霜始降




※無一郎視点



小屋へ向かうと祈里が鬼と対峙していた
ここにくるまでも戦ってきたんだろう、傷だらけで大量も消耗しているように見える


『この小娘風情が!いいだろう!お前を殺してこの私が芸術として仕立ててやる!!
そして他の人間どもに評価させてやろう!この!私がな!!!!』


激昂している鬼の背後に詰め寄り、鬼へと刀を振り上げる
鬼は間一髪で避けたようだけど刀は届いた


「無一郎…!」

「よく頑張ったね祈里、あとは任せて」


刀を構え鬼へ向かうが、間一髪で鬼は壺からタコの足のようなものを出した
使っていた刀を絡め取られ、僕と祈里と鉄穴森さんが拘束されてしまう


『ヒョッヒョ、どうだこの蛸の肉の弾力は、これは斬れまい
先ほどは少々手を抜きすぎた、今度は確実に潰して吸収するとしよう』

「ひっ…ぬるぬるしてる…!」


祈里の声が聞こえた直後、捕まる直前に鉄穴森さんが渡してくれた刀で蛸足を斬り刻んだ
着地して刀を見ると青白く輝いている、正真正銘僕の刀だ


「俺のために刀を作ってくれて…ありがとう、鉄穴森さん」


鬼の蛸足を斬り落としそう告げると「…無一郎?」という祈里の声が聞こえた
うん、やっぱり何度聞いても心地いい声をしている

横目で祈里を見れば困惑したような顔をしていてて…さっき思い出した記憶の中の彼女よりも大きく、女性らしくなっていて、思わず頬が緩んだ
でも緑色の綺麗な瞳はあの頃から全く変わらない

ずっとずっと祈里は傍にいてくれたんだ、僕が記憶を失ってからも何度も話しかけてくれた
友達として傍にいてくれて、いつも笑顔で、そんな祈里に僕は二度目の恋をして…
それで祈里は僕を好きだって言ってくれて、誰かを思う尊さを教えてくれた


「(やっぱり僕は祈里のことが大好きだ)」


ごめんね祈里、僕のせいでたくさん背負わせて
君もおじさんと豆吉を失って辛かったのに僕が背負う分までその体に背負わせてしまった
苦しくても弱音も吐かずにいつも笑顔で名前を呼んでくれた
僕を見放さないでいてくれて本当にありがとう


「いやっ、いや…私は…あなたの最初の刀鍛冶の書き付け通りに作っただけで…」

「そうだったね、鉄井戸さんが最初に俺の刀を作ってくれた…心臓の病気で死んでしまった」

刀を構え直すと先程の刀よりも随分と手に馴染む


「(ああ…しっくりくる)」


思い出すのは鉄井戸さんの記憶
生前、あの人は僕のことを心配だと言ってくれた


“誰が分かってくれようかお前さんのことを…お前さんがどれだけ手いっぱいか、どれだけギリギリと余裕がないか
物を覚えていられんことの不安がどれだけか…そして血反吐を吐くような努力を…誰が分かってくれようか
わしはお前さんが使った刀を見ると涙が出てくる…わしももう長くはない、命を惜しむ年ではないが…どうにもお前さんが気がかりじゃ”


記憶の中の鉄井戸さんはいつも僕を気遣ってくれていた
でも僕はその思いやりの気持ちが理解できなかったから何も答えられなくて…


「(鉄井戸さんごめん、心配かけたなぁ…だけど俺はもう大丈夫だよ)」


構えた僕の傍にいた祈里が刀を構えたのが見えた


「祈里、アイツは僕が倒すから君は鉄穴森さんや小鉄くんをお願い…それと鋼鐵塚さんも」


ひたすら刀を研ぎ続けている鋼鐵塚さんもあんな所にいては巻き込まれてしまうかもしれない
だから祈里に彼らのことを頼んだ、戦いに集中するためにも彼女の力が必要だから

祈里が頷いた直後、鬼が再び蛸足を伸ばしてきた
それを避け、懐に近づき刀を振るう


「霞の呼吸 伍ノ型 霞雲の海!」


頸目前にして鬼はまた逃げた
今度は木の上に移動したようだ


『素早いみじん切りだが壺の高速移動にはついてこれないようだな』

「そうかな?」

『何?』

「随分感覚が鈍いみたいだね、何百年も生きてるからだよ」


そして鬼の首に切り傷が生まれ出血する
落とすまではいかなくても確かに当たった


「次は斬るから、お前のくだらない壺遊びにいつまでもつきあってられないし」

『ハッ…ナメるなよ小僧』


背後に現れた壺、また瞬間移動だ
水の弾丸のようなものが飛んでくるのを避け、当たりそうなものは斬る
すかさず現れた金魚鬼が針を飛ばしてくるがそれも躱わす
蛸足の攻撃も避けまた鬼の間合いに入り刀を振るった


