綿柎開




下弦の肆を討伐したことで階級が甲になった
柱を除いて甲の隊士は10もいないという
ようやく上り詰めたことに安堵の気持ちと、同時に柱との間にある大きな差への焦りが生まれていた

次から次へと降りかかる任務に乙の時とは別物の多忙さに襲われてしまっている
これよりも忙しい柱とは本当に同じ人間なのか疑わしい

毎日任務の連続でお屋敷に戻れたと思うと無一郎と入れ違いになってしまう
全然会えないせいでちょっとした無一郎ロスを起こしそうだ


「祈里!」


バサバサと翼をはためかせた颯が降りてくる
また任務かとげんなりしつつも颯は悪くないのでその体を撫でた
漆黒の毛並みは今日も艶やかで綺麗に光を反射している


「隣町カラ出ル無限列車ニ乗リ込ミ炎柱煉獄杏寿郎ト合流セヨ、ダッテサ」

「無限列車?」


何だそれと思いつつ隣町へ向かうと大きな蒸気機関車があった、これが無限列車という名前らしい
聞いたところによると運行開始から既に40人以上が行方不明になっているとんでもない列車だとか

列車に乗り込むと一際目立つ髪を見つける


「煉獄さん」

「おお!菜花少女か!」


座るといいと促され隣に失礼するといきなりお弁当を手渡された
煉獄さんの手にも同じお弁当、しかも向かい側の席にも同じお弁当が山積みになっている


「食べるといい!」

「じゃあ…いただきます」


手を合わせていただこうとすると横でいきなり「うまい!!!」と叫ばれたのでギョッとして硬直した
え、今叫んだの煉獄さんだよね?え、ここ列車の中だよね?
一口食べる度に「うまい!」と大声で感想を言うその姿に顔がひきつる


「れ、煉獄さん…ここは列車内ですので声を…」

「うまいものをうまいと言って何がおかしい!」

「そ、それは…確かに」


理にかなっていると納得していると「そこ流されちゃだめでしょ!」と聞き覚えのある声がした
そちらを見ると炭治郎に善逸、伊之助がいる


「え、何で3人が…?」

「任務だよ、煉獄さんに合流するよう言われて」

「じゃあ私と一緒か」


怪我から復帰して初任務だそうで3人は力が有り余ってそうだ
お弁当を全て平らげた煉獄さんは炭治郎に目を向ける


「君はお館様の時の…」

「はい竈門炭治郎です、こっちは同じ鬼殺隊の我妻善逸と嘴平伊之助です」

「そうか、それでその箱に入っているのが…」

「はい、妹の禰󠄀豆子です」


結局蝶屋敷では炭治郎の妹の禰󠄀豆子には会えず終いだったので少し興味はあるが、この任務中に見ることはできるだろうか
もちろん斬ったりはしないので安心して出てきてほしい


「うむ、あの時の鬼だな
お館様がお認めになったこと、今は何も言うまい」


そして煉獄さんは向かい合わせの席に炭治郎を、近くの席に善逸と伊之助を座らせた
伊之助は列車に興奮しているのかバンバンと窓を叩いている、もうほんと恥ずかしいので勘弁してほしい
さっきの煉獄さんの大声も相まって既に帰りたい欲は最高潮だ

すると向かいに座っていた炭治郎が煉獄さんにヒノカミ神楽というものを知っているかと問う
以前下弦の鬼との戦いで咄嗟に出た技らしい


「もし煉獄さんが知っている何かがあれば教えてもらいたいと思って」

「うむ、だが知らん!」


はっきりと言い切った煉獄さんに炭治郎は困惑したような表情だ
きっと何か知れればと思って煉獄さんを頼ったんだろうに


「ヒノカミ神楽という言葉も初耳だ、君の父がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが…この話はこれでおしまいだな」

「あの…ちょっと…もう少し…」

「俺の継子になるといい!面倒を見てやろう!菜花少女も大歓迎だ!」


あっはっは!と笑い飛ばしながら告げた煉獄さんににっこりと微笑んでいやいやと手を横に振った


「いえ、私は無一郎の傍にいたいので」


たとえ煉獄さんからのありがたいお話であっても私は何よりも無一郎を優先したい
というか、無一郎と少し会えないだけでも今のようにロスになっているのだから傍にいられないなんて耐えられないだろう


「祈里ちゃん!それ誰!!!?俺初耳だけど!!!」

「霞柱の時透無一郎だよ、私の友達」

「柱ァ!?友達ィ!!?」


悲鳴を上げる善逸に煉獄さんは「うむ、時透はすごい!若くして立派だ!」と告げた
それが自分のことのように誇らしくて頬を緩ませる


「炎と水の剣士はどの時代でも必ず柱に入っていた、炎・水・風・岩・雷が基本の呼吸だ他の呼吸はそれらから枝分かれしてできたもの、霞は風から派生している
溝口少年、君の刀は何色だ?」


