鴻雁来




※無一郎視点




上弦の伍の鬼
さっきの鬼とはまた別の上弦
この里に2匹の上弦が来ているということだ


『ヒョッヒョッヒョッヒョ…そんなにこのあばら屋が大切かえ?コソコソと何をしているのだろうな…ヒョッヒョ
はじめまして私は玉壺と申す者、殺す前に少々よろしいか』


僕の後ろに隠れた鉄穴森と子供
離れていてほしいのにどうして近づくのか


「なんで寄ってくるの?」

「だって俺たちだけじゃ不安なんだもん」


正直邪魔にならないところに隠れていて欲しい


『今宵三方のお客様には是非とも私の作品を見ていただきたい』

「作品?何を言ってるのかな」


すると鬼の体に無数に生えている手が2つ重なりパチンと音が鳴らされた


『ではまずこちら』


別の壺が現れ、そこからとても悍ましいものがぐちゃりと姿を表す


『”鍛人の断末魔”でございます』


無惨な姿にされた刀鍛冶の人たち、それらはめちゃくちゃに繋ぎ合わせられていて見るに耐えない
しかもまだ生きている、刀を刺された状態で、血を流しながら


『ご覧ください、まずはこの手!刀鍛冶特有の分厚いマメだらけの汚い手を!あえて私は前面に押し出しております』

「金剛寺殿…鉄尾さん…鉄池さん…鋼太郎…!」

「鉄広叔父さん!」


知り合いだったのか2人が悲鳴のような声を上げた


『そう!おっしゃるとおり!この作品には5人の刀鍛冶を贅沢に!ふんだんに使っているのですよ!』


恐怖と怒りと絶望で涙を流す2人に何を勘違いしたのか鬼が嬉しそうな声を出す


『それほど感動していただけるとは、更に刀を刺すことにより鍛人らしさを強調しております
このひょっとこの面も無常感や不条理を表現するために残しました、こちらももちろんあえて意図してです
そして極め付けはこれ!このように刀をひねっていただくと…』


辺りに響き渡る悲鳴
この子供がおじさんと呼んだ人の叫びだ


『どうですか!すばらしいでしょう!断末魔を再現するのです!』

「おい…いい加減にしろよクソ野郎が」


自分でも驚くほどの低い声が出た、一瞬で間合いを詰め斬りかかる
しかしこの鬼は素早いらしい、壺に身を隠しその場から消えた
そして小屋の屋根にあった壺から出てくる


『まだ作品の説明は終わってない!最後までちゃんと聞かれよ』

「(壺から壺を移動できる…なるほど)」

『私のこだわりはその壺の』


鬼は話している最中、そんなのお構いなしに今度はさっきよりも速く屋根の壺を斬る


「(感触が薄い…また逃げられた…移動が速い)」


すると今度は小屋の前の茂みから壺が現れた


「(次はあそこだ、気づくと壺がある)」

『よくも斬りましたね私の壺を!芸術を!審美眼のない猿めが!』

「(どうやって壺が出てくるんだ?)」

『脳まで筋肉で出来ているような貴様らには私の作品を理解する力はないのだろう…それもまたよし!』

「(いや…でもこれだけ逃げるということはさっきの分裂鬼とは違ってこいつは頸を斬れば死ぬんだ)」


鬼の手から生えて来た壺、そこから金魚が現れる
さっきの金魚鬼とは違って腕など生えていない本物の金魚のような姿をしている


『千本針 魚殺!』


金魚が一斉に噴き出したのは針のようなもの
咄嗟にそれを躱したが、金魚は鉄穴森と子供の方を向いた
そして先ほど僕に飛ばしたように針を飛ばす

弱い者を守るのは柱なら当然だから
僕は彼らの前に立ち代わりにその針を受けた

体中に刺さるその針は痛い、それに少し毒があるのか体が痺れる


「時透殿!」

「邪魔だから隠れておいて」


もう一度金魚が飛ばして来た針を今度は全て刀で防いだ
さっきは2人を守ることが優先だったけど、今は見切れる


『ヒョッヒョッヒョー!針だらけで随分滑稽な姿ですねぇ…どうです?毒で手足がじわじわと麻痺してきたのでは?
本当に滑稽だ、つまらない命を救ってつまらない場所で命を落とす、いてもいなくても変わらないような』


“つまらねえ命なんだからよ”


「(誰だ?思い出せない…昔同じことを言われた気がする…誰に言われた?
夏だ…暑かった…戸を開けてた…暑すぎるせいか夜になってもセミが鳴いいてうるさかった)」


“命は平等だ!つまらない命なんてない!!!”


誰だ…これは誰なんだ?僕の記憶?
なんだか頭の中にどんどん思い出の断片が浮かんでくる、どうして急に?