『ナメるなよ小僧』

「いや別にナメてるわけじゃないよ、事実を言ってるだけで…どうせ君は僕に頸を斬られて死ぬんだし
だってなんだかすごく俺は調子がいいんだ今、どうしてだろう」

『その口の利き方がナメていると言ってるんだクソガキめ!たかだか10年やそこらしか生きてもいない分際で』


背後の地中から現れる壺を振り返る


「そう言われても君には尊敬できるところが1つもないからなあ…見た目も喋り方もとにかく気色が悪いし」

『私のこの美しさ、気品、優雅さが理解できないのはお前が無教養の貧乏人だからだ!便所虫に本を見せても読めないのと同じ!』


随分プライドが高いらしい
面倒なタイプだと思いつつ、口論を繰り広げる


「君の方がなんだか便所に住んでいそうだけど」

『黙れ便所虫!お前のような手足の短いちんちくりんの刃、私の頸には届かない!』

「いや、さっき思い切り届いてたでしょ…そもそも君の方が手足短いし
ああ、もしかして自分に対して言ってる独り言だった?邪魔してごめんね」

『ヒョッヒョッ、安い挑発だのう、この程度で玉壺様が取り乱すとでも?勝ちたくて必死なようだな、見苦しいことだ』


流石にこれじゃあ駄目かと思ったけれど、目に入ったのは壺
そういえばこの鬼は壺をいたく気に入ってる様子だった


「うーん…うーん…」

『ヒョッヒョ、なんだ?』

「気になっちゃって、なんかその壺形ゆがんでない?左右対称に見えないよ…ヘッタクソだなあ」


安い挑発に鬼が乗った


『くっ!それは貴様の目玉が腐っているからだろうがあああ!!私の壺のー!どこが歪んでいるんだーー!!!!!

血鬼術 一万滑空粘魚!!!』


全ての手に一斉に壺を出現させた鬼、そこから飛び出してきたのは魚の群れのようなもの
それを避けるために大きく跳んだ


「(ああ、そういえば祈里は魚が苦手だから参加させないで正解だったなぁ)」


昔魚を獲りに行った時に絶叫を上げていたことを思い出す


『一万匹の刺客がお前を骨まで食い尽くす、私の作品の一部にしてやろう!』


宙で身を翻し、近くの木の幹に足をつく、そして大きく蹴り出した


「霞の呼吸 陸ノ型 月の霞消」


魚を全て切り刻むがその血肉が降り注ぐ
先程の針のこともあり多分これは毒だろうと予想し、呼吸をする


「霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫!」


霞散で弾き飛ばし、開けた視界、鬼へ一直線で向かう
斬った、けどそれは鬼の皮だけで中身はない


「(脱皮するし)」


斬ったように思って逃げるのは何度目か、刀を一振りしてから鬼が逃げた木を見上げて心底面倒だと呆れてしまった
木の上にいる鬼を見上げて口を開く


「あーもうめんどくさいな、避けて木の上に逃げるのやめてくれないかな」

『ヒョッヒョッヒョッヒョッ、お前には私の真の姿を見せてやる』

「はいはい」


また面倒な流れになったなと思うも好きに話させるかと眺める


『この姿を見せるのはお前で3人目』

「結構いるね」

『黙れ!私が本気を出したとき生きていられた者はいない!』

「すごいねー」

『口を閉じてろバカガキが!この透き通るような鱗は金剛石よりもなお硬く強い
私が壺の中で練り上げたこの完全なる美しき姿にひれ伏すがいい!!!』


上半身は人間、下半身は蛇のような風貌のそれは人魚に見えなくもないけどあれは鬼だ
そして言われた通りにずっと黙っていた僕に鬼がキレる


『なんとか言ったらどうなんだこの木偶の坊が!!本当に人の神経を逆撫でするガキだな!』

「いや、だってさっき黙ってろって言われたし…それに…そんなびっくりもしなかった」


いい終わる前に目前に鬼の拳が迫る、スピードが上がった鬼の攻撃を避けて木の上に着地した
そしたら僕の隊服の一部が魚に変貌し弾け消える


『ヒョヒョヒョヒョ…木の上に逃げるなと己が言わなかったか?面倒なことだのう』

「いや、単純に臭かったから…鼻が曲がりそうだよ」

『どうだね私のこの神の手の威力、拳で触れたものは全て愛くるしい鮮魚となる
そしてこの速さ!この体の柔らかくも強靭なバネ!更には鱗の波打ちにより縦横無尽!自由自在よ』