溝口少年と言いつつも目線は向かい側の炭治郎に向いているのでおそらく彼のことを言っているんだろう
思いっきり名前を間違えていることにツッコむのも諦めた


「えっ?俺は竈門ですよ、色は黒です」

「黒刀か、それはキツイな、ハハハハ!」

「きついんですかね」

「黒刀の剣士が柱になったのを見たことがない、更にどの系統を極めればいいのかも分からないと聞く…俺のところで鍛えてあげよう!もう安心だ!」


困ったように私に目を向ける炭治郎
でも煉獄さんはかなり面倒見がいい、それに柱の中でもかなりの強さを誇ると聞いている、そんな人が稽古をつけてくれるなら安心だろう

その後も進む列車
伊之助がはしゃいでいるけれどこれは任務だ、それも柱が赴くほどの
しかしどうやら炭治郎たちは鬼が出ると知らなかったらしい


「ウソでしょ!鬼出るんですか?この汽車」

「出る!」

「出んのかい!いやー!!!鬼のところに移動してるんじゃなくここに出るの!?いーやー!俺降りる!!」

「短期間の内にこの汽車で40人以上の人が行方不明となっている、数名の剣士を送り込んだが全員消息を絶った…だから柱である俺と甲である菜花少女が来た」

「なるほどね!おりまーす!おりまーす!!!!」


騒ぐ善逸に苦笑いしていると車掌さんがやってきた


「切符、拝見…いたします」

「何ですか?」

「車掌さんが切符を確認して切り込みを入れてくれるんだ」


車掌さんが全員分の切符に切り込みを入れた直後、私の意識は暗転した




−−−−−−−−
−−−−




「祈里」


私の名を呼ぶその声はよく覚えている
大切でたまらないその声は忘れなんかできない


「あ、起きた」


目を開ければそこには有一郎がいた
彼の向こうには青空が広がっていて自分が寝転んでいるんだと悟り上体を起こせばそこは景信山の銀杏の木の下だった
近くには無一郎もいて私を見てにこにこと微笑んでいる


「おはよう祈里」

「こんなところで寝てると風邪引くぞ」

「あれ、寝ちゃってたんだ…」


私に笑いかける2人に私も笑う
立ち上がった私の手を引いて駆けていく2人は楽しそうで、駆けていく先にはお父さんと豆吉とおじさんとおばさんがいて
みんなで仲良く幸せに暮らせたら…それだけでいい、それだけであとはなにもいらない


"本当に?"


聞こえたのは風の声


"本当にそれでいいの?"


歩みを止めた私は2人から離れた自分の手を見る


「あっ…」


一見綺麗だけどあの日私は確かに真っ赤に染まったこの手を、体を見た
有一郎が絶命するその姿も、無一郎が鬼と戦う姿も確かに覚えている


"祈里、あなたにはすべきことあるでしょう"


そうだ、私はもうあの頃の自分じゃない
重ねた罪は決して消えることはないのだから


「(ああ、そうか…これは私が望む幸せな世界)」


そうじゃなかったらおかしい
有一郎がこうやって生きていることも、おじさんやおばさんがいることも、お父さんが笑いかけてくることも全部おかしいんだ
豆吉の吠える声だってするはずがない、だってみんなもういないんだ


「祈里?」

「どうした?」


振り向いた2人の目には先ほどまでの無知な11歳の頃の私じゃなく、鬼殺隊の格好をした14歳の私が立っている
刀を抜くと2人は困惑した表情を浮かべた

大丈夫だよ、あなたたちを守るためなら私は何度だって死んでやる
死ぬことは怖くない、本当に怖いのは自分のせいで誰かが死ぬことだ

お父さんに目を向ければ悲しそうに残念そうに眉を下げていた、失望したようにも見える
違う、お父さんはそんなふうに私を見ない…誰かを守ろうとする決断をしたら背中を押してくれる


「祈里、一緒に行こう」


そう告げる有一郎に泣きそうになる
でもこれは現実じゃない、彼が死にゆく姿は目の前で見たのだから
鬼に腕を斬られ、夥しい出血をする中でただひたすらに無一郎の無事を神に祈る彼が死んだのは私のせいだ


「有一郎…ごめんね」

「何を言って…?」

「夢でも会えて嬉しかったよ…ばいばい」


そして躊躇うことなく自分の刀で我が頸を斬り裂く
これが有効な手立てかどうかは分からない、でも罪人に相応しいこの行為は少しだけ心を軽くしてくれた






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