を狙う猟師としての振る舞い
身を隠し獲物を狙う、息を殺し自然と一体化する、頭にあるのはただ1つ、命を頂くことへの感謝の念のみ

その動作を1つ1つ思い起こし、深呼吸をしてから岩を押せばその巨岩はズズズと動いた
一度動かしてしまえば後はこれを途切れることなく継続するだけだ

その後何時間か押し続け、一丁先まで押した私はぜえぜえと呼吸をする


「よくぞやり遂げた、菜花」


終着点にいた悲鳴嶼さんは私を見て「合格だ」と言った
その言葉を聞いて悲鳴嶼さんを見上げれば、目が見えていないはずなのに私の方をしっかりと捉えている


「ありがとうございました」

「礼など要らぬ…お前には強くなってもらわねばならん、それ故の事」


素っ気ない物言いだけど悲鳴嶼さんは私が合格出来ると信じてくれていた、だからゴールであるここで待っててくれたのだ
期待してもらえることは嬉しい、その期待に応えなきゃと更に上を目指せる


「菜花、お前を認めよう」

「え、それはまだ早いですよ」


立ち上がって土埃を落としてから悲鳴嶼さんへ手を差し出した、所謂握手だ


「認めるのはこれから先の私の行動を見て決めてください、この柱稽古で何を学んだかは結果で示します」


期待に応えた時にこそ認められたい
今はまだ学んだだけで何の成果も果たせてないのだから

悲鳴嶼さんはしばらく黙り込んでから少し微笑んだ
彼が笑った姿を見るのは初めてのことだったので少し驚いてしまう


「そうか…そうか、菜花…お前は違うのだな」


そう呟いた悲鳴嶼さんが私の手を握る
私よりも随分と大きなその手はとても温かい
気がつけば私も悲鳴嶼さんにつられて微笑んでいた






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