嬉しそうに語る鬼を見下ろす
ほんと祈里を戦いに参加させなくて良かった
多分ここにいたら半狂乱になってるだろうし


「(あ、でもそんなところも少し見てみたいかな)」


想像して少し笑う
どんな祈里も可愛いし愛しいと思えるのは僕がそれだけ彼女に入れ込んでいる証拠だ


『震えているな、恐ろしいか?先程の攻撃も本気ではない』


祈里のことを思って笑ったのに何を勘違いしたのかいい気になっている鬼に向かって笑みを浮かべる
人を馬鹿にするようなそれはより一層鬼の怒りを増すだろうと


「どんなすごい攻撃も当たらなかったら意味ないでしょ」


木から降りて鬼へと向かう


「(思い出せ、あの煮えたぎる怒りを…最愛の兄に蛆が湧き腐ってゆくのを見た、まだ息がある祈里と自分の体にも蛆が湧き始め僕は死の淵を見た)」


あの日、僕は心の底から絶望した
そして同時に自分が情けなくて、無力で…そんな僕はずっと兄に守ってもらっていたのだと知った


「(運良く助けられなければそのまま死んでいただろう…記憶を失っても体が覚えている、死ぬまで消えない怒りだ
だから僕は血反吐を吐くほど自分を鍛えて叩き上げたんだ、鬼を滅ぼすために、奴らを根絶やしにするために)」


あの時の怒りの感情はずっとここにある
記憶を失ってもこれだけは忘れなかった、僕の原動力だ


『私の華麗なる本気を見るがいい!!血鬼術 陣殺魚鱗!!!』


すさまじい速さで攻撃を繰り出してくる鬼の攻撃を躱わす


『さあどうかね?私のこの理に反した動き!鱗によって自由自在だ、予測は不可能!
私は自然の理に反するのが大好きなのだ!お前はどのように料理してやろうか!醜い頭をもぎ取り美しい魚の頭を付けてやろう!おしまいだ!!!』


背後を取った鬼が嬉々とする
その鬼を振り返りながら息を吸った


「(霞の呼吸 漆ノ型 朧)」


辺りに霞が浮かび、僕の姿を隠す


『ん?あっ…いやあそこだ!見つけた!…いない!?…あそこか!ヒョッヒョッ!遅い!…ん?』


何度攻撃しても当たらないどころか姿を見失うことに鬼は当たりを見渡した


『なんだ?なぜ消える?どういうことだ?奴はどこへ行った!?これはまるで…まるで…霞に巻かれているような…!!』


鬼は僕の位置が分かっていない
そんな鬼めがけ刀を構えた


「ねえ君は…」

『なっ!』

「君はさ、なんで自分だけが本気じゃないと思ったの?」


今度こそ鬼の頸を斬った
斬られたことに気づいてなかったようで、しばらくしてから大慌てしているように見える


「おしまいだね、さようなら、お前はもう二度と生まれてこなくていいからね」

『クソーーー!!!あってはならぬことだ!人間の分際で!この玉壺様の頸をよくもー!!!悍ましい下等生物めが!貴様ら100人より私の方が価値がある!選ばれし!優れた!生物なのだ!
弱く!生まれたらただ老いるだけの!つまらぬくだらぬ命を私がこの手!神の手により高尚な作品にしてやったというのに!この下等な蛆虫ども…がっ!!』


鬼を木っ端微塵に斬り刻む
祈里の言っていた通りだ、つまらない命なんてない
でも鬼は例外だ、こいつらは生きてちゃいけない


「もういいからさ、早く地獄に行ってくれないかな」


思い出したのはお館様の言葉


“杓子定規に物を考えてはいけないよ無一郎、確固たる自分を取り戻したとき君はもっと強くなれる”


「(お館様のおっしゃった通りだ、確固たる自分があれば両の足を力いっぱいふんばれる
自分が何者なのか分かれば、迷いも戸惑いも…焦燥も消え失せ…振り下ろされる刃から逃れられる鬼はいない)」


消えゆく鬼を眺めながら刀を一振りすると霞がふわりと舞った






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