水始涸




※無一郎視点




何日か経った頃、夕刻すぎに祈里が刀を取りに行くと言った
ついて行くと言ったんだけど、彼女は平気だといつものように笑って行ってしまった

そういえば僕も自分の刀鍛冶を探さないといけない
そこまで思って1つの疑問が生まれた
僕の刀鍛冶は一体誰なんだろうかと

だから里長に聞いたところ、元は鉄井戸という人だったらしい
その人はもう亡くなったそうで、新しく鉄穴森って人が担当してくれるんだとか

宿に戻ってくると祈里はまだ帰っていないみたいで、僕も少し考え込む
今使っている刀は代用品だから鉄穴森って人に早く刀をもらいたいのだけど、肝心の居場所がわからない

どうせならそれも里長に聞いておけばよかったと思ったけれど、ふとあの隊士を思い出した
隠の人に聞けばこの宿に彼もいるらしいのでその部屋に行ってみる

声をかけたけど返事がないので襖を開ければ呑気に妹?と昼寝していた
その姿がなんとも間抜けそうなので鼻を摘む


「んがっ」

「鉄穴森っていう刀鍛冶知らない?」


目を開けた隊士にそう問うと、驚いたように飛び起きていた


「わあっ!時透くん!どうしたの?何?いやその前に今俺の鼻摘んだ?」

「摘んだ、反応が鈍すぎると思う」

「いやいや、敵意があれば気付きますよそんな」

「まあ敵意を持って鼻は摘まないけど」


隊士の足下では妹であろう少女がぐっすり眠っている
なんだかこの子からは不思議な気配がする、鬼…なんだよね?


「あれ、祈里は一緒じゃないの?」

「今はね、でもいつもは一緒」

「本当に仲がいいんだね」


何で祈里のことを知ってるんだろうと思ったけど、そういえば祈里がこの子と知り合いって言ってたっけ


「鉄穴森さんは知ってるけど、どうしたの?多分鋼鐵塚さんと一緒にいるんじゃないかな」

「鉄穴森は僕の新しい刀鍛冶、鋼鐵塚はどこにいるの?」

「一緒に捜そうか?」


人の良さそうな笑顔を浮かべた隊士に疑問が浮かぶ


「なんでそんなに人を構うの?君には君のやるべきことがあるんじゃないの?」

「人のためにすることは結局巡り巡って自分のためにもなっているものだし、俺も行こうと思ってたからちょうどいいんだよ」


その言葉には聞き覚えがあった
思い出せないけれど確かに誰かに言われたことがある


「あっ…えっ?何?今、なんて言ったの?今…今…」

「え?ちょうどいいよって」


違う、そこじゃない
ちょうど隊士の妹が起きたせいで話が中断する
今の言葉を聞いた時、どこか懐かしさと共に記憶の霞が揺らぐような感覚がした


「一緒に鋼鐵塚さんとこ行こう」


にこにこしている隊士
その前でぴょこぴょこしている妹に目を向ける


「その子、何かすごく変な生き物だな」

「えっ!変ですか?」

「うん、すごく変だよ…なんだろう、うまく言えない…僕は前にもその子と会ってる?前もそうだったのかな…なんだろう」


腕を組んで首を傾げると、変な子も動きを真似てくる
3人でうーんと唸っていると、背後の襖に人の気配を感じた


「ん?誰か来てます?」

「そうだね」


振り向けばゆっくりと開いた襖
そこからゆっくりと入ってくる何か


『ぐうっ…ヒイイイイ…』


鬼だ、鬼が入ってくる
すかさず傍にあった代用の刀を掴んで鞘から引き抜いた


「霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り」


斬った…いや、違う、掠っただけだ
部屋の天井に張り付いた鬼が悲鳴を上げている


「(速い…しとめられなかった)」


動きからしておそらく上弦


『やめてくれ…いじめないでくれ…痛いー!』


隊士の子が刀を抜き鬼を床に叩き落とす
すると今度は妹の方が鬼を蹴り上げた
先ほどまでとは違い、僕と同じくらいの大きさに成長している、やっぱり変だ
そうは思いつつも瞬時に鬼の頸を斬り落とす


『ヒイイイッ…斬られたー!』


あっけなく斬れたことに拍子抜けしていると、隊士の子が「油断しないで!」と言う
そのことに飛んでいく鬼の首を見ると何やら体のものが生えてきていた、そして背後の体からは首が生えてくる

背後の鬼へ向かっていく隊士の子
僕も目の前の鬼めがけ駆けて行く

もう一度斬ればいい

そう思っていた僕の目の前で鬼が扇のようなものを仰いだ
ふわりと風がやってきて、それが祈里を思い起こさせる
そういえば祈里は無事だろうか

なんて考えた直後、僕の体は風によって吹き飛ばされ宿からかなり離れた森へと着地した
飛ばされた時に頬を切ったらしい、血が出ている


「(かなり飛ばされた、早く戻らなければ)」


森を駆け里へと急ぐ道中、視界に入って来たのは子供と金魚の風貌をした鬼
どうやら今まさに襲われているらしい


「(鬼と子供、子供…刀鍛冶として技術も未熟なはず、助ける優先順位は低い
気配からしてあれは本体ではなく術で生み出されたもの…ここで足を止める理由はない
里全体が襲われているならまず里長、技術や能力の高い者を優先して守らなければ
今やるべきは上弦の鬼を抹殺して里を守ること、未熟な刀鍛冶の卵1人助けたところで…)」


