地始凍




刀鍛冶の里の一件から数日後
今日は緊急柱合会議が開かれている

お館様のお屋敷の一室に集まる柱の面々
そして何故かそこにいる私
不死川さんがわしゃわしゃと私の頭を撫でる


「おいなんで祈里がいんだァ?」

「それが、お館様がお呼びだと手紙をいただいたので…ちょ、髪がぼさぼさになるのでやめてください!」


庭に植えられている松の木に停まった颯が「カァー」と鳴いた
無一郎がお屋敷に帰ってきてまだ数日だという時に突然召集がかかったかと思えばまさかの柱合会議なんだから驚いている


「きっと菜花も上弦に遭遇した身だからだろう」


悲鳴嶼さんのお言葉に不死川さんが盛大なため息を吐いた


「あーあァ、羨ましいことだぜぇ…なんで俺は上弦に遭遇しねえのかねえ」

「こればかりはな、遭わない者はとんとない…甘露寺と時透、それに菜花、その後の体の方はどうだ?」


そう問いかけてきた伊黒さんに蜜璃さんが顔を明るくさせた
蜜璃さんの嬉しそうな表情が微笑ましい


「あっ、うん、ありがとう随分よくなったよ!」

「僕も…まだ本調子じゃないですけど…」

「私は2人ほど重傷ではないので特には」


それぞれがそう答えると伊黒さんは「そうか」とだけ告げる
伊黒さんは蜜璃さんのことが好きだとは聞いているけど、私まで心配してくれたのは嬉しい
以前会った時も私が最中を好きと聞いたのかわざわざ買ってきてくれるという優しさに溢れた人だ


「これ以上柱が欠ければ鬼殺隊が危うい…死なずに上弦2体を倒したのは尊いことだ」

「甘露寺さんと時透さんですが傷の治りが異常に早い、何かあったんですか?」


しのぶさんの言うとおり2人は蝶屋敷について2日間寝込んだ後、3日でかなり回復するという凄まじい回復速度だったのだ
同じくらい重傷の炭治郎は7日も眠り続けたというのに流石柱、こういうところも凄まじい


「その件も含めてお館様からお話があるだろう」


冨岡さんがそう告げた後、部屋にあまね様が入って来られた
傍には2人の子供もいて、その子が最終選別で進行役をしていた2人だと気づきギョッとする
あの場にいたのはお館様とあまね様のご息女だったのかと


「大変お待たせ致しました、本日の柱合会議産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせていただきます
そして当主の耀哉が病状の悪化により今後皆様の前へ出ることが不可能となった旨、心よりお詫び申し上げます」


そのお言葉に柱が一斉に頭を下げる
私も少し遅れて頭を下げた


「承知…お館様が1日でも長くその命の灯火燃やしてくださることを祈り申し上げる…あまね様も御心強く持たれますよう…」


悲鳴嶼さんの言葉を聞いたあまね様は1拍置いてから口を開く


「柱の皆様には心より感謝申し上げます
既にお聞き及びとは思いますが日の光を克服した鬼が現れた異常、鬼舞辻無惨は目の色を変えてそれを狙ってくるでしょう、己も太陽を克服するために
大規模な総力戦が近づいています、上弦の肆・伍との戦いで甘露寺様、時透様のお2人に独特な紋様の痣が発現したという報告が上がっております
お2人には痣の発現の条件を御教示願いたく存じます」


縁側に降り立ったのは銀子と蜜璃さんのカラス
ふんぞり返っている銀子を呆れた目で見ていると無一郎と蜜璃ちゃんが不思議そうな顔をした


「(そうか、2人は自分に痣が発現したことに気づいてなかったんだ)」


思い出すのは無一郎の頬に現れた雲のような紋様
あれが現れてから無一郎の動きが段違いに良くなったんだっけ


「戦国の時代、鬼舞辻無惨をあと1歩というところまで追い詰めた始まりの呼吸の剣士たち
彼らは全員に鬼の紋様と似た痣が発現していたそうです、伝え聞くなどしてご存知の方はご存知です」

「俺は初耳です、何故伏せられていたのです?」


この場にいる者で知ってる人はいないようで、皆不思議そうにしていた


「痣が発現しない為思い詰めてしまう方が随分いらっしゃいました、それ故に
痣については伝承が曖昧な部分が多いです、当時は重要視されていなかったせいかもしれませんし
鬼殺隊がこれまで何度も壊滅させられかけ、その過程で継承が途切れたかもしれません
ただ1つ、はっきりと記し残されていた言葉があります
“痣の者が1人現れると共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる”」

