天地始粛




ハッと目を覚ますとそこは列車内だった
周囲を見渡せば煉獄さんも炭治郎も善逸も伊之助もみんな寝ている
それに列車内の人もみな眠っているようで異様な気配を感じた


『むー』

「え」


聞こえた声に目線を下げれば、飛び跳ねる小さな女の子がいる
黒くて長い髪に綺麗な桃色の瞳をしたその子を見て炭治郎が言っていた妹の特徴と一致した


「も、もしかして…あなたが禰󠄀豆子?」

『む!』


えっへんと言うようなポーズを決めたその子に呆気に取られる
炭治郎は禰󠄀豆子と私は同い年だと言っていたけれど、どう見てももっと小さく見えるのは何故か


「(これも鬼化の影響…?)」


特殊な鬼だとは聞いているけれど、目の当たりにすると本当に特殊だと感じられた
口元に加えている竹筒のおかげで一見すると普通の女の子のようにも見えるが気配は鬼のもので違いない
するとその時、列車内が謎の肉片に包まれていくのが見えたのでハッとする


「何これ…気持ち悪い!!」


にゅるにゅるとしている触手のようなものも現れ、それが魚のぬめぬめを連想させてしまうためゾワっとしてしまった


「えっ!ええっ!!?」


何がどうなってるんだと驚いて声を上げれば、その声に気がついたのかどこからか私の名を呼ぶ声が聞こえた


「祈里!起きたのか!」

「炭治郎!?」


明らかに外から聞こえる炭治郎の声に驚きつつも、列車の連結部へ行き屋根に上がる
すると刀を抜いた炭治郎がそこにいた


「祈里!今この列車は鬼に占領されている!乗客全員眠らされているから誰も抵抗できない!」


どういうことだと思うも、先ほどの触手がどんどん増えてきており考える暇はないと私も刀を抜く


「とりあえず私は後方から回る!炭治郎は前方からお願い!」

「わかった!」

「あと禰󠄀豆子ちゃん!煉獄さんと伊之助、善逸を起こして!!!」

『むむー!』


正直今何が起こっているのかは全く理解ができていない
でも私が迷っている間に、足を止めている間に人が死ぬということだけは理解できた
この列車は何十人もの人を喰っている…いや、列車に巣食う鬼がと言う方が正しいだろうか

後方へ向かって屋根を駆けて窓ガラスを割って中に入れば、今まさに触手に取り込まれようとしている人が数人確認できた


「風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ!!!」


この車両の触手をまとめてぶち抜き次の車両へ向かう
列車は8両編成、炭治郎と私だけだとすると1人4両を守らなければならない…いや、だめだそれは炭治郎の負担が大きすぎる
全集中・常中が使えるようになったとしても炭治郎はまだ歴も浅いし階級も低い
私と同等の負担を押し付けるわけにはいかない


「(私が5両以上見る!)」


ドッと地を蹴り後方の車両からひたすらに刀を振るう
動きを止めずになるべく細かく刻み、再生に時間がかかるのを見越してから車両を移動することの繰り返し
これだけの規模の列車を取り込んでいる上に先ほどの夢のようなものも含めると十二鬼月…しかもこの前私が出会った下弦の肆の鬼よりは上だろう

それを相手に炭治郎たちやここにいる乗客を守り切れるか
柱候補だなんて言われていても私の力は知れている…そんな私が…ここで…

気持ちが焦る、最悪の状況を予測して背筋が凍る
私なんかが人を救えるの?自分の罪も拭いされていないような私が


「雑念を払え、菜花少女」


突如聞こえた声に振り向くとそこには目を覚ました煉獄さんがいた
ここに来るまでの車両の触手を斬ってくれたんだろう、明らかに触手の再生スピードが落ちている


「煉獄さん!」

「遅くなってすまない、今前方で竈門妹と黄色い少年が3両守っている、そして竈門少年と猪頭少年で鬼の首を探してる」

「っ…わかりました!前方の加勢をしつつ分散している乗客をできるだけ後方に集めます!」

「うむ!任せたぞ!」


煉獄さんが起きた、それだけで状況が変わった
私は柱の器じゃない自覚はある、でも柱の補佐くらいは出来る
そのために努力してきたし、力をつけてきたんだ

煉獄さんのサポートをしつつ善逸と禰󠄀豆子の様子も見つつ乗客を移動させていく
一箇所にまとめてしまえばこちらも守りやすいからだ

半数を移動させた頃に列車が大きく傾いた、おそらく炭治郎たちが頸を斬ったんだろうけど大きく脱線したせいで列車は宙へ浮く

このままだとまずい
そう思った私は咄嗟に窓から外に出て、宙で身を翻して列車めがけ刀を振るった


「風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風!!!」


乗客がいる車両全てに技を出し、列車が地面と衝突する衝撃を和らげる
風の呼吸は実際に風を生むから緩衝材になることができるはずだと判断しての行動だった
中にいる人が無傷とはいかなくても致命傷を避けられたならそれでいいと

