霎時施




※無一郎視点




「無一郎!」


聞こえた声、振り向いたと同時に駆け寄ってきた祈里に抱きしめられる
その途端鼻腔に祈里の香りがいっぱいに広がって、あの頃と変わらない、優しくて温かな匂いがした


「無一郎大丈夫?!」

「大丈夫だよ」

「顔色すごく悪いけど」


おろおろしている祈里ににっこりと笑って見せる


「すごく今気分がいいんだ、それにすぐ炭治郎たちのところへ行かないと」

「いやほんと震えて」

「大丈夫大じょ…ガフッ!」


直後、僕の口から泡が出た
結構無理したからその反動だろうか

目の前の祈里が青ざめる


「無一郎ーー!!!!???泡!泡吹いて…???!!!」


倒れた僕に駆け寄ってきた鉄穴森さんと小鉄くん


「時透殿!ヤバイ!ヤバイ!死ぬのかな!?」

「ギャァアアア!!死なないでー!!!」

「縁起でもないこと言わないでください!!!」


大慌ての2人を叱った祈里が僕を横向きにする
泡が詰まらないように出さなければと思っての行動だろう

ゆっくりと目を開けると小鉄くんが手に持っているものが見えた
それは煉獄さんの刀の鍔で、柱になった時に声をかけてくれたことを思い出す


“柱として共にがんばろう!”


そうだ、僕はあの言葉が嬉しかったんだ
祈里が煉獄さんと行った任務で彼の死を目の当たりにして、苦しんでいたのに僕はそれを分かってあげられなかった

気がつけば涙が溢れていた
そして瞬きをする間に周りが銀杏の葉に包まれる
僕の体に触れる優しい手の温もりにハッとする


“ほら…全部うまくいった”


父さん、母さん…2人は優しく僕を見ている
そして目の前に立っていた兄さんが屈んで僕の手に触れた


“無一郎…頑張ったな”


兄さんは穏やかに笑った
父さんと母さんが亡くなってから見ることはなかった笑顔だ


「(兄さん…ありがとう)」


もう一度瞬きすると、祈里が心配そうに僕を覗き込んでいた
そうだ、まだ終わってない、炭治郎の方にも鬼はいる


「早く…炭治郎のところに…」


すると視界に入ったのは刀を研ぎ続けている鋼鐵塚さんの姿


「鋼鐵塚さんずっと研ぎ続けてるね…あれは誰の刀なの?」

「ああ、あれは縁壱零式から出てきた300年以上も前の刀なんです」


小鉄くんの説明を聞いて僕も祈里もぽかんとする
そんな昔の刀をどうして今更研いでいるんだと
けれど鉄穴森さん曰く鋼鐵塚さんがあんなに没頭しきっているのは珍しいらしい
いつも集中はしているものの、あの刀を前にしてそれは更に増したという


「…祈里」

「何?どうしたの?」

「お願いがあるんだ」


きょとんとした祈里に説明してから数分後


「うおらぁああああ!!待ちやがれクソガキ!!!!!」

「ひいいいいっ!!!ごめんなさーーーい!!!!」


半泣き状態で叫ぶ祈里は今僕をおぶっている
そして僕の手には鋼鐵塚さんが研いでいた途中の刀
炭治郎たちの役に立つかもしれないと思い、持ってきたんだけれど鋼鐵塚さんの執念が凄まじく祈里には申し訳ないことをしたなと内心反省する

でも僕が何をしたいかを理解した祈里はもちろん、鉄穴森さんや小鉄くんも協力してくれた
鬼はここで必ず倒さなきゃならない、そのための行動だった

そして今祈里は森を駆けている


「祈里、炭治郎の場所分かるの?」

「うん、風が教えてくれるから!」

「風が…」


そうか、君は小さい頃から風が視えると言っていたっけ
あの頃はどういうことか理解できなかったけど、今ならそれがよく分かる
祈里、君は風に愛されているんだ、風はいつだって君の味方で強力な武器になる


