山茶始開




今日は無一郎が屋敷に帰って来る
そのため朝から隠のみなさんは大忙しで準備を進めていた


「守屋さん、何かお手伝いを」

「いいえ祈里様!今日という今日こそは譲れません!!
そもそも祈里様も完治したわけではないのですからゆっくりなさってください」


そうは言われてもじっとしている方が落ち着かない
向田さんや他の隠の皆さんに声をかけても同じことを言われてしまう
これは本当に困ってしまった

どうしようかなと悩んでいると颯が「無一郎ヲ迎エニ行ッタラ?」と助言してくれた
それだ!となったため急いでお屋敷を出て蝶屋敷へ向かうとしのぶさんが迎えてくれる


「あらあら、お迎えに来られたんですか?」

「はい、お屋敷の方には私の仕事はないみたいで」


世話係の隠のみなさんが優秀すぎて手持ち無沙汰だということを説明するとしのぶさんはくすくすと笑った


「祈里さんはいつも誰かのために何か出来ることはないか探してますね」

「えっ」

「時透くんのこと、アオイのこと、炭治郎くんたちのこと、そしてお屋敷の隠のみなさん
今回の刀鍛冶の里での一件は時透くんと甘露寺さんから聞いています
刀鍛冶のみなさんが全員無事だったのは祈里さんのおかげだと言っていましたよ」


しのぶさんの言葉に私はぽかんとしてから慌てて首や手を横に振る


「そ、そんなことないです!確かにいつも誰かの役に立てることないかなとは思ってますけど…でも今回の件は私は何も…」


上弦を倒したのは私以外の面々だ
私は金魚鬼を斬って、無一郎が回復するまでの時間稼ぎをして、炭治郎のサポートをしただけにすぎない
もしあの場に私がいないとしても結果は何も変わらなかったと思う


「ダメですよ、またそんな風に自分を卑下して」

「いたっ」


しのぶさんに額を弾かれた
加減はしてくれたようだけど流石しのぶさん、結構な痛みがある


「祈里さんは自分を卑下しすぎです
過去にあったことで自分を責めてしまう気持ちは分かりますが、過度の卑下は聞いている方もイラッとしますからね」


時透のおばさんにもあまね様にも言われた卑下癖
何年経っても治らないこれはこの先もきっと治らないだろう
しのぶさんはにこにこしているけれどその笑顔の裏ではちょっと怒っているような気がする


「…しのぶさんも自分を責めることはありますか?」


その問いにしのぶさんは少し真顔になってから困ったように眉を下げる

私が鬼殺隊に入った頃にはしのぶさんは既に柱だった
蝶屋敷の主人として隊士の治療を行いつつ、柱として鬼を狩るその姿にずっと憧れてきた
常に完璧でいるように見えるためそう質問したのだけれど、しのぶさんの表情が曇ったのですぐに後悔する


「ご、ごめんなさい…失礼なことを」

「いいんですよ、そう言えば話したことはなかったですね…私も祈里さんと同じで両親を鬼に殺されたんです」

「っ」


フラッシュバックしたのはお父さんと豆吉の姿
私を守ろうとした2人は鬼と戦い命を燃やした


「残された姉と私…2人で決めたんです、鬼殺隊に入って鬼を倒すって…同じ思いをする人を出さないために」


私と同じだ
あんな苦しい思いを誰にもさせたくない
しのぶさんも同じだったんだ


「姉は柱でした、とても強くて優しくて…そんな姉が誇らしくて大好きだった
でも姉は殉職しました、姉も鬼に殺されたんです
姉は最期に私へ"鬼殺隊を辞め、普通の女の子として幸せに最後まで過ごしてほしい"と言いました
でもそんなこと出来るわけがない…だから私は姉を殺した鬼へ復讐するために柱へなった」


私が知らないしのぶさんの過去
想像よりもずっと苦しいそれに言葉を発することができないでいると、そんな私に気がついたしのぶさんは優しく頭を撫でてくれた


「後悔なんてずっとしてます、自分を責め続けてもいます…ふふっ、私も祈里さんと同じですね」

「そんな…しのぶさんは頑張ってます!柱になって、アオイたちの面倒もみて、隊士の治療も行って…!!
私とは違う、ちゃんとすべきことを出来ている人です!!」

「祈里さん、そんなふうに言ってくれてありがとう
私もあなたのことを同じように評価してるのだけれど…分かってくれますか?」


しのぶさんは私とは全然違う
それなのに彼女は同じだと言う
正直に言うと納得ができたわけでもない、それでも言いたいことは理解できた
頷くとしのぶさんはとても綺麗に微笑む


「いい子ですね、それでいいんです
私たちは私たちに出来ることを頑張りましょうね」

「はい」


しのぶさんとの会話が終わり彼女に連れられ無一郎の下へ行くと隊服に着替えた彼が支度を終え待っていた


「あら、準備万端ですね時透くん」

「はい、お世話になりました」

「いえいえ、それではお渡しする薬の説明をしますね」


無一郎がお屋敷に戻れるとはいえ怪我が完全に治ったわけではない
本来ならもっと治療に時間がかかるはずなのに無一郎と蜜璃さんはあっという間に回復してしまったという
2人に何があったのかは近々開催する柱合会議で話し合われるらしい