出来ることをやる
柱になれなくてもいい、今の私が出来る最大限を頑張ればそれでいい
その気持ちだけで必死に行動した

衝突による衝撃で煙が上がる
私も少し傷を負ったもののこれくらいなら問題ない

乗客も無事なことを確認してから前方車両へと向かえばそこには地面に転がる炭治郎と、彼を覗き込むように見下ろしている煉獄さんの姿が見えた


「煉獄さーん!」

「おお、菜花少女!見事な判断だったぞ!」


先ほどの衝撃を和らげたことだろうか
煉獄さんに褒められて嬉しさで頬が緩むも、ハッとして炭治郎の隣にしゃがむ


「だ、大丈夫?!」

「うん、今煉獄さんに止血の方法を教えてもらったところだから」


そう告げた炭治郎の腹には刺されたような傷口と出血の跡がある
位置が悪いため止血できていなかったら不味かっただろうそれは痛々しい

ここへ来るまでに善逸、禰󠄀豆子、伊之助の安全も確認できた
全員が無事だったんだと安堵した時、ドッ!という強い衝撃音と共に嫌な風が吹き荒れる
咄嗟に刀に触れる私と煉獄さんの視線の先には”上弦”と”参”と各々の目に刻まれた文字を持つ鬼がいた
上弦の鬼だと理解するまでの一瞬、ほんの一瞬の間に間合いを詰めた鬼は私の隣にいる炭治郎目掛け拳を振るっていた

技を出すには間に合わないが拳を受けとめることはできる、そう思い抜刀した私の刀が鬼の拳を斬った
そして同時に煉獄さんの技が炸裂し、鬼は一度距離を取る


『いい刀だ』

「何故手負いの者から狙うのか理解できない」

『話の邪魔になるかと思った、俺とお前の
そして俺は女とは闘わない、だからそこのお前も下がれ』


遠回しにお前は眼中にないと言われた
そのことに怒りが湧くが、上弦相手に無闇矢鱈に突っ込むわけにはいかない


「俺と君がなんの話をする?初対面だが俺は既に君のことが嫌いだ」

『そうか、俺も弱い人間が大嫌いだ、弱者を見ると虫唾が走る』

「俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」

『ではすばらしい提案をしよう、お前も鬼にならないか?』

「ならない」


煉獄さんを勧誘する鬼に炭治郎も私も呆気に取られた
人を食らうことを悦とする鬼とは根本的に何かが違う


『見れば分かる、お前の強さ…柱だな?
その闘気練り上げられている、至高の領域に近い』


煉獄さんを前につらつらと話す鬼は心底彼を気に入っている様子だ


「俺は炎柱 煉獄杏寿郎だ」

『俺は猗窩座
杏寿郎、何故お前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう…人間だからだ、老いるからだ、死ぬからだ
鬼になろう杏寿郎、そうすれば100年でも200年でも鍛錬し続けられる、強くなれる』


煉獄さんへ向かって手を伸ばす猗窩座にゾッとする
この距離でも分かる、この鬼は私より圧倒的に格上だと
そして本気で煉獄さんを鬼に勧誘しているのだと


「老いることも死ぬことも人間という儚い生き物の美しさだ、老いるからこそ、死ぬからこそたまらなく愛おしく尊いのだ
強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない、この少年は弱くない
それに強さに性別なんて関係ない、この少女も同じ志を持つ立派な剣士だ、2人を侮辱するな
何度でも言おう、君と俺とでは価値基準が違う、俺はいかなる理由があろうとも鬼にならない!」


煉獄さんは私たちをよく見てくれている
この人がいうことはお世辞など全くない、だからこそ今の言葉が嬉しかった
きっと炭治郎も同じだろう、私たちは煉獄さんの言葉に救われたんだ


『そうか』


猗窩座が踏み込むと地面が雪の結晶のような紋様を描く
血鬼術の類だろうか


『術式展開 破壊殺・羅針…鬼にならないなら殺す』


直後、煉獄さんと猗窩座の戦いが始まった
あまりの速さに自分だとついていくことで精一杯のように感じる
参加しようにも足を引っ張ってしまうことは目に見えていた


『今まで殺してきた柱たちに炎はいなかったな、そして俺の誘いに頷く者もなかった…何故だろうな?
同じく武の道を極める者として理解しかねる、選ばれた者しか鬼にはなれないというのに!』


煉獄さんがどれだけ斬っても猗窩座はすぐに再生する
上弦の鬼というだけあって再生速度も今までの鬼の比じゃない


『すばらしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく、俺はつらい、耐えられない!死んでくれ杏寿郎、若く強いまま』


鬼の猛攻にも煉獄さんは応戦できている
私も参戦すべきなのにどうしても足が動かない

参戦して、それが原因で煉獄さんが致命傷を負ってしまったら?
私のせいで誰ががまた目の前で死んでしまう
有一郎の死にゆく様がフラッシュバックして体が震え始めた


『このすばらしい反応速度、このすばらしい剣技も失われていくのだ杏寿郎!悲しくはないのか?』

「誰もがそうだ!人間なら当然のことだ!」


騒ぎを聞きつけ伊之助が駆けつけてきた
動けない私の足元で炭治郎は立ちあがろうとする
しかしそんな炭治郎に煉獄さんは「動くな!」と叫んだ


「傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」

「(あ…そうだ…この場で戦いに加勢できるのは私だけだ)」


炭治郎や伊之助はきっと動きを目で追えない
それに比べて私にとってはくらいつける速度だ

震える手をぐっと握る
ここで行動しなかったら私はあの時のまま何も変わらない
無力で非力な自分を変えるために努力してきたのなら今動け

そう自分を鼓舞する私の背を押すように風が吹いた






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