土脈潤起




8歳になった頃、お父さんがいつものように猟から戻り街へ行くことになった
そして今回は私も連れて来てもらっている


「わぁ…人がいっぱい…!」


今まで時透家としか交流がないため道を歩く人全てが新鮮だった
食べ物を売っていたり、着物を売っていたり、お店によってそれぞれ売り物は違うらしい
店主であろう人が客と話をして物品と金銭を交換している


「(知らないものだらけだ…!)」


きょろきょろしながらお父さんについていくと、取引相手である大人の人と難しい話を始めたので大人しく待つことにした
数分すればお父さんは持っていた獣を渡して代わりにお金を受け取った
取引相手の男の人は私を見てにこにこと笑って手を振ってくれたので私も振り返す

その後お父さんが連れて来てくれたのは甘味処という場所だった
道に面した椅子に腰掛け、日除けの番傘を見上げているとお店の人が何かが乗ったお皿を持って来てくれた


「はいどうぞ、菜花さんにはいつも世話になってるからサービスしといたよ」

「どうもすみません、お気遣いありがとうございます」


感謝を述べるお父さんにつられてぺこりと頭を下げると、お店の女の人に撫でられた
「いい子じゃないか」とお父さんと話しているけれど、誰かに褒められるのはやっぱり気恥ずかしい

と、ふと視界に入って来たのは先ほど持って来てくれたお皿
そこには見たことのないものが乗っている


「さあ、いただ…ん?祈里どうした?」


女の人が店に戻ってからお父さんがこちらを向くけど、そこには不思議そうにお皿の上のものを凝視している私の姿


「何これ、見たことないけど…食べ物?」


茶色っぽい煎餅のようなものに餡が包まれているそれは甘い香りがしてとても興味を惹く
そわそわしている私を見てお父さんはぷっと吹き出して笑った


「あ、それバカにした笑い方だ」

「あはは!ごめんごめん、祈里が可愛くて」


けらけら笑うお父さんが皿の上のものを指差した


「これは最中という菓子だよ、食べてみるといい」

「うん、いただきます」


いつものように手を合わせてから最中にかぶりつくとパサっとした食感の後に餡の甘さが口いっぱいに広がる
何とも不思議な食感にもぐもぐと口を動かしながら手元の最中をまじまじと見つめた

そしたらお父さんがまた笑うのでムッとしてしまった


「どうだ?美味しいだろう?」

「うん、何だか不思議な味がする」

「父さんここの最中が好きなんだ、祈里も気に入ってくれて嬉しいよ」


もう一個食べていいとお父さんは言ってくれたけれど、お皿の上にはあと一つしか最中はない
きっとお店の人が一つサービスしてくれたんだろう
私は最中を半分に割って片方をお父さんに差し出す


「半分こしよう」

「え、でも」

「お父さんが好きなものなら一緒に食べたい」


お父さんは前に誰かと一緒に美味しさを共有することは素晴らしいと言っていた
きっと私にって譲ってくれたんだろうけど、どうせなら一緒に美味しいものを食べたい

少し驚いた顔をしていたお父さんはフッと微笑んで半分の最中を受け取った


「いただきます」


ぱくりと一口で食べてしまったお父さんは私と同じ幸せそうな顔をしている


「(うん、やっぱり一緒に食べたほうが美味しいや)」


この日から最中は私の大好物となった

甘味処を出てから山に向かって歩いていると、一つのお店で綺麗な風車を見つけた
風が吹く度にくるくると回るそれは何故か目を惹く
私の視線を追ったお父さんは風車のある店へと足を進めた


「こんにちは、この風車一つもらえますか?」

「はいよ!」


あっという間にやり取りを終えて戻ってきたお父さんは風車を私に渡してくれた
嬉しいけれど贅沢はできない生活をしているのでお父さんを見上げれば、いつものように微笑んでいる


「さっき最中をもらったからお返しだよ」

「(最中もお父さんのお金で買ったものなのに)」


再び山に向かって歩くお父さんの横をついていく
歩くと風が生まれるのか、手元の風車はくるくると回っている

今日は贅沢で幸せな日だなと頬を緩ませた






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