「始まりの呼吸の剣士の1人の手記にそのような文言がありました」


あまね様のお言葉に付け加えるように黒髪の御息女が手記のようなものを出す
そんな昔からの書物が残っているなんてすごい


「今この世代で最初に痣が現れた方、柱の階級ではありませんでしたが竈門炭治郎様、彼が最初の痣の者
ですがご本人にもはっきりと痣の発現の方法が分からない様子でしたのでひとまず置いておきましたが、この度それに続いて柱のお2人が覚醒された…御教示願います、甘露寺様、時透様」

「はっはい!!あの時はですね、確かにすごく体が軽かったです!
えーっとえーっと…ぐああああーってきました!グッてしてぐあーって!
心臓とかがばくんばくんして耳もキーンてして、メキメキメキィッて!!!」


蜜璃ちゃんの効果音満載かつ抽象的すぎる説明に一同が固まる、私は笑いそうになるのを必死に堪えた
こんな静まり返った空気で笑うなんて絶対にあってはならない


「申し訳ありません、穴があったら入りたいです」


深々と土下座した蜜璃さんに思わず「フフッ」と声が漏れてしまった
近くにいたしのぶさんには聞こえたようだけど、無一郎の背に隠れ何とか顔を隠す
そして私の前に座っていた無一郎が小さくため息を吐き口を開いた


「痣というものに自覚はありませんでしたが、あの時の戦闘を思い返してみた時に思い当たること、いつもと違うことがいくつかありました
その条件を満たせば恐らくみんな痣が浮き出す、今からその方法をお伝えします」


淡々と述べた無一郎に蜜璃ちゃんはぽかんとしていた
そりゃそうだろう、自分より歳下なのに論理的に説明しているんだから
でも蜜璃ちゃん安心してほしい、私も無一郎はとても同い年とは思えないから


「前回の戦いで僕は毒を喰らい動けなくなりました
呼吸で血の巡りを抑えて毒が回るのを遅らせようとしましたが、祈里に力をもらった後殺されかけていた少年を前にして以前の記憶が戻り、強すぎる怒りで感情の収拾がつかなくなりました
その時の心拍数は200を超えていたと思います、さらに体は燃えるように熱く体温の数字は39度以上になっていたはずです」


無一郎の説明によるとあの時39度の熱があったという
泡を吐いたのは毒の影響だとしても、そんな高熱まであったなんて驚きだ


「そんな状態で動けますか?命にも関わりますよ」

「そうですね、だからそこが篩に掛けられるところだと思う
そこで死ぬか死なないかが恐らく痣が出る者と出ない者の分かれ道です」

「菜花様から力をもらったと言うのは?」


あまね様の問いかけに私と無一郎は同時にあの時のことを思い出す
水の鉢に閉じ込められていた無一郎に経口で空気を送った時のことを


「それは接「ただの補助動作です!痣には関係ないことかと!!」


無一郎がなんて言うか理解したので慌てて声を発すると、柱の視線がこちらに向けられる
みんな分かっているようで変に温かい目で見られてしまい俯くことしかできない
勘弁してくれ、なんで私はここに呼ばれたんでしょうか


「そうですか…それにしても心拍数を200以上に…体温の方は何故39度なのですか?」

「はい、胡蝶さんのところで治療を受けていた際に僕は熱を出したんですが、体温計なるもので計ってもらった温度39度が痣が出ていたとされる間の体の熱さと同じでした」


無一郎の説明を受け、不死川さんがチッと舌打ちをする


「そんな簡単なことでいいのかよォ」

「これを簡単と言ってしまえる簡単な頭で羨ましい」


さらりと毒を吐いた冨岡さん
不死川さんが「何だと?」と恐ろしく低い声で言ったので私は背筋が伸びた
何度か不死川さんに稽古をつけてもらっているせいでこのピリついた不死川さんを前にすると変に緊張してしまうのだ


「では痣の発現が柱の急務となりますね」

「御意、何とか致します故お館様にはご安心召されるようお伝えくださいませ」

「ありがとうございます、ただ1つ…痣の訓練につきましては皆様にお伝えしなければならないことがあります」

「何でしょうか…?」


蜜璃さんが首を傾げた
あまね様は少し顔を俯かせる


「もう既に痣が発現してしまった方は選ぶことができません…痣が発現した方はどなたも例外なく25の歳を迎える前に亡くなるのです」


あまね様のお言葉に目の前の無一郎の背を呆然と眺めた


「(死ぬ?無一郎が?25までに?)」


何を言われているのか分からず、呆気に取られているとあまね様が「菜花様」私の名を呼んだ
いつもは祈里様なのだが、柱もいる手前そこはきっちり分けているんだろう


「っ、はい」


ちゃんと声は出ていただろうか
返事をした私にあまね様は静かに告げる


「少しお話があります、どうぞこちらへ」


柱を残して退室されたあまね様、私は立ち上がりその後を追う
お館様のお屋敷は広く、迷子になってしまいそうだ






戻る


- ナノ -