その時脳裏をよぎったのは隊士の子の言葉


“人のためにすることは巡り巡って自分のために”


ハッとして体の行先が変わった
今まさに食べられそうな子供を持つ鬼の腕を斬り落とし、子供と鬼の間に割って入る


「逃げろ」

「…あんた!」

「邪魔になるからさっさと逃げてくれない?」


らしくない行動をしている自覚はある
でも何故か体が動いてしまったんだ

目の前の金魚の鬼は僕を見てゆっくり迫ってくる
後ろにいた子供が逃げたのを確認してから刀を強く握り金魚の首であろうところを斬り胴体から離すもすぐに再生していく


「(頸と思わしき場所を斬っても体が崩れず再生…じゃあこっちか)」


背にある壺を斬れば今度こそ鬼は消滅した


「(壺から力を得ていた、やはり血鬼術で作られたもの)」

「うわああああ!ありがとうー!!!」


泣きながら駆け寄って来たのは先ほどの子供
僕の体にしがみついて大声を上げている


「死んだと思った!俺死んだと…怖かった!うわああー!昆布頭とか言って悪かったよう、ごめんなさーい!!!」

「昆布頭って僕のこと?」

「あっ!…うわーん!すみません嫌いだったんです!」


泣き叫ぶ子供を眺めていた時に風が吹いたので祈里を思い出した


「こんなことしてる場合じゃないや、僕はもう行くからあとは勝手にして」

「あ…待って!鉄穴森さんも襲われてるんです!助けに出た俺も化け物に襲われて
鋼鐵塚さんが刀の再生で不眠不休の研磨をしてるから…少しでも手を止めてしまうともうダメなんです、どうか助けてください!」

「いや…僕は…」


そんなに頭を下げられても困る
僕は里を守る義務があるし、それに祈里を守らなきゃ


“君は必ず自分を取り戻せる無一郎、混乱しているだろうが今はとにかく生きることだけ考えなさい
生きてさえいればどうにかなる、失った記憶は必ず戻る、心配いらない…きっかけを見落とさないことだ
ささいな事柄が始まりとなり、君の頭の中の霞を鮮やかに晴らしてくれるよ”


「あっ…」


思い出したのはいつだったか聞いたお館様のお言葉
本当にいつ聞いたかは思い出せない、でも記憶を取り戻す素振りなんて今までなかったのにどうしてこんな

目の前には土下座している子供、これがきっかけなのか?
よくわからないまま子供を抱え走り出す


「うわぁーー!!ちょーー!!!もうちょっとゆっくりで!あともうちょっとだけー!!!」

「しゃべってると舌を噛むから」

「ひいいいいい!!!」

「(これは正しいのかな…こんなことしてたら里全体を守れないんじゃ…
いやできる、僕はお館様に認められた鬼殺隊、霞柱 時透無一郎だから)」


それから少し走った頃、抱えている子供に問いかけた


「こっちで間違いない?」

「はい、もうすぐです!」


すると遠くに鬼を見つけた
木に登っている人を狙っているようだ


「見つけた」


子供を放り投げ加速する
壺めがけ刀を振れば鬼は消滅した


「おおっまばたきする間に斬っている!時透殿!これはありがたい!」


駆け寄って来た子供と鉄穴森と言う人が何やら会話している


「あなたが鉄穴森という人?俺の刀、用意してる?早く出して」

「おや?これは…ひどい刃こぼれだ!」

「だから里に来てるんだよ」


あれ、でも僕の刀が折れたのってこの里に来てからだったかな
うーん、よく思い出せないや


「なるほどなるほど、刀は用意できているのですぐにお渡ししましょう」

「随分話が早いね」

「炭治郎くんに頼まれていたんですよ、あなたの刀のことを、そしてあなたを分かってやってほしいと」

「炭治郎…炭治郎が…」


先程の隊士、竈門炭治郎
そうだ、たしかあの子に折れた刀を渡したんだった


「だから私はあなたを最初に担当していた刀鍛冶を調べて」

「鉄穴森さん鉄穴森さん!早く鋼鐵塚さんのところに行かないと!もし鬼に襲われてたら…」

「ハッ!そうであった!さっ!私どもの作業小屋まで案内します!」


鉄穴森って人の後を追い森を駆ける
里からどんどん離れていることに焦りがないと言えば嘘になるけど今はこうする他ない

小屋へ向かって駆ける僕ら


「里が心配です…刀を持って柱のあなたには一刻も早く助けに行ってもらいたい!あの小屋です!
よかった!魚の化け物はいない!あの小屋で作業してたんです、中には時透殿に渡す刀もあります…それを持ってすぐに里長のところへ向かってください!」

「いや、ダメだ」

「え!なんすか?」


鉄穴森という人の服を掴み、後ろからくる子供も腕で止める


「…来てる」


小屋の前には1つの壺
それを見てゆっくり近づき刀を構えた、気配からして上弦だ


『よくぞ気づいたなあ…さては貴様、柱ではないか?』


ドロリとした液体が飛び出し、それは鬼の形を形成する
本来口である場所と額には目を、目である場所には口を持つそれの瞳には”上弦””伍”と書かれていた






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