「(霞の呼吸は風の呼吸の派生…何だか不死川さんに妬けちゃうなぁ)」


祈里が森を駆けた先は崖の上だった、眼下には原っぱが広がっている
そして空が徐々に青に染まり始めている…もうすぐ夜が明ける


「あっ、いた!」


祈里の声にそちらを見れば血まみれの炭治郎が鬼へ向かって駆けだろうとしているところだった
でもその手には刀はない、炭治郎の刀は鬼の首へ刺さっており、その鬼は刀鍛冶の人を襲おうとしている


「炭治郎!」


叫んだ僕が刀を放ると、意図を汲んだ祈里がハッとして呼吸を使った
風に乗って勢いよく飛んだそれは炭治郎の目の前に刺さる


「炭治郎!使え!炭治郎、それを使え!!」


体力ももう残っていない、正直声を出すのもやっとな状況で声を振り絞った
すると横から首を掴まれる


「返せ!!」

「うぐっ」

「無一郎!?」


僕の首を掴んだ鋼鐵塚さんに祈里がつかみかかる
その表情はかなりキレていて、普段の温厚な彼女からは想像がつかない


「ふざけるな!殺すぞ!」

「ふざけてんのはどっちですか!殺しますよ!!!」

「2人とも落ち追いて!!てか菜花殿豹変してません?!」


止めに入った鉄穴森さんが僕から鋼鐵塚さんを引き剥がした


「使うな!!第一段階までしか研いでないんだ返せ!!」


鋼鐵塚さんは炭治郎に叫ぶ
でもこれを逃せば上弦に逃げられてしまう、それは絶対にあってはならない


「炭治郎!夜明けが近い!逃げられるぞ!!」


そう叫べばハッとした炭治郎が刀を取る


「クソガキ!」

「痛い!」


余計なことをしやがってと鋼鐵塚さんにボコッと殴られた
祈里が完全にキレたようで刀を抜こうとしている


「殺されても文句は言えませんよね」

「ぎゃー!!祈里さんが鬼になってるー!!!」

「菜花殿どうか鎮まりたまえーーー!!!」


そして炭治郎が構えた


「頼んだよ…炭治郎…」

「無一郎!」


どさりと倒れた僕の耳には泣きそうな祈里の声が聞こえた

受け取れ炭治郎、みんなの思いがその刀に…




−−−−−−−−
−−−−


※夢主視点




「頼んだよ…炭治郎…」


一言、そう告げて倒れた無一郎に息が止まる


「無一郎!」

「あっ!時透さん!?」

「時透殿!」


くわっとした私は鋼鐵塚さんの胸ぐらを掴んだ


「アンタ何してくれてんですか!!!」

「なっ!俺は何もしていない!!」

「嘘つけ!!」


鋼鐵塚さんとギャアギャア言い争っていると鉄穴森さんが「毒と熱のせいですよ」と横から告げる

飛び出した炭治郎はすさまじい勢いで鬼の頸を斬り落とした
これで終わった、終わったんだ

ちょうど夜が明けるところで空が赤く染まり始める
炭治郎が禰󠄀豆子へ駆け寄っていく、そうだ、禰󠄀豆子は鬼だから日を浴びると死んでしまう


「(まずい)」


この崖の上から禰󠄀豆子の下まで到達するまでに間に合うか?
そもそも鬼がどの量の日差しが致死量なんだ?