無一郎が説明を受けている様子を眺めながら思い出すのは上弦との戦いで無一郎の頬に現れた痣模様
水鉢に捕らわれていた時にはなかったはずなのに、小屋へ駆けつけてくれた時には既に発現していた
そしていつのまにか痣は無くなっていて、結局何だったのかは分からず終いだ
ただ無一郎も蜜璃さんも2人して蝶屋敷に運ばれてきた時は酷い熱を出したという


「(一体何が起きたんだろう…)」


分からないことばかりだけれど痣が発現している時の彼の動きはとても目で追えるものではなかった
素早さも力も全てが底上げされているように見え、上弦の鬼も翻弄されているように感じた


「祈里……祈里ってば」

「あ…ごめん、何?」

「説明も終わったから帰ろうって声をかけたんだけど」


ぼーっとしていた私を見て首を傾げる無一郎としのぶさん
また考え込んでしまっていたらしく、慌てて2人に誤魔化すように微笑んだ

その後しのぶさんに挨拶をしてから無一郎と共に帰路につくと、冬が近いため少し冷たい風が吹いていた


「ごめんね、わざわざ迎えにきてくれたんだね」

「ううん、守屋さんたちが張り切って支度してるんだけど私だけお役目を貰えなくて」

「そっか、きっと気を利かせてくれたんだ」

「え?」


どういう意味だと問えば無一郎が私の手を握る
昔から何度も繋いだ手なのに昨日改めて告白されたせいか意識してしまう


「僕が祈里を独り占めできるようにって」

「で、でも迎えに行くように助言をくれたのは颯…」


飛んでいるであろう颯を見上げればなにやらにこにこした顔でこちらを見下ろしている
その姿からして守屋さんや向田さん、そして隠のみなさんと颯が協力していたのだと察した
自分だけが何も知らなくてまんまと気を遣われたらしい


「うそ…全然気が付かなかった…!」

「はは、祈里は勘がいい時と鈍い時の差が激しいね」

「返す言葉もないです」


勘がいいというか風が教えてくれてるだけなので私単体では鈍感な方なんだと思う
こんな勘の鈍さで鬼殺隊をやっていけているのは風のおかげだ、この力を与えてくれた神様に感謝しよう


「今日帰ったら屋敷のみんなには僕の過去のことを話そうと思うんだ」

「…無一郎がそうしたいのなら反対はしないよ」

「ありがとう
ずっと僕の面倒を見てくれたみんなにはちゃんと説明したいんだ
それに記憶を取り戻した時にこれまでみんなに親切にしてもらったこともたくさん思い出して…だからありがとうって伝えたい」


無一郎が覚えていなかったのは何も昔のことだけじゃない
鬼殺隊に入ってからも長くは覚えられなかったため隠のみなさんとの日々も忘れていたことがほとんどだったんだろう
それを思い出して感謝をしたいと告げる、それならば無一郎の気持ちを尊重してあげたい


「きっとみんな喜ぶよ、無一郎が記憶を取り戻したことは誰にも言ってないから驚くとも思うけど」

「うん、目に浮かぶ」


まず何て声をかけようかなと思案する無一郎の顔は年相応の柔らかさがある
無一郎は表情が豊かだったからこっちが本来の姿なのだけれど、長い間無表情な姿を見てきたのでちょっと新鮮だ


「あのね、記憶がない頃の無一郎って有一郎に似てた気がする」

「祈里もそう思う?僕も同じことを思ってたんだ
きっと兄さんが守ってくれていたんだと思う」

「有一郎が…」


最期まで無一郎を案じていた彼は立派な兄だった
弟のために厳しく接していたためなかなか理解されなかったけれど無一郎は今ちゃんと理解できている
有一郎がどれほど弟思いだったかを、無一郎のために強くあろうと頑張っていたことを


「うん…きっとそうだね」


そう答えた私に優しく微笑む無一郎

今日しのぶさんの話を聞いてみんな何かしら抱えているのだと知った
それならば私もこの罪を抱えたまま生きていいのかもしれない
有一郎を失った悲しみも怒りも絶望も、何もかもを抱えたまま生きていくことは許されるのかもしれないのだ

でもこれまでのように1人で抱えなくていいと無一郎は言ってくれた、一緒に抱えて行こうと言ってくれた
1人じゃないと言われて驚くほど呼吸がしやすくなったんだ

無一郎は有一郎に守られていると言う、そして私は無一郎に守られている


「(やっぱり2人共自慢の幼馴染だなぁ)」


大切で大好きなかけがえのない存在
改めてそう思い無一郎と繋がっている手に少しだけ力をこめた

2人の距離を示す影はとても近く、仲良さそうに並んでいた






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