楓蔦黄




「炭治郎!」


崩れ落ちた炭治郎に慌てて駆け寄ればその体は震えていて、彼は涙を流していた


「うっ…ううっ…禰󠄀豆子…禰󠄀豆子!禰󠄀豆子を人間に戻すために…そのために…そのためにここまで来たのに…!」


その悲痛な声になんて声をかけていいのか分からない
もう二度と家族を失う人がいないようにと鬼殺隊に入ったのに…また守れなかった
禰󠄀豆子は無限列車の時に私を守ってくれたのに私は彼女を守れなかった


「ごめん…ごめんね炭治郎…っ」


私が弱いせいで禰󠄀豆子は死んでしまった
私1人で鬼の頸を斬れていれば助かったのかもしれないのに

私が泣くのはお門違いだと涙を堪えるために顔を上げると炭治郎の向こう側、崖の方からゆっくりと歩いてくるその人物が見えたので私は思わず目を見開いた
何で…だって鬼は日の光を浴びたら消滅するはずなのに…と


「た…炭治郎!」


呆然としながら炭治郎に後ろを見るよう告げると、彼もまたその人物を見て目を見開いた

日の光の中、確かに禰󠄀豆子はそこに立っている
立って炭治郎を見つめている


「お…お…おはよう」


穏やかに微笑んだ禰󠄀豆子が言葉を発した


「禰󠄀豆子…っ!」


倒れかける炭治郎を支え禰󠄀豆子の下へ向かう
禰󠄀豆子はただ穏やかに微笑むのみだ


「禰󠄀豆子…よかった…大丈夫か?お前」

「よ…よかった、だい…だいじょうぶ…よかったねえ、ねえ」


舌足らずながらも優しく話す禰󠄀豆子は炭治郎を安心させようとしているんだろう


「いや…本当に…よかった…塵になって消えたりしなくて」


炭治郎は禰󠄀豆子を抱きしめ大声で泣いた
その姿を見て私も微笑む


「よかったね…炭治郎、禰󠄀豆子」


炭治郎が唯一の家族を失わずに済んで本当に良かった
彼が鬼殺隊に入ったきっかけを聞いた身としては目の前の光景が嬉しい
誰かを思う気持ちが時に奇跡を起こすと教えてくれた2人には感謝しなきゃいけない

禰󠄀豆子に背負われた炭治郎、不死川さんの弟の玄弥、刀鍛冶のみなさんと共に歩いていると、小鉄くんに支えられた無一郎がやってきた


「無一郎!」


駆け寄ると無一郎が「祈里、怪我はない?」と聞くので目を丸くしてしまった
私なんかよりずっと重傷なのに何言っているんだと呆れ半分で「大丈夫だよ」と告げるとホッとしたような顔をする
そして無一郎は炭治郎の顔を覗き込んだ