『ヒョヒョッ、しかし柱ですからねえ一応はこれでも、どんな作品にしようか胸が躍る!』

「うるさい、つまらないのは君のおしゃべりだろ」


鬼の懐へ入り頸を捉えた
しかし硬いせいで刀が刺さらない

そんな中、鬼は手に新たな壺を出現させた
壺から出て来た水は僕を捉える


『血鬼術 水獄鉢…窒息死は乙なものだ、美しい
そして頸に刃を当てられてヒヤリとする感じ…これはとてもいい!』


水で出来た鉢のようなものに閉じ込められ中から刀を押し当てるが水なだけあってうまくいかない


「(ダメだ、斬れない)」

『鬼狩りの最大の武器である呼吸を止めた、もがき苦しんでゆがむ顔を想像するとたまらない、ヒョッヒョ
里を壊滅させれば鬼狩りどもには大打撃、鬼狩りを弱体化させれば産屋敷の首もすぐそこだ、ヒョッヒョ!苦しいか?苦しいだろう?』


鬼の言葉を聞き流しながら水の至る所を突いてみる
どこかに脆い箇所はないかと探るが特に見当たらない


「(どこも一緒か)」

『ヒョッヒョッヒョッヒョ、呼吸で技を出せないばかりかじきにお前はその中で息絶える
その痩せ我慢の顔とてもいいですねぇ!作品への想像力が高まります
その中で息絶えるさまをもう少し眺めていたいところですが…先にこのあばら屋の中を拝見いたします
一体何を大事にここを守ろうとしているのか?ヒョッヒョッヒョ』

「(肺に残っている空気でまだなんとか一撃出せる…霞の呼吸 壱の型 垂天遠霞!)」


しかし水の壁は厚いのか破れることはない
跳ね返ってくる感覚に諦めることにした


「(この突き技でも破れない…こんなに刃こぼれした刀じゃ当然か
ダメだな…終わった…応援が来てくれるといいけど…お館様…俺は死ぬから…せめて2人柱を頼みます)」


僕が死んだら祈里は泣くんだろうな
その涙を拭ってあげることはできないけれど、君は生きて


“どうしてそう思うんだ?”


聞こえた声に目を開けるとそこには炭治郎がいた


“どうしてそう思うんだ?先のことなんて誰にも分からないのに”


なんだ?違う…炭治郎にはこんなこと言われてない…言ったのは…誰だ?
記憶がないため思いだせない


「(視界が…狭窄してきた…死ぬ…空気が尽きた)」


“自分の終わりを自分で決めたらダメだ”


「(君からそんなこと言われてないよ)」


一体誰の言葉なんだろう
思い当たる節はない


“絶対どうにかなる、諦めるな、必ず誰かが助けてくれる”


「(何それ、結局人任せなの?一番ダメだろうそんなの)」


“1人でできることなんてほんのこれっぽっちだよ、だから人は力を合わせて頑張るんだ”


「(誰も僕を助けられない、みんな僕より弱いから)」


祈里が自分が弱いと嘆いていたことを思い出す
確かに僕と比べたら弱いけど、でもそれは事実だから
だから僕があの子を守ろうって決めたのに


「(僕がもっとちゃんとしなきゃいけなかったのに…判断を間違えた
自分の力を過大評価していたんだ、無意識に…柱だからって)」


“無一郎は間違ってない、大丈夫だよ”


「(いくつも間違えたから僕は死ぬんだよ)」


すると水の壁に外から刃物が刺さる
そこには僕の名を呼ぶあの子供がいた


「死なせない!時透さん頑張って!絶対出すから!俺が助けるから!」

「(僕が斬れないのに君が斬れるはずがない、僕なんかよりも優先すべきことがあるだろう
里長を守れ…そんなこと君には無理か…せめて持てるだけ刀を持って逃げろ)」


その時視界に入ったのは子供の背後から迫る金魚鬼
手には刃物のようなものを持っている


「(何してる後ろだ!気づけ!後ろに…!)」


子供が鬼によって怪我を負う


「うわっ、血だ」

「(何してる何してる!早く逃げろ!早くしろ!)」


そしてもう一度迫り来る金魚鬼、今度こそ子供にトドメを刺そうとしたその瞬間


「風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪!!」


すさまじい風と共に宙から舞い降りた人、身に纏うは見覚えのある羽織、とても綺麗な刀身の刀を持つのは祈里だった

祈里は風で金魚鬼を斬り刻み、ふらついている子供を抱え離れたところに降ろす


「祈里さん!」

「ちょっとここで待ってて」


駆け寄ってきた祈里、でも金魚鬼は彼女に続々と向かってくる
ここで僕の救出をするよりもやるべきことを遂行してほしい
その思いが伝わったのか祈里は悲しそうに表情を歪めてから覚悟を決めたように微笑んだ
ずっと一緒に任務をしてきたから僕の考えは手に取るように分かるんだろう


「無一郎の無は…無限の無だもんね」


どこかで聞いたことのあるその言葉に目を見開く
水の壁越しに祈里が僕に口付け、彼女の吐いた空気が僕へと届いた
そして「待ってるよ」と告げ、小屋の方へ駆け出す


「(ありがとう祈里)」


君のおかげで僕はまだ戦える


“人のためにすることは巡り巡って自分のためになる
そして人は自分ではない誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ、無一郎”


それはいつか聞いた父さんの言葉


「(うん、知ってる…霞の呼吸 弐ノ型…八戸霞!)」


水の鉢が壊れ、体が地面に叩きつけられた


「(思い出したよ炭治郎…僕の父は君と同じ赤い瞳の人だった)」


急に肺に酸素が取り込まれたことで咳き込む
肩で呼吸をしながら立ち上がり、体に刺さっている針を抜いた


「(しびれが…ひどい…この針…水の鉢から出られたところで僕はもう…)」


先ほど祈里が助けた小鉄くんにまたどこからか金魚鬼が迫る
祈里は小屋の方で上弦と戦っている、この子を守るのは僕しかいない


「(力が…入らない…僕には…もう…)」


“無一郎なら大丈夫、さあ立って”


父さんの声がしたと同時に一気に頭に流れ込んできたのは忘れていた記憶だった






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