金盞香




あまね様が来られたのはお屋敷内のどこかの廊下、庭には太い幹の木がある


「あの木、あちらが時透様が意識を戻されてから修行なさっていた木です」


言われてみればかなり打ち込まれた跡がある
木刀で何度も何度も斬りかかったんだろう、ボロボロの体で何度も


「痣のこと、申し訳ありません」

「そんな…どうしてあまね様がお謝りになるのですか」

「祈里様はずっと時透様を気にかけておいででした、私が景信山でお会いした時から
そんなあなたにはさぞお辛いでしょう、しかし何も手立てが無く…申し訳ありません」

「謝らないでください、無一郎はお館様やあまね様の力になれるのなら寿命が早まることも厭わないと思います」


依然としてあまね様の表情は暗い
鬼殺隊に入った時から私たちはみな覚悟している
明日生きられるような保証もない世界なのだ、いつ何が起こってもいいよう全員が遺書を書き残していた


「祈里様…これは耀哉からの言伝です」


言いづらそうにあまね様が口を開く


「現在柱を除く甲の隊士はあなたのみとなりました、故にあなたには柱同様の戦力をつけていただきたい」

「…私以外の方が…全滅…」

「柱2人が不在となっている今、これは急務だとも…そして…菜花様の意思を尊重できぬことを詫びておりました」


私は柱になることを断っている
でも結局は強くならなくてはいけないし、いずれ否が応でも柱として立たねばならないのかもしれない

煉獄さんは私が柱になれると、そう言ってくれた…信じていると言ってくれた

その場に片膝をついて頭を下げる
私の命の恩人であるあまね様の頼みだ、それにお館様は無一郎の恩人でもある
その方々が私の力を必要としてくれるのならば応えねばならない


「承知いたしました、必ずやご期待に応えてみせます」


あまね様のお話を聞いてからお屋敷を出ると無一郎が待っていた
彼から聞いた話によると、明日から柱稽古を行うという

柱より下の階級の者が柱を順番に巡り、稽古をつけてもらえるというものだ
禰豆子が太陽を克服して以来鬼の出現がピタリと止んだ今だからこそ隊士の底上げと柱の痣の発現のために行うらしい

2人でお屋敷まで歩きながら話をしていると、無一郎がため息をつく


「せっかく祈里と暮らしてる家なのに他の隊士が来るのはちょっと面倒だな」

「でも炭治郎も来ると思ったらちょっとやる気出る?」

「あ、それは出る」


この前の一件で無一郎が記憶を取り戻したきっかけを聞いたところおじさんと炭治郎を重ねたらしい
確かにおじさんの目と炭治郎の目は同じ赤色だし、雰囲気や性格も似ている
彼の言葉がきっかけになったとか
無一郎はそれ以来いたく炭治郎を気に入っているし、私も無一郎と炭治郎が仲良いのは嬉しい


「そうだ、あまね様のお話って何だったの?」

「…甲の隊士が柱と私以外全滅したらしいんだ」

「えっ」

「この前の刀鍛冶の里での一件より前にやられたらしいの、だから私には強くなって柱に匹敵する力をつけて欲しいって」


甲の隊士は柱を除けば10名も居なかった
それがこんな短期間で削られたのだ、上弦の鬼の仕業かもしれない

他の方とは数回会った事があったけど、どの方もみんな努力を重ね己に厳しかった
あの人たちがみなやられたのだと思うと今の私じゃ実力不足だろう


「じゃあ祈里も柱稽古に参加するんだ」

「そうだね、鍛えてもらってくるよ」

柱に直接指導してもらえるなんて機会そう無い
無一郎のところに乗り込んで来た私が言えた口ではないけど、柱は多忙だ
だから基本的には継子以外には稽古をつけない
つまり不死川さんに稽古をつけてもらっていることはありがたいことなんだ




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柱稽古1日目

今日は宇髄さんのお屋敷に来ている


「こんにちは!よろしくお願いします!」


にこにこしている私、他の隊士もまずはここから始まるのでみんな大集合だ
宇髄さんのところでは基礎体力の底上げが目的なのでひたすら走り込みをさせられる
しかもその道には山も入っておりまあまあハードだ

数時間後、相変わらずにこにこしている私の周りでは多くの隊士が転がっている


「遅い遅い遅い遅い!何してんのお前ら意味わかんねぇんだけど!!
まず基礎体力が無さすぎるわ!!走るとかいう単純なことがさ!!
こんなに遅かったら上弦に勝つなんて夢のまた夢よ!?」


