蟋蟀在戸




私の刀が仕上がったという連絡を受けて無一郎に一言告げてから鋳型さんのところへやってきた
渡された刀は数日ぶりに見たがやっぱり綺麗で気分が高揚する


「わぁっ、流石です!ありがとうございます!」

「とんでもない!本来ならもっと早く仕上げる予定でしたが…この鋳型!腹を切ります!!」

「ひぃいい!止めてください!鋳型さんがいないと私の刀を誰が造ってくれるんですかー!!」


鋳型さんは少々滅茶苦茶だ
良く言えばそれだけ刀鍛冶の仕事に誇りを持っているんだろうけど

鋳型さんにもう一度お礼を言おうとしたその瞬間、突如鳴り響いた半鐘の音


「敵襲ーーー!!!!鬼だーーーー!!!」


その言葉にハッとして刀を持ったまま通りに出る
すると森の方からぞろぞろと金魚のような風貌の鬼が無数に駆けて来ていた


「ひっ」


私は生きている魚が苦手だ、それには金魚ももれなく入る、鬼だろうと例外ではない


『ギョー!』

『ギョギョー!!!』


ギョロリとした目玉とぬめぬめした体に全身に悪寒が走る
鬼の中に魚の形をしたものなんていると思ってなかったから怒りだとかそんなものよりも嫌悪感の方が凄まじい


「気持ち悪い!気持ち悪い!!!!」


手当たり次第に金魚鬼の頸らしきところを斬っていく
しかし斬ったところから再生するので頸がないのだと悟った


「風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削!」


一気に間合いを詰め、突撃した私の刀が金魚鬼の背にある壺を破壊する
すると今度はちゃんと鬼が消滅した
気配からしてこれは本体じゃない、となるとどこかに本体がいるはずだ


「颯!」

「祈里呼ンダ?」

「この鬼の本体を探って!」

「分カッタ!任セテ!!」


バサバサと飛び立った颯
私は背後にいる刀鍛冶の人を振り返る


「この通りに鬼を集中させます、他の方もここに集めてください!」


私にはこの里全体を守り切ることはできない
だから守れる範囲に敵を集中させる

それに宿には無一郎がいる、この騒ぎに気付いて駆けつけてくれるだろう…それまでの辛抱だ




−−−−−−−−
−−−−




どれほどの時間が経っただろう
金魚鬼をここに集中させているおかげで刀鍛冶さんの命はなんとか守られている


「(けど…)」


斬っても斬っても湧いてくる鬼
どこかにこれを出現させている本体がいるはずなのだが生憎颯はまだ戻らない

それに先程宿の方から爆発音が聞こえた
無一郎は、炭治郎は無事だろうか


「祈里ー!!!」

「っ、颯!」

「宿ト森ニソレゾレ上弦ノ鬼が出現!コノ金魚ハ森ノ鬼ガ作ッタ壺カラ出テル!!
宿ノ鬼ハ竈門炭治郎ト禰󠄀豆子、不死川玄弥ガ応戦中!森ノ鬼ハ無一郎ガ応戦中!!」


上弦の鬼が2体もこの里にいる
フラッシュバックした煉獄さんの最期、そして彼を殺した猗窩座の顔

やらなきゃ、私がやらなきゃ
無一郎が片方と戦ったとして、もう片方は私が仕留めなきゃいけない
柱になるのを断っておいて人を守る役目からも逃げるなんてあってはならない

一刻も早くこの金魚の発生源の壺を壊さなきゃという少しの焦りが手元を狂わせた
金魚鬼の中に紛れていた特殊個体であろうそれは鎌のような刃物を持っていたのだ
そのことに気がつけなかった私は焦りも相まって脇腹を斬られてしまった


「う゛っ!」

「菜花様!!」

「大丈夫です!下がっていてください!!」


斬られた箇所をすぐに呼吸で止血して近くの金魚鬼を一掃する
大丈夫、これくらいの傷ならどうにでもなる
それよりも集中力が切れていた自分の未熟さが心底情けない
もう一度構え直した、その時桃色の閃光が煌めいたかと思うと視界にいた金魚鬼が一瞬で切断された