「炭治郎、大丈夫?」

「あ…と…時透くん…よかった無事で…刀…ありがとう」

「こっちこそありがとう、君のおかげで大切なものを取り戻した」


ね、と微笑む無一郎に頷く


「炭治郎、私からもお礼を言わせて…ありがとう」


君のおかげで無一郎は記憶を取り戻せた
そしてそのおかげで私たちは生きている


「え…そんな、何もしてないよ俺」

「いいんだ、本当にありがとう」

「ありがとう!」

「時透くん…祈里…」


眉を下げた炭治郎を見てると禰󠄀豆子が私の顔を見上げてきた
無限列車で助けてもらって以来なので頭を撫でるとにこにこと微笑む


「それにしても禰󠄀豆子はどうなってるの?」

「あっ、いやそれが…」

「お前…」


突如禍々しい声が聞こえて、その方向に目を向けると鋼鐵塚さんがいた
それもかなり怒っているようで髪の毛が逆立っている


「俺の刀はどうした!」

「落ち着いて!」


鉄穴森さんが必死に諌めているけど、どうもこれはかなりご立腹のようだ
あと邪気がすごい


「え!あ…鋼鐵塚さん?」

「俺が研いでいた刀はどうなったんだと聞いているんだ!」

「それは上弦と戦って…」

「おう!戦って?」

「戦って…あれ?どうしたっけ?俺…気を失って…」


ふと私の手元を見るとその刀がある
ああ、そうだ、拾ってたんだっけ


「大丈夫だよ、それなら私が」

「折ったな?」


私の言葉を聞く前に決めつけた鋼鐵塚さんに「え」と固まる


「あっ、いや…」

「折ったんだな?正直に言え!しょう・じき・に!!」

「違います、違います!」

「いや、だから刀ならここに…」


聞こえてないのかなと思い刀を振りながら声を上げるが鋼鐵塚さんは炭治郎に「殺してやる!」と叫んだ
ああ、だめだ、これはもうだめだ…たった数時間の付き合いだけどこの人が話を聞かないというのは重々承知している、だから諦めることにした


「禰󠄀豆子逃げろ!」

「逃げろー!」

「逃すかーーー!!!」

「鋼鐵塚さん落ち着いてー!!菜花殿も諦めないでくださいー!!」


面倒なことになったなと呆れていると、「みんなー!」と蜜璃さんの声が聞こえた
振り返るとボロボロの蜜璃さんがこちらに駆けてきている
彼女が来てくれたからなんとかなったようなものだ、本当に助かった


「甘露寺さん!」


喜ぶ炭治郎と禰󠄀豆子
そして蜜璃さんは無一郎と玄弥の肩に手を回し涙を流しながら「勝ったー!!」と叫んだ


「みんなで勝ったよ!!!すごいよ!生きてるよー!!よかったー!!」


生きていることはとても素晴らしい
生きていればこうやって喜びも分かち合えるんだから


「よかったね」


笑顔を浮かべる禰󠄀豆子にはたと蜜璃さんの涙が止まる


「えっ?」

「よかったね」

「えええーーーっ!?」


そりゃあ日の下で活動できる鬼なんて特例中の特例だもん、驚くのも無理はない


「っ…炭治郎くん!」

「はい!」

「よかったねー!!」


蜜璃さんは禰󠄀豆子を抱きしめた
いつぞやの柱合会議では批判の方が多かったというのに、炭治郎と禰󠄀豆子はどんどん認められていく
きっと2人が真っ直ぐ生きているからだ


「しゃべってるけど目も牙もそのままだし、よく分かんないけど俺…禰󠄀豆子が生きててくれて…生きててくれてよかった」

「うんうん、よかったねー!」

「よかったー!」


みんながよかったと声を上げる
こんな平和な光景を迎えられて本当によかった

この里の一件で私はようやく一歩前に進めた気がして、少しだけ…少しだけ…罪を償えたような気がした




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里からの帰り際に熱烈な見送りを受け帰還した私達は蝶屋敷にて治療を受けた
私はみんなに比べれば軽傷だったけど、無一郎は包帯でぐるぐる巻かれていてかなり痛々しい
それでもさすが柱というだけあって回復速度が凄まじい


「無一郎、リンゴ食べる?」

「うん、食べたい」


持ってきたリンゴを小刀で皮を剥きカットしてからお皿に乗せて差し出せば、無一郎は私を見て首を傾げた


「食べさせてくれないの?」

「え、でも腕は使えるってしのぶさんが」

「祈里、お願い」


可愛らしい顔で頼まれては断れない
自分のチョロさに嫌気がさしながらも無一郎の口元にリンゴを運べば嬉しそうに食べてくれた
昔の無一郎のように感情表現が豊かになったため喜怒哀楽が分かりやすい


「そうだ、明日から屋敷に戻っていいって胡蝶さんが言ってたんだ」

「そっか、守屋さんも向田さんも喜ぶよ」


無一郎の帰りをまだかまだかと待っている隠の皆さんを想像してクスクス笑うと、無一郎がするりと私の手に自分の手を重ね指を絡ませた


「祈里も嬉しい?」

「っ、そりゃあ…勿論」

「そっか」


無一郎は記憶が戻ったはずだ
ということは昔のことも思い出したわけで途端に気恥ずかしい
無理にお屋敷に押しかけたことも、ずっと知らないふりをして友達として過ごしてきたことも
そして記憶のない無一郎と恋仲になっているということも