そんな時、悲鳴が聞こえた方を見ると炭治郎に頸を斬られたはずの鬼が再び動き出し刀鍛冶の人を追い回している光景が飛び込んできた


「っ、頸を斬ったのに!」


炭治郎も気がついたのか構え直す、しかしその時、日が昇ってしまった
それは禰󠄀豆子を焼き尽くす

禰󠄀豆子の悲鳴が聞こえ、すぐに炭治郎が禰󠄀豆子に覆い被さり影を作ろうとする
炭治郎は禰󠄀豆子と鬼どちらかを取るのか選択を迫られていた
禰󠄀豆子を救うことを原動力としている彼は家族思いの優しい子だ、そんな彼に禰󠄀豆子を見捨てろなんて酷すぎる

この状況で動けるのは私だけだ
煉獄さんの時は動けなかった、動いたのが遅かった
だから今度こそ間に合ってみせる


「炭治郎大丈夫!私が行く!!」

「祈里っ!!」


炭治郎の悲痛の声を耳にしながら刀を握って崖を飛び降りる
着地寸前で地面に向かって風を出せば衝撃が和らいだが流石に痛みはある、呼吸や技を使おうが私たちは人間だ

着地した瞬間駆け出す
鬼まではかなり距離がある、間に合うかはわからない

もう何度も筋肉強化を行い呼吸を連発したせいで身体中が悲鳴を上げているのが分かる
怪我している箇所からは出血もあり、息も絶え絶えだ…でも足は動く
猗窩座に負わされた大怪我のあの時にできたことが今出来ないはずがない

駆け出してからふと気が付く
頸を斬っても死なない鬼をどう滅すればいいのかと


「(いや、考えている暇はない、刀鍛冶の人を救うことだけ考えろ)」


あと少し、あと少しで技の間合いに入る
すると視界の端で炭治郎が駆けてくるのが見えた


「何で…っ!」


泣きそうな顔をしながらも鬼へ向かって駆けてくるその姿に全てを悟った
どうやら私は彼を見くびっていたようだ、そして禰󠄀豆子のことも見くびっていた
炭治郎と禰󠄀豆子は互いに守りあっている、禰󠄀豆子も炭治郎に正しい選択をさせるために決断できる強い子だったのだと思い知らされた


「祈里!!!」

「っ、うん!!!」


炭治郎に頷き構えに入る


「(私にはどこを斬ればいいかわからない…でもあなたには見えているんでしょう?炭治郎)」


何故かそう思えた私は炭治郎が確実に鬼の頸を斬れるよう道を作ることが自分の役割だと再確認し、左手に持っていた鞘から刀を引き抜いて鞘をその場に放り投げた
鋳型さんが打った緑色の刀が空気に触れ、日の光を浴びて輝きを増す

いつだったか炭治郎は言った、刀鍛冶も剣士もどちらも必要だと
本当にその通りだと思う、私にできることなんてほんの少しで…ちっぽけで…でもこんな私でも誰かのためにできることはあるんだ

間合いに入った私は刀鍛冶の人の頭を掴む鬼の腕に狙いを定める


「風の呼吸 陸ノ型」


刀が空気を斬り裂き、風を生む音を鳴らす
この一撃に今出せる全部の力を乗せろ、私が私であるために…みんなが期待してくれている菜花祈里であるために必ず両断するんだ
これまでの鬼殺隊のみんなの思いを繋げ、上弦の鬼を打ち取れ


「黒風烟嵐!!!」


スパンッと斬れた鬼の両腕
鋳型さんが思いを込めて研いでくれた刀だ、切れ味は申し分ない
そのまま刀鍛冶の方から鬼を離すためにすかさず懐に入り込み、至近距離で技を放てば鬼の体は後方へ飛ばされる


「(あとは頼んだよ)」


飛ばされた鬼の背後には炭治郎が待ち構えている


「悪鬼!命をもって…罪を償え!!!」


炭治郎が斬った鬼の体から小さな鬼が姿を現す
それが本体なのだろう、炭治郎の刀がそれに振り下ろされた
鬼の抵抗がありながらもその頸は弾け飛び、日の光によって完全に消滅する

鬼の悲鳴も聞こえなくなり、私と炭治郎の荒い息のみが聞こえるこの場所
終わったんだとホッとしたのも束の間、炭治郎はその場に崩れ落ちた






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