鶺鴒鳴




8月

無一郎との任務は想像以上にハラハラした
彼は自分の身を挺して私を守ろうとするから、その度に私は声にならない悲鳴を上げている

基本的に柱に回ってくる任務は危険なものが多いから少しの判断ミスが怪我につながる
甲だとしても未熟な私と無一郎では経験も力量も差があって、そういう些細な差が彼に怪我をさせる原因となっているのだ


「はい、できたよ」


無一郎の腕にある切り傷を治療し、そう告げると彼は私に微笑む


「ありがとう」

「それはこっちのセリフだよ…ごめんね、私が弱いせいで無一郎に怪我をさせて」

「強い者が弱い者を守るのは当たり前だし気にしないで」


そう、それは正しい
でも私は弱い括りに入っていると思うと心が痛い

浮かない顔をしていることに気がついたのか、無一郎が私の両頬に触れて視線を合わせた


「元気ない?」

「ううん、平気だよ」


心配かけてごめんねと告げて颯に任務報告を依頼する
そんな私を無一郎はじっと見つめていた

その日は次の任務地までの間にある街で宿泊することにした
隠の方が部屋を用意していてくれたのだけど、そこには2つ並びの布団


「え?」


どういうことだ、この宿は大賑わいということか?
いや、ここはそこまで賑わった街じゃない、客室を2つ用意することくらい造作もないはずだ
それにただの隊士じゃなく柱なのだからあの手この手で休息をとってもらうのが普通なはず


「ねえ、これどういうこと」


隠の人に無一郎がそう告げる、静かな声で淡々と
そりゃそうだ、怒らない方がどうかしている


「布団をもう少し近づけてよ」

「いや、そうじゃない!!!」


思わぬ方向で改善要求をした無一郎に思わず渾身のツッコミが出てしまった
隠の人は言われた通り布団をぴっちりくっつけてしまったし、ここには常識人はいないのか


「あの、無一郎…流石に寝る部屋は別に」

「祈里は、僕と一緒は嫌?」


こてんと首を傾げて問う無一郎に顔が引き攣る
これを狙ってやっているんではないとすれば相当の策士だ
結局無一郎に押し切られてしまい同じ部屋で泊まることになってしまった

湯浴みをしてから一緒に夕飯をいただいて横並びで布団に入る
無一郎と一緒に寝るのは幼い頃に時透家に泊まった時以来だ


「(って、寝れないんですが!?)」


任務に向けて体を休めないといけないとはわかっているんだけど心臓がうるさくて寝れそうにない
そんな私に気がついたのか、無一郎が「寝れないの?」と声をかけてきた


「…無一郎は寝れるの?」

「目を閉じて呼吸していれば寝れるよ」

「そういうことじゃなくて…」


14歳と言えど男女がこんな近距離で寝るなんてまるで夫婦だ
意識しているのは私だけなんだと思うとなんとも虚しいが


「祈里、こっちにおいで」

「え」

「ほら」


布団をめくってトントンと自分の隣に来るよう促す無一郎に流石に首を横に振る


「む、無一郎…私はその、一応女であるからですね…えっと」

「祈里が女の子だってことくらいとっくに知ってるよ、ほらいいから」

「わっ」


腕を引かれ無一郎との距離が0になる
目の前には鍛えられた胸板があって、間近で彼の吐息を感じちょっとしたパニック状態だ


「やっぱり祈里はとても小さいね」


ぎゅっと抱きしめられてさらに距離は密着する
無一郎は体型よりも大きい隊服を着ているから忘れがちだけど、意外と体はしっかりしている
顔立ちがいくら綺麗でも男の子なんだと納得せざるを得ない


「ずっとちゃんと寝れてないんでしょ」

「っ…気づいてたの?」

「君を見てればわかるよ」


あの日上弦の夢で幸せな世界を見たせいか眠りにつくことが怖くなっていた私はこの数ヶ月熟睡できていない
夢を見ると必ず猗窩座や煉獄さんの顔が浮かんで飛び起きてしまうのだ
療養期間中はしのぶさんから「心的外傷となっているんですね」と診断されてしまった
無一郎には言わないよう頼んでいたのだが、結局気づかれてしまったらしい


「大丈夫、僕はここにいるから」


無一郎の心臓の音が聞こえる
生きてる音だ、彼は今もしっかり生きている


「無一郎」

「何」

「私、無一郎のお荷物になってない?」


霞柱としてたくさんのものを背負う彼は今も私を気遣ってくれている
任務に同行させるのも本当なら自分1人でどうにかなるのに私を連れていることで余計な手間がかかっているんじゃないのかとずっと不安に思っていたことを吐露した


「…確かに僕1人でも十分だけど、祈里のことを邪魔だなんて思ったことはないよ
君はすぐ無茶をするから目を離している方が心配だな」

「ほんと…無一郎は優しいね…」

「優しい?僕が?…そんなこと言うのは君だけだよ」


記憶がなくても無一郎は無一郎だ
優しくて、誰かのために行動できるすごい人だ


「好きだよ、私は無一郎が好き」


ずっとあなたの傍にいたい
本当は幸せになる姿を見ているだけでいいのに
再会した時もそうだった、私は欲張りだから傍にいれるよう友達になりたいと告げた
そして今度は友達じゃ満足できなくて、この先もずっと傍にいる権利がほしいと言う

私の思いを聞いてから無一郎は黙り込む
そしてしばらくしてから「顔を上げて」と言った

おずおずと顔を上げると私を見つめて小さく微笑む無一郎がいて、私の頬に触れる手は暖かい


「うまく言えないけれど…君を見てると胸が熱くなるんだ
最初はそんなことなかったのに祈里のことを忘れたくないって思うようになって
こうやって傍にいてほしいって思ったり……うん…きっと…きっと僕も君のことが好きなんだと思う」

「っ」

「君も僕も同じ気持ちなんだし…いいよね?」


私が返事をする前に無一郎の顔が近づき、私たちの唇は重なった






戻る


- ナノ -