転がってるみなさんに向けて怒鳴る宇髄さん
上弦の陸を倒して柱を引退されてからも元気そうで何よりだ


「菜花を見習え!こいつァ地味だがちゃんと出来てる!!!」

「(あれ、今バカにされた…?)」


何故にと宇髄さんを眺める
筋トレや呼吸法の訓練など基礎的なことを宇髄さんに学び、彼が合格を出した者だけ次の柱の下に行けるらしい

その後も全て卒なくこなす私は宇髄さんから次の柱、無一郎のところに行くことを許可された
今日は私だけが合格らしい、ということは明日は無一郎を独り占めできる


「おや、随分ご機嫌だね」

「あ、まきをさん!雛鶴さんに須磨さんも!」


柱稽古中はその柱のお屋敷に泊まることになるので今日は奥方3人のご飯をいただくことになる
宇髄さんは奥さんが3人もいるのだが、忍の世界は一夫多妻制が当たり前だそうだ


「明日無一郎のところに行けるのが嬉しくて」


そう告げると3人は顔を見合わせて微笑む


「ところでどこまで進んだんです?」

「え」

「恋仲になって随分経つのよね?」

「あの」


ずいっと顔を寄せられて顔が引き攣った
幸いこの場には私たちしかいないので誰かに盗み聞きされることはない
でもこういう話をするのはやっぱり恥ずかしいものがある

「接吻はしました?」

「押し倒した?」

「夜伽はしたかい?」

「ちょっと待ってください!直接的すぎます!!!」


さすが宇髄さんの奥方、積極的で押し負けそうになる


「よ、夜伽って…私達まだ14ですよ」


そう言うと3人はぽかんとした表情をする
その顔からして私の背を冷や汗が伝った


「…え、まってください…14でもできるもんなんですか?」

「そりゃあ祈里ちゃんが頑張れば」

「ひょえ」


私だって恋仲の男女が何をするかくらいは知っている
でもそういうのはもっと先の話だと思っていたので目が点だ


「そうだ、これあげる」


渡されたのはころんとした可愛らしい飴玉の入った包み
何だこれと不思議に思ってると、3人はにっこりと微笑む


「それを食べさせればきっと大盛り上がりですよ」

「なんてもの渡してんですかー!!!!?」


つまりこれは所謂媚薬的なそれだろう
忍界隈では普通なのかもしれないけれど私はただの14歳だ、そういうことは勘弁してほしい


「あ、天元様が呼んでるから私たちいかなきゃ」

「またね祈里ちゃん」

「どうだったか感想教えてくださいね!」

「ちょっ」


止める間もなく行ってしまった3人
残された私は手元の包みを見て大きくため息を吐いた
この包みはそっと宇髄さんに渡しておこう、あと奥方3人の押しが強すぎることも注意しておこう




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柱稽古2日目
今日は無一郎のところで高速移動の稽古だ


「祈里様お帰りなさいませ!」

「ただいまです、今日は私だけだそうなのでみなさん気遣いなく」


向田さんや守屋さんの歓迎を受ける
このお屋敷に隊士の人が来たら全員分の食事を用意しないといけないので大変だろうから今日くらいのんびりしていてほしい


稽古場へ行くと無一郎が居た


「ようこそ祈里」

「よろしくお願いします」


いくら恋仲でも稽古は手を抜かない
いつもの立ち合いに筋肉の弛緩と緊張の切り替えなどを必要とされる稽古に息が上がる


「祈里は動きは軽やかだけどどうしても動作が遅れる癖があるね」

「えっ」

「変に意識して逆にぎこちなくなったらって思って言わなかったけど、お館様の命もあるしこの機会に直したほうがいいと思う」

「そっか、全然気づかなかった」


その後無一郎と立ち合いをしながらおかしい箇所を指摘される
今日の稽古で分かったのは咄嗟の判断力だ
これはひたすらに稽古をするしかないようで、無一郎の下で行う高速移動の稽古は及第点らしい
そのため明日は蜜璃さんのところに行くんだけど、この後の稽古は全て判断力を鍛えることを意識するべきという助言をもらった

無一郎との稽古の後、素振りをしながら判断力について今までを思い返す

先生のところで稽古している時は一般人よりは判断力があった方だった
でも隊士になって、それも階級を上げてからは咄嗟の場面で頭の中で考えてしまう癖がついている
そりゃあ考えなしに突っ込むのもダメだけど、限られた一瞬で的確な判断を下すことで先手を取れるのだという


「判断、かぁ…」


思えば昔から考える癖のある子供だった
小難しく考え、達観したかのようなものの見方をする
もはや個性にも近いそれを剣を握ってる時は変えないといけない

やることは分かったけどまだまだ前途多難だ






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