「祈里ちゃん!遅くなってごめんね!」

「蜜璃さん?!」


どうしてここに?と思うが今は悠長にしている場合じゃない
蜜璃さんと駆けながら今の状況を説明する


「なるほどね、私はこのまま宿の方を見てくるわ!祈里ちゃんはこの金魚鬼の出処の壺と無一郎くんの方へ!」

「っ、ありがとうございます!」


きっと私の心境を察してくれたんだろう
蜜璃さんと別方向に駆け出し金魚鬼を斬りながら森へと入っていく
先程蜜璃さんが一気に片付けてくれたからか出現頻度が少しマシになった気がする

しばらく進むと1つの壺を見つけた、これが金魚鬼の発生源だと瞬時に理解し叩き斬る
血鬼術とはいえただの壺、酷く簡単に壊れたそれに少し安堵した


「はあっ…はあっ…これで…里の方は…ひとまず、安全なはず」


呼吸を連発したため体が重い
傷口はすぐに塞いだとはいえ無茶に動かし続ければまた出血しかねない
でもこの先で無一郎が上弦の鬼と戦っているんだ、休んでいる暇なんて無い、早く行かないと


「祈里!!」


聞こえた声に上を見ると銀子がいた
切羽詰まった様子で私を見下ろしている


「祈里助ケテ!無一郎ガ!!!」


血の気が引いていく
銀子の様子からして只事ではないと悟り一気に駆けた
風が進むべき方向を教えてくれている、最短距離で向かったそこで視界に入ったのは水に囚われている無一郎
そして金魚鬼に今にも刺されそうな小鉄くんの姿


「風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪!!」


状況を理解すると同時に技を放っていた
風で吹き飛ばした金魚鬼、ふらついている小鉄くんを抱え離れたところに降ろす
出血はしているけれど傷は浅そうだ


「祈里さん!」

「ちょっとここで待ってて」


金魚鬼は続々と向かってくるが少し離れたところにいるため僅かな時間がある
傍の無一郎に目を向ければ針が身体中に刺さっており痛々しい
それにもう酸素が尽きかけているんだろう、目も虚になっている

ここで無一郎を救うためにこの水鉢を壊すか、小屋にいる鋼鐵塚さん達を助けに行くか…どちらが隊士として正解かなんて分かってる
でも私はずっと無一郎のために努力してきた、彼に生きて欲しいから、そのためにずっと…


「(駄目だ…私は無一郎を見捨てられない)」


無一郎のいない世界なんて私には耐えられない


“祈里はどっちが正しいと思う?”


「っ!!」


こんな時に思い出したのは昔に無一郎から告げられた言葉


“僕か有一郎かどちらか一人だけ選んでって言っても誤魔化すの?”


そうだ、私は選ばなきゃならない

ここ最近ずっと一緒だったから手に取るように分かる
無一郎が何を考え、彼ならこの場でどのような選択をするかを

この先では鉄穴森さんや鋼鐵塚さんが襲われている
私はそちらに加勢へ行かないといけない、本当なら無一郎の傍にいたいけど…きっと無一郎が私の立場なら私よりも2人を助けるだろう
それが柱として、強き者としての役目だと彼は理解しているから


「(行かなきゃ…無一郎の代わりに私がやらなきゃ)」


嫌だ、この場を離れたくない
嫌だ、彼を救いたい、生きていて欲しい

自分の感情を押さえつけ無一郎に微笑んだ、うまく笑えていたかは分からない


「無一郎の無は…無限の無だもんね」


あなたなら自力で抜け出せるはず、有一郎のお墨付きだもん
少し目を見開いた無一郎に水の壁越しに口付けた
私の吐いた空気が彼に取り込まれるのを確認してから立ち上がる


「待ってるよ」


絶対に生きて助けに来て、それまでは絶対に持ち堪えてみせるから
そう祈って小屋へ駆け出した私は迫り来る金魚鬼を殲滅し駆け抜ける
鬼が入り口を塞いでいるので横の壁をぶち抜き中に入った
背後から襲えば鬼は小屋の奥へ逃げてしまう、そうなれば鋼鐵塚さんたちが危ないかもしれない
だから鬼と鋼鐵塚さんたちの間に割って入るためにそうした