記憶を取り戻して彼はどう思ったんだろうか
聞きたいような、聞きたくないような複雑な気持ちになって考え込んでいると、そんな私を見て無一郎はにこりと笑う


「祈里、ずっと僕を守っていてくれてありがとう」


その言葉に私は鈍器で殴られたような衝撃を受ける
違う、守っていたのは私じゃなくて無一郎の方だ
それに私は感謝されていい人間じゃない


「私は何も…」

「ううん、祈里は僕を守ってくれていた
鬼殺隊に入ってからこれまでに忘れてしまったことも思い出したんだ
君はいつだってずっと傍にいてくれた…僕とても嬉しかったんだよ」


無一郎の言葉は嬉しい、でもその分心が痛い
感謝される度に嫌な汗が背を伝う
無一郎は私に怒る権利があるのにどうしてこんな言葉ばかりくれるんだろう


「何で…怒らないの?」

「え…怒る?どうして?」

「有一郎が死んだのは…私のせいなのに」


その言葉を聞いて無一郎は目を丸くした
少し間を置いてからゆっくりと口を開く


「これまで…ずっと…そう思ってたの?」


頷いた私に無一郎は眉を下げ、私の手を握っていた自分の手に力をこめる


「兄さんが死んだのはあの鬼のせいだ、祈里のせいだなんて僕も兄さんも思っちゃいないよ」

「違うの、あれは私が無知で無力だったせい!
私が扉を開けることを勧めなければ…私がもっと早く2人のところに駆けつけていれば…!!」

「違わないよ」


はっきりと言い切る無一郎に言葉が詰まる
慰めるためにこんなことを言う人じゃないことはとっくの昔から知っているからこれが彼の本心だとも理解出来た


「それに君は動けない僕らの前に立って勇敢に立ち向かってくれた、祈里は悪くない」


無一郎に記憶が戻ったら激怒されるのではと覚悟を決めていた
でもその覚悟はお門違いだったらしい、彼はとても優しい人間だから


「それでも、どうしても自分が許せないって言うなら僕にも背負わせて
記憶がない間1人で背負わせてしまったんだからそれくらいはさせてよ」


微笑んだ無一郎は私の手を軽く引く
私の体が彼に近づくと、無一郎はもう片方の手で私の頬に触れた


「君が好き、昔からずっと祈里が好きだよ
全部思い出してもこの気持ちは変わらない、むしろ前よりもっと好きになった」


記憶がない間に告白して恋仲になってしまった私たち
無一郎はそんな関係を白紙に戻すつもりはないらしい


「っ…私は…私には…無一郎の傍にいる資格なんて」

「ほんと頑固だなぁ…資格だとか責任だとか一旦置いて、君はどうしたいの?」


全部置いて?この罪も罪悪感も後悔も何もかも置いて?
ただの菜花祈里として望むもの…そんなの決まってる

でも本当に口に出してもいいの?
私が幸せを望んでもいいの?
葛藤している私を穏やかに見守る無一郎にどんどん心が溶かされていく、欲張りな私が顔を出してしまう


「わ、私…」


口に出すのが怖い
でも無一郎は言葉を紡ぐのを待ってくれている


「教えて、祈里のしたいこと」


そんな言い方ずるいよ
私が無一郎のお願いを断れるわけないんだから


「私…無一郎といたい…一緒に生きたい」

「うん、じゃあそうしようか」


嬉しそうに微笑んだ無一郎が優しく口付ける
それを受け入れた私の頬を一筋の涙が伝った

自分の罪が許されたなんて思っていない
でも彼との未来を望むことはどうか許して欲しい
ああ、やっぱり私は欲張りだ






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