魚氷上




「バウ!」


大きな声で吠えて放った枝を取りに行く豆吉
地面を力強く蹴って走るその姿に有一郎と無一郎は目を輝かせた


「すごい!豆吉って速いんだな!」

「わっ!もう戻ってきた!」


枝を加えてこちらへ戻ってきた豆吉は私の前にぽとりと枝を置くとおすわりして尻尾を揺らしている
もう一回投げて欲しいんだろう、言葉を話さなくても表情から読み取れた


「よーし、もう一回!えい!」


ヒュッと宙を切った枝は風に乗って遠くまで飛んだ

今日はお父さんと豆吉と時透一家のみんなと景信山にある原っぱに来ていた
豆吉と遊ぶ私たちを見守りながらお父さんたちは話をしている
ふとこちらを見たお父さんと目が合ったのでぶんぶんと手を振れば、お父さんも降り返してくれた


「ねえねえ、今度は僕も投げてみたい!」

「あ、ずるいぞ無一郎!俺も!」


二人と知り合って数ヶ月

この期間でわかったのは有一郎は少し気が強くてお兄さんとしてしっかりしている、無一郎はおっとりしてるけど意外と図太いということだ
双子でもこうも性格が違うのかと会う度に驚かされる


「じゃあ先に無一郎からね」

「やったぁ!」


枝を手渡すと無一郎は嬉しそうに豆吉へ駆け寄った
有一郎は少し拗ねつつも、無一郎のはしゃぐ姿を見て口角を上げている


「有一郎がお兄ちゃんなんだよね?」

「急にどうしたんだよ、そうだけど」

「いや、面倒見がいいなぁって思って」


見たままのことを言ったつもりだったんだけど、有一郎にとっては意外だったらしい
大きな目を更に丸くさせてこちらをぽかんと見ている


「え?…えっ?」

「どうかした?」

「いや…俺、祈里の前で無一郎の面倒見てるとこ見せたことないのにって」

「え?いつも面倒見てるよね?」


有一郎にとって無意識に行っている兄としての行動、それを見抜かれていたことに驚いたらしい
でも私は有一郎が何に驚いているのかわからなくて首を傾げた


「兄さん!交代しよっか」


そうこうしている内に無一郎がこっちへ駆けてくるので有一郎は「うん」と立ち上がって豆吉のところに行ってしまった
代わりに私の隣に座った無一郎は満足そうな顔でごろんと寝転がる


「豆吉はとても賢いんだね!すごいや!」

「でしょう?狩猟の時も豆吉すごいんだよ!」


有一郎に比べて表情筋が豊かな無一郎
対称的な二人だけど、どちらもお互いを大切に思っているのは見ていればわかる


「あ、兄さん楽しそう」


穏やかな表情で有一郎を見つめる無一郎、その姿を横目で見ていたら視線がこちらに向いた


「どうしたの?」

「ううん、仲良いね」

「僕と兄さんのこと?」

「そうだよ」


微笑ましいなとにこにこしながらそう告げると、無一郎は首を傾げた


「兄弟だもん、仲がいいのは当然だよ」

「そういうものなのかな…私一人っ子だから羨ましいなぁ」


もし兄や姉がいたら、弟や妹がいたらと思うことがある
それは双子を見ていて感じた羨ましさでもあるのでここ最近芽生えた感情だ


「僕も兄さんも祈里ともっともっと仲良くなりたいと思ってるよ」

「え?」


突然そんなことを言われてきょとんとしていると、無一郎が立ち上がる


「兄さーん!祈里が呼んでるよー!」

「え?!」


慌てて立ち上がるともう有一郎はこちらへ走ってきてしまっている


「どうした?」

「ふふ、祈里がね、僕らと仲良くなりたいんだって」

「はぁ?何だそれ」


呆れたような顔でこちらを見た有一郎は私の手を握った


「もう仲良いだろう、友達なんだから」

「そうだよね」


無一郎ももう片方の手を握ってくれる
二人と手を繋いでその温もりに心が温かくなった

お父さんに豆吉、それに有一郎と無一郎
大切な人が増えたことが嬉しくて頬が緩む


「うん!友達だね!」






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