そこには上弦の伍と書かれた目玉を持つ鬼が今まさに鋼鐵塚さんを襲っているところだ
血だらけになりながらも鋼鐵塚さんは刀を研ぐのを止めない
すさまじい集中力に驚いたのも束の間、すぐに鬼目掛け刀を構える


「風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐!!」


ドンッと屋根が吹き飛ぶ
鬼は壺に入って上手く避けたようだ
それなら今度は壺を斬るまで


「風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風!!!」


壺は割れた、けれど小屋の上空に新しい壺が現れる
そこから鬼が姿を現し、苛立ったように私を見下ろした


『どいつもこいつも私の壺を…芸術を!!!』


鬼が水の弾丸のようなものを真下にいる私たち目掛け打ち込んでくる


「風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐!!」


空中へ向かって斬撃を連続で繰り出し水の弾丸を切り刻んだ
2人に向かうものは1つ残らず切り刻み、自分はいくらか攻撃を受けるが致し方ない
着地して傷口を止血し、鬼を気配を辿るといつの間にか入り口の前に移動していた
瞬間移動できる鬼なのかと思うも、位置は風が教えてくれる


『何だ何だ?小娘お前は何なんだ!』

「何って…人間だけど」

『それくらい分かってる!お前からは柱に限りなく近い気迫を感じる…だが未熟!私の足元にも及ばない!』

「…そうかもね」


現にこの数回の立ち合いでかなりの怪我を負った
私の方が攻手に回っていたはずなのに、こっちの方が怪我を負わされている
目で追えはするけれど無一郎をあんな風にしてしまったこの鬼は私よりも格上だ

さすが上弦の鬼、でも私が時間稼ぎをしている間に鋼鐵塚さんと鉄穴森さんが逃げられるなら問題ない
問題なのは鋼鐵塚さんが集中しすぎて逃げてくれないことだ
どうにかして彼を動かせないだろうかと考えつつ目の前の鬼の相手もしなきゃならないのは荷が重い


『ほう、身の程を弁えているのは評価してやろう』

「お前の評価なんて要らないよ」

『遠慮するな、なんせこの!私が!認めているんだからな』

「聞こえなかった?お前みたいな芸術家気取りの評価なんて要らないって言ったんだけど」


私の言葉が気に入らなかったのか鬼は激昂する
キレた瞬間のブチィという音がはっきりと聞こえてきた


『この小娘風情が!いいだろう!お前を殺してこの私が芸術として仕立ててやる!!そして他の人間どもに評価させてやろう!この!私がな!!!!』


こんな事で怒るなんてちょろいなと呆れていた私の目に入ってきたのは、激昂している鬼の背後で刀を振り上げる無一郎の姿
鬼は間一髪で避けたようだけど傷はついている


「無一郎…!」

「よく頑張ったね祈里、あとは任せて」


そう告げた無一郎の両頬には雲のような痣が浮かんでいた

直後、無一郎が斬りかかるも鬼は壺からタコの足のようなものを出したせいで私たちは皆小屋から弾き出された


『ヒョッヒョ、どうだこの蛸の肉の弾力は、これは斬れまい』


タコの足に絡め取られている無一郎と私、そして鉄穴森さん
どうやら鋼鐵塚さんは刀を研ぎ続けているようだ


『先ほどは少々手を抜きすぎた、今度は確実に潰して吸収するとしよう』

「ひっ…ぬるぬるしてる…!」


トラウマとなっている記憶が蘇り気持ち悪さのあまり身震いする
すると無一郎が一瞬でタコの足を斬り落とした、どうやら捕まる直前に鉄穴森さんは無一郎に刀を渡していたらしい


「俺のために刀を作ってくれて…ありがとう、鉄穴森さん」


その声色と、さん付けで呼んでいることに違和感を覚える


「…無一郎?」


私の声が聞こえたのか無一郎は横目でこちらを見てフッと微笑んだ
その姿を見て確信する、記憶が戻